五之巻、町奉行所に潜入でぃっ!(後篇)

 支えあい密集する家々の隙間から、西日が一筋のびて、裏通りにあいた戸口から差し込んでいる。


 隠れ家に戻り冷茶の一杯でも飲んで、ようやく涼しくなった頃、来夜らいやの話を聞き終えたしゅくさんは、難しい顔をした。


「削除済み、か」


「どういうこと……?」


 不安そうな来夜に、


「何者かが台帳の文字を書き換えたか、塗りつぶしたか、もしくはそのページを破り捨てたか。上部のお役人から圧力がかかったのかもしれないし、窓口係の者に、賄賂が送られたかも知れない。それとも何者かがお役所に侵入したか。いずれにせよ、槻雪花つきせっか殿は何か事件に――」


「粛さん、お頭を心配させるようなこと並べるなよ」


 後ろから、来夜の長い髪を撫でてくれたのは、陶円明すえまるあきだ。「こういうこたぁ、事件好きのりょうさんの領分だなあ」


 原亮は事件解決と、知能犯との知恵比べに男の浪漫を感じる、ちょっと困った警部だ。


「確かにあの人なら、きちんと頼めば盗み屋の依頼でも聞いてくれそうですが」


 公私混同はしない、という信条に添って、仕事中以外は盗み屋を見かけても捕縛しない、ということらしいが。


「ちっと待ちねえ、粛さん。今気付いたんだが――」


 さえぎったのは紀金兵衛きのきんべえだ。「姉上さんは、旦那を何とかってぇ寺に預けたんでしょ? だったらそこの寺の住職に訊きゃあ、もうちっと詳しいことが分かるかもしりゃあせんぜ」


 だが、金兵衛の言葉に粛と来夜、二人が同時に溜め息ついた。


寿隆寺じゅりゅうじに戻るのは……」


「和尚、怒ってるもんねえ」


 実は―― 子供のいなかった寿隆寺じゅりゅうじの住職・金瑞宇こがねずいうは、引き取った来夜を跡取りにしようと、大切に育てていたのだ。


「その住職の金瑞宇こがねずいうって――」


 来夜の幼い頃を語りだした粛に、金兵衛が尋ねる。


「そう、ご察しの通り、マルニン初代頭目・金巴宇こがねぱうとはご兄弟です。巴宇ぱうのお兄さんなんですね」


「なにぃぃ? 巴宇ぱうの奴、寺の息子だったのか!」


「その瑞宇ずいうさんてぇ人は、さぞや肩身の狭いことだろうに」


 陶円明すえまるあきの言葉に、来夜はうんうんうなずき、


「和尚、弟のこと全然話さないもん。だからねえ、跡継ぎにしようと思ってた俺までが盗み屋になっちゃって、怒ってんの。ちょっと寿隆寺じゅりゅうじには帰れねえわけよ」


 五才になった来夜には、幼さのせいか、はたまた天賦の才あってか、瑞宇ずいう和尚の仕事より放蕩息子・巴宇ぱうの盗み屋稼業の方がずっと魅力的に映った。その頃から盗み屋の真似事をするようになった来夜は、一年が経つ頃には巴宇ぱうの手下になっていた。


 ちなみに平粛たいらのしゅくは、来夜が寺にいた頃から身の回りを世話してくれていた坊さんだ。


「へ~~、粛さんが剃髪してるとこなんて想像出来ねえなあ」


「じじいになりゃあ見られるよ」


 と、陶円明すえまるあき


「あなたの方が先でしょうけどね」


 粛さんもしっかりやり返す。


 来夜と平粛たいらのしゅくが加わり、金巴宇こがねぱうも次第に盗みの腕を上げ、盗み屋マルニンは都中に鳴り響く盗み屋となる。その頃紀金兵衛きのきんべえ陶円明すえまるあき、今は金巴宇こがねぱうの手下になった銀南が加わったのだ。


 来夜は成長と共に盗みの腕を上げ巴宇を凌ぐようになる。頭目の座に危機を感じた巴宇は来夜を消そうとたくらむが、既に時遅し、銀南を除く手下たちの情はすっかり来夜に移っていた。


「ねーちゃんのことだもん。腹すえて和尚に会いに行くよ」


 決意を固めて来夜が宣言した。「ね、粛」


 相槌求められて、粛さん震え上がりつつ、


「そ、そうですね……」


 首をすくめて呟いたのだった。

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