夜来化石 ~遊郭に残された謎の四字に秘められた意味は?齢九歳にして天下一の盗賊と噂される俺は、盗みと女装なら誰にも負けねえっ!(「ウチの親方が一番かわいい」手下A・談)~
九之巻、在りし日の、けや木屋世太郎と梅乃屋花小町
九之巻、在りし日の、けや木屋世太郎と梅乃屋花小町
(旦那はいつも、こんな大金持ち歩いてんのか? ってこたぁ、マルニンには大層な資金があるってことだよな。いやいや確かに盗みごとの収入を考えれば、大金持ちになってておかしくないが――)
無駄遣いが
通りの両側には引手茶屋がずらりと並んでいる。金兵衛はそのうちの一軒、右手の大茶屋のすだれを払って中へ入った。
「花小町さん―― 覚えてますよ」
「気のしっかりした人でねえ、おっとりと見せていても、芯は強かったろうね。だいぶ昔のことじゃないの。なんであの子のことなんか、今頃お前さんがねえ」
「花小町は大層なお大尽に身請けされたと聞いたが?」
「なんて言ったかねえ。そうそう、『けや
「ろくな奴じゃないのか?」
「気立ては良かったよ。やさしくて気前が良くて面白くて。でも湯水のように金を使うのさ。しかも一度飲むと、もう手がつけられない。
夕暮れの風にゆれる
「それで花小町は、与太郎のもとへ嫁いで、幸せになったのかい?」
金兵衛はぐいと酒をあおる。
「それが、与太郎さまの親父さんが
「子供?」
「そう。吉藁にいた頃に身ごもりなすってね、二人で住むようになってから生まれたようだけど、確か女の子だったとか。そうそう、派手好きの与太郎さまはいっつも自慢していなすったよ。その赤ちゃんが花小町さんに宿ったのは、きっと吉藁に隕石の落ちた日なんだって」
「へえ。そいつぁすげえや」
「梅乃屋の中庭にある老木を焼き、燃え尽きて炭になったんだよ。翌日即かわら版が出回ったのさ」
雷に焼かれたような木の残骸なら、金兵衛も知っている。お萩ちゃんは
運が悪けりゃ火事になっていたところだが、木を焼いただけで燃え尽きたなら、いい客寄せ名物だ。だから今日まで
金兵衛ははたと箸を止めた。来夜のねえさんは、星と共に母親の体に宿ったのではなかったか。
「その女の子の名前は分かるか?」
女将は首を振った。「そりゃ無理だよ、金さん。ここは随分、都から離れているんだもの。勘当されなすってからの与太郎さまは、次第に遊び仲間からも遠ざかって、ここに噂を持ち込む人も減っていったのさ」
与太郎と花小町のその後に思いを馳せていた金兵衛は、ふと気が付いて、
「そのけや木屋ってのは今もあるのか? お大尽ってわりには名前聞かねえが」
「昔はすごかったのさ。金さん、都生まれじゃなかったものなあ、そしたら知らないでも無理ねえわ。親父さんが亡くなって弟さんが店継いでから、かんばしくなくってねえ、今じゃ小さな店になっちまったろ」
「何を売ってるんだ?」
「材木の
金兵衛は
「結局弟ってのも、駄目だったんじゃねえか」
なぜだか、与太郎の肩を持って、弟が憎らしく思えてくる。
「噂によると、全てが与太郎さまとは逆だったようでね、気も小さいし財布の紐は固いし、気前は悪いし。ケチなお人ってのは、大きな商売には向かないからねえ。店をつぶしはしないけれど、よく言えば手堅く、悪く言えば小さな店しか持てないのさ」
「そいつぁあその通りだ。あっしは
大幸運から豪商の後継ぎに選ばれて、一年ばかりで追い出された苦~い過去などよみがえって、金兵衛はなぜ自分が与太郎に肩入れしていたのか謎が解けた。
「で、今その二人はどこにいる」
「与太郎さまと花小町さんかえ? あたしも知らないねえ。大層な借金抱えて、住まいも裏通りのつぶれかけた長屋に移して、それからも転々としていたみたいだけど、それはここからは遠いところの話だからねえ」
金兵衛は腕を組んで考える。来夜の姉雪花が、与太郎と花小町の子だとするならば、雪花は何か訳があって、弟と二人で長屋を出、苦しい生活を経て来夜だけを寺にあずけ、ひとり働き学んだ。だが結局路頭に迷い、その母譲りの美貌から
頼む、と答えて金兵衛は片手をそっと
「およしよ、金さん」
と帯の上をたたいた。
「小さな弟がいたちゅう話なら、聞いたことがあるが――」
「その弟、八つ違いで、三つの年に寿隆寺に預けられたりはしてねえかな」
「寿隆寺ってのは確か都にあるお寺だろう?」
「ああ。仁王橋町の隣、
「それじゃあ違うんでないかい? 花魁は
貧しい百姓の娘で、飢饉の年にでも人買いに売られてしまったのだろう、と考えて、金兵衛は、あ、と声を上げた。
(引っかかってたのは、雪花が学問を究めるために都へ来たってことだ)
都の材木商・けや木屋与太郎の娘というのが、不自然なのだ。
(じゃあ、
では、雪花は宴小町なのだろうか。金兵衛は口に運ぶ手を止め、楊枝をくわえたまま宙一点を見据えている。
人買いに買われた子が弟を預けにひとりで寺へ来るだろうか。学問をしたいというのが哀しい嘘だったにしても、
(与太郎も宴小町も、旦那とは関係ないのか?)
では夜来化石の字は? 金の瞳を持つ花魁・宴小町の弟とは?
(ま、明日会えば、はっきりするな)
結局、何もはっきりとしないまま、金兵衛は礼を言って茶屋を出た。情報が増えた分、謎も増えてしまった。
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