五之巻、町奉行所に潜入でぃっ!(前篇)

「楽勝楽勝♪」


「マルニンは、捕り方なんざ怖くねえ」(←一応五・七・五になっているらしい)


「はんっ、天下一の槻来夜つきらいやを捕らえようなんざぁ、百年早いわ!」


 無事隠れ家に戻ってきた途端、平粛たいらのしゅくはまたもや溜め息をつくはめになった。


金兵衛きんべえさん、すえさん、来夜殿、油断は禁物ですぞ。金巴宇こがねぱうは警察に捕まったようです」


「ざっまぁみぃ~」


 来夜はご機嫌だ。「これで敵は二人になった!」


 原警部と修理屋ふぁしるだ。だが来夜は眉根を寄せる。


「ふぁしるは俺を助けようとしてたのかな? それで堀に落ちちまったんなら、見捨てて逃げたのは、ちとまずかったよなあ」


「気に病みますな、来夜殿。きっとふぁしるは天下一の修理屋として、好敵手であるあなたを失いたくはなかったのでしょう。それにふぁしるとて、金巴宇に勝って欲しいとは思わぬでしょう。じきに訪れる決戦の時、正々堂々と勝負に応じてやればよいのですよ」


「でも助けられたことに変わりはないんだ。良かったよ、巴宇ぱうのような性根のひねくれ曲がった敵じゃあなくて」


「全くです」


 頷いた平粛たいらのしゅく紀金兵衛きのきんべえが呼び寄せる。手にした本をのぞきこみながら、


「旦那の姉上かもしれねえ金の瞳の花魁おいらん宴小町うたげこまちを吉藁細見で見てるんですがな――」


 吉藁細見とは各妓楼の遊女とその揚げ代(遊女を座敷に呼ぶ値段)ほか、茶屋や吉藁所属の芸者についての情報が掲載された遊女名鑑――いわば吉藁の情報誌ガイドブックだ。細見は年二回、正月と七月に発行されるほか、随時改訂版が出ている。


「だめですなあ、通りいっぺんのことしか載ってませんわ。花魁おいらんなんだから、もうちっと詳しい外貌プロフィールが載ってても良さそうなものなのに」


 吉藁細見なぞあまり手に取ったことのない平粛たいらのしゅくは、金兵衛の手の上のそれをもの珍しそうにぺらぺらめくりながら、


「いつも行っている店なのですから、ほかの遊女や遣り手に聞いた方が早いんじゃないですか?」


 遣り手婆は遊女たちを統括する人だ。


 金兵衛は顔をしかめて、


「やだなあ、花魁おいらんの生い立ちやら本名やら嗅ぎ回るなんて、野暮なこと出来やせんよ」


「そうですか――」


「じゃあ宴小町うたげこまちって人に直接俺が会ってくるしかないね」


「いやぁお頭、ほかにも手はありやすぜ」


 口を挟んだのは陶円明すえまるあき。「何も花魁おいらんの方から調べなきゃいけねえってわけじゃあるめえ、お役所へ行って、姉さんの戸籍の附票を請求すりゃあ、現住所だって載ってるんじゃねえですかい?」


 お役所とかお番所などと呼ばれるのは町奉行所のことだ。本籍地のある奉行所の土地戸籍部屋へ行けば、出生地から現住所までの住所が全て明記された附票を請求できる。


「あっ、成程。ねえちゃんの現住所が吉藁ならば――」


円明まるあき、てめえの頭もたまにゃあ覚醒してんだな!」


「へ、へ。あたしゃあ、かつては役人目指してましたんでね。そーいうこたぁ、なんでも聞いてくんなせえ」


 照れくさそうに頭の後ろを掻いている円明まるあきに、粛は困った笑顔で水を差す。


すえさん、附票はその人の家族だという証明がなければ取れないでしょう? 天下一の盗み屋がのこのこ役人の巣へ出かけて行って、槻来夜つきらいやです、姉の附票ふひょうが欲しいんですけど、なんて言ったらどうなると思います?」


「即刻お縄頂戴しちまうなあ」


 縁起の悪いこと言って大笑いするのは、不謹慎な金兵衛だ。神経のこまやかな粛さんがにらむのも気付かずに。


「やっぱ粛は頭いいね!」


 かわいい来夜に誉められて、粛さん照れ笑い。「細かいところに気付くだけですよ」


「男ってなぁ、気が大きいのに越したこたぁねえのよ」


「注意力散漫ではないということです」


「散漫かよ。俺は」


 しっかり落ち込む円明まるあき。粛さん、本当に細かいところに気付いているのか、少々疑問は残る。


「ねえみんな、俺が役人の一人に変装して、お役所の土地戸籍部屋に入って、戸籍台帳見てくるってのはどう?」


「こんなちいせえ役人いねえよ」


 来夜の頭をぽんぽんとたたいて、金兵衛はまた大口開けて笑う。


「無礼者め。今日の夕食、そちの分はないと思え」


「そりゃあねえっすよ、旦那ぁ」


 粛さん顎を撫でつつ、


「来夜殿の素晴らしい変装は、つけかえる部分パーツや着替える着物を抜かせば、化粧の技術の確かさにになうものでもありますよね。それならば、役人の仕事に詳しいすえさんに来夜殿が化粧をほどこしてあげれば――」


「お化粧だけじゃないもん。演技力となりきり度も大事だもん」


 不満そうな来夜を押しのけるように、


「粛さん、それでぃ、その案でぃ! そうと決まればお役所の閉まらぬうちに、早いとこ出発しやしょう!」

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