夜来化石 ~遊郭に残された謎の四字に秘められた意味は?齢九歳にして天下一の盗賊と噂される俺は、盗みと女装なら誰にも負けねえっ!(「ウチの親方が一番かわいい」手下A・談)~
七之巻、かみなり和尚のお出ましでぃっ!(後篇)
七之巻、かみなり和尚のお出ましでぃっ!(後篇)
庭の飛び石を踏んではしゃぐ
あの日、十一歳の少女は、拳を握りしめていた。
――父ちゃんも母ちゃんも殺されたんだ、あいつらに。
その
(九つになった来夜に、伝えるべきなんじゃろうか……)
言わぬうちに、来夜は寺から出て行ってしまった。
(せめて
眉根にしわを寄せたまま、和尚は書斎を離れた。
蝉の声が行く手をふさぎ、夏の日が照りつける。駕籠や大八車が駆け抜ける表通りから一本入った裏道にある木戸の傾いた家が、盗み屋マルニンの隠れ家だ。開け閉めしにくい戸は開けっ放してすだれを掛けている。
一年中湿っている土を踏んで、来夜はにこにこ笑顔で戻ってきた。そのわけは、右手にさげた
すだれの陰から顔をのぞかせて、
「ただいまぁ」
「おう、お頭。
うちわ片手にごろんと横になってた
「どうでした? 何か収穫はありやしたかい?」
板の間にあぐらを
来夜は早速、
「暑いとどうも眠気が……」
「うわぁっ、よだれ垂らさないでよ!」
慌てて大切な紙を引っ込めた来夜に、金兵衛はちょっと真面目な顔をした。
「その字、見覚えありますぜ」
「えっ」
「これを書いた人を知っているということですか?」
粛さんも話の輪に加わる。
「知っちゃいねえが。梅乃屋の
梅乃屋は、金兵衛馴染みの妓楼だ。
「襖の開いてるときに前を通りゃあ分かるが、夜と来るって字の下に確か、『化石』とか書いてあるんだ」
「続けると『夜来化石』か……。一体何のことやら」
と
「その
大きな店なら花魁は数人いる。そうだ、と金兵衛がうなずくと、粛さんは興奮気味に、
「来夜殿、確かその紙はお姉さんがご両親の形見として
「
「それじゃあその字は、
「それはありますまい。和尚にこの紙を渡したとき、
そこへ金兵衛が口を挟む。
「でも旦那の話だと、旦那の姉さんは学問がやりたくて旦那を寺に預けたんだろ? それなのに今は
「悲劇ですね」
ずばっと結論をくだした
「でも
無邪気なことを言う。「それにいっぱい綺麗な恰好が出来るし」
来夜にとってはそれが
離れ離れになってから六年間、空想の中でしか会えないうちに、姉・雪花は来夜の憧れの存在になってしまったようだ。
「ねえ金兵衛、花魁の右肩に刀傷ってない?」
なぜです、と問うた金兵衛に、来夜は昔自分を強盗からかばってくれた雪花の話をした。
「ねえちゃんがそんな大きな怪我負ってたなんて、俺も今日初めて聞いたんだけど」
「だけど旦那、遊女として稼ぐためにゃあ、そんな傷物の腕は付け替えちまってやすよ」
そっか、と来夜はうつむいた。ねえちゃんが、綺麗な恰好で花魁道中などやっているのは、嬉しいけれど、二人をつなぐ印が消えてしまうのは淋しい。
(なんか俺、わがままだな)
しゅんとした来夜に金兵衛、
「何はともあれ、
また調子のいいことを言う。
「任せたくないな」
「旦那~~」
「今夜俺もう一度、梅乃屋に忍び込んでみるよ。夜来化石の字も見たいし、
昨日は
「じゃあ、あっしは表からゆくんで必要経費おろしてくんなせえよ」
「いいってば。ついて来ないで」
来夜はとことんつれない。
「粛さん、遊郭に旦那ひとりでやるなんて駄目だよな!」
「ええ、まあ確かに……」
過保護な粛さんは、思わず
「それではひとまず
待ちきれなくなった来夜は、わくわくしながら草包みをほどきだした。
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