夜来化石 ~遊郭に残された謎の四字に秘められた意味は?齢九歳にして天下一の盗賊と噂される俺は、盗みと女装なら誰にも負けねえっ!(「ウチの親方が一番かわいい」手下A・談)~
三之巻、花の吉藁いくさ傳(でん)、尋常に勝負せよ!(後篇)
三之巻、花の吉藁いくさ傳(でん)、尋常に勝負せよ!(後篇)
髪の乱れた遊女から、無理矢理引き離され暴れているその男、細い目と細い顎を持ったこの男こそ、初代マルニン頭目、二年前まで天下一だった
これはちと面倒だ。一般の小悪党のようにはいかないし、卑劣な
「
ぼんやりしていたら声をかけられてしまった。庄さんとは誰ぞやさっぱり分からないが、遊女にも、向こうで酒癖悪く暴れている
「あい」
反射的に答えて、どうしよう、と思う。いさぎよく助けるか、このまま逃げちゃうか。
(目的は金の瞳の
と逃げ腰になったとき、
「助っ人なんて呼ばれてたまるかよ!」
聞き覚えのある声と共に、頭上に殺気が走った。慌てて飛びすさる間でもなく、何者かに首の後ろに拳を打ち込まれ、声の主はあっけなく倒れる。
振り向き、倒れた男を見れば、やはり見覚えがある。
そしてこの男を倒し、来夜を救ったのは、
「すまん、助かっ……」
見上げた先にすくと立っていたのは――
「
(だっぱ~~んっ!! 修理屋ふぁしるっ!)
途端に脳味噌がひっくり返る。
「やぁ、来夜くんてあのマルニンの?」
「本当かえ! 天下一の
口々に叫んで遊女たちが走り寄ってくる。
押さえる人間が少なくなって、しかも宿敵来夜の名を耳にして、
(やべぇっ! てゆーかなんでふぁしるの奴、俺の変装見抜いたんだ?)
益々混乱して、頭の中では
「このくそがきぃっ、盗み方を教えてやった恩も忘れて、この俺からマルニンと、あまつさえ天下一の称号まで奪いやがって! ここで会ったが百年目、ひねりつぶしてくれるわぁっ!」
「逃げるかぁぁっ! 下手な女装などしやがって!」
「なんだよっ、お前見抜けなかったじゃん、俺だって」
自慢の女装を
「あまりの趣味の悪さに、まさかと我が目を
「ひどいや」
小声で呟いて、粛も
先程窓から忍び込んだ部屋に飛び入ると、すでにそこでは芸者たちが見守る中、男と遊女が酒を酌み交わしている。
「すまねえ」
と、お膳を飛び越え窓の桟も飛び越えて、一階の屋根の上で見栄を切る。
「やあやあ、この
くるりと宙で半回転、しゅたっと、二階の屋根に飛び移る。人の気配を感じて振り向けば、そこには黒い衣に身を包んだ修理屋ふぁしるの姿。
「げっ…… ふぁしる、手を出すなよ!」
来夜が屋根に上がると見越して、先程の部屋の窓から、屋根に飛び移ったのだろう。
「お前は最近都に来たばかりだから、
「いや、お前がここへ奴を呼んだのは、遊女や一般の客たちを巻き込まぬためだろう。分かっている、私はお前の戦いぶりをここで見届けよう。私の
静かな声は、確かに歳も性別も分からぬ響き。謎だらけの修理屋を前に、
「なんで俺の変装を見抜いたんだ?」
「私にとっては分からぬ方が不思議だが」
自分を幼い頃から知っている
「じゃあなんで今日ここにいた?」
「この店で仕事があった」
後ろでぶへん、と妙な音がする。先程来夜をハリセンで殴ろうとして、あっさりふぁしるに撃墜された
「来夜を倒せ! ぎんなん!」
下から
「
「ええ~、おいしいよぉ」
ふぁしると来夜の食べ物談議に、男の「しろがねみなみです、お頭……」との弱々しい叫びはかき消された。
「俺はおまえと戦いたい訳じゃない、
「お頭は高所恐怖症です……」
よたよたと立ち上がり、
「
男の左手首がはずれて来夜めがけて飛んでくる。慌ててよけたその後ろで、ひゅるるる、どっかーん、などと派手な音立て、手首爆弾は色町を爆煙の渦に巻き込んだ。
「おいっ、そーゆーはためーわくな攻撃は――」
抗議しかけた来夜を遮って、
「もう一発!
再びあっさりよける来夜の後ろで、先程と同じ事がまた起こる。
「平気で部外者を巻き込む、そういう戦い方が野暮だって言ってんだ! お前らの姿勢は盗み屋の美学に反するっ!」
銀南はどういうわけか、それ以上攻撃してくることもなく、ちょっと短くなった両腕をぶらんと下げて、来夜の言葉を聞いているだけ。
「先に手首をはずしてしまって、他の武器が取り出せなくなったらしいな」
大棟(屋根の一番高い所)に腰掛けたまま、ふぁしるが冷静な分析を加える。
「よーっし、次は俺の番だ!」
打ち掛け脱ぎ捨て、もろ肌脱ぎになった来夜がにやりとする。女装と盗みも好きだけど、戦もはずせない。
「ゆくぞっ、練乳光線!」
くそ怪しい
「逃げるとは卑怯なりっ!」
別に逃げたわけではないのだが、通りの人混みに落ちてしまえば、通行人が障害になって
「おーっしっ!」
来夜が彼を追って飛び降りようとしたとき、
「危ないっ!」
駆け寄ったふぁしるが来夜を突き飛ばした。風にまたたく来夜の着物の裾を焦がして、火の玉がはるか上空へ飛んでゆく。
来夜は危ういところで屋根の端に掴まったが、ふぁしるは切妻屋根を転がり、その勢いで塀の向こう、堀の中に落ちてしまった。
屋根の上に這い上がろうとした来夜の前に、いつの間に上がったのか
「卑怯だぞ!」
屋根の端を掴む指先の痛みにこらえて、来夜は
「これで貴様も終わりだ」
不敵な口許と膝が笑っている。
「高所恐怖症のくせに」
ぷっと笑う来夜を、
「うるしゃいっ」
と、一喝する。
「ゆくぞ」
変な形に両手を構えた
「お逃げ下さい、来夜殿!」
逃げろと言うことは、この縄、仲間の協力ではなく……
ひょいと見下ろした通りには、ずらりと並んだ
「げっ、警察?」
再び放たれた投げ縄は、屋根から手を離した来夜の
地面に降り立った来夜の前に、
「旦那、あっしに任してくんなせえ。この町にゃあ詳しいんでさあ。捕り方どもを
頼もしく笑って、三人を裏道へと導く。
「へへへ、旦那が心配で見に来ちまったんで」
はっきり嘘と分かる言い訳も、今回ばかりはおとがめなしだ。
四人は捕り方たちの叫び声を遠くに聞きながら、
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