第6話 味つけ

ある日、いつものスーパーで、その日は無性にビールが呑みたくて、かつ、それにあった焼き魚を食べたいと、鮮魚コーナーで目を丸くしていた。

 

「カミヤさん、こんにちは、今日はお魚なの、キンメダイって、案外、塩焼きも美味しいのよ」

「どうも大家さん、そんなんですか、僕は煮付けでしか食べたことないんです」

 

 いつも通り隣りの大家さんに声をかけられた。

 

「キンメダイはね、海の深いところで生きてるの、だから、脂が沢山のっててね、その脂は浮き袋代りでもあるの」

「へぇ、そんなんですか、なるほど、水より脂は軽いですからね、流石、プロ主婦ですね」

「あらやだ、もうカミヤさんったら」

 

 大家さんは、機嫌良くなった。

 

 そんな会話にのせられて、僕はキンメダイを一尾買ってしまった。

 

 帰宅した僕は、エラ、腹ワタを取られていたキンメダイを開きにした。『大家の奥さん、塩焼きっていってたな、本当に、塩だけでいいのか』と思いながら、皮側と身側に塩を振った。

 

 ここが問題なんだ。

 

 僕の眼は既に老いていて、塩が均等に降りかかったのか、裸眼では確認できない。

 無意識に手で触ってみた。

 

 やばい、分からない、塩を塗りたくることになってしまった。慌てて、キッチンペーパーで開いたキンメダイを拭きまくった。

 

 手を洗い、老眼鏡をかけた。

 

 よく見える、これで振りかけた塩の状態を把握できるはずだ。

 もう一度、丁寧に少しづつ塩を振った。

 

 旨かった、旨かった。ビールさえ、旨さを倍増させた。

 何も考えずに舌鼓を打った。地球に生まれて良かったと思った。

 

「あっ、大家さん、キンメダイ旨かったです、塩焼き、最初は失敗したかと思ったんですけど」

 

 僕は後日、大家さんと出会すと、塩の振り方のことも話した。

 

「それで良かったのよ、最初の塩を振りかけたとき、魚から無駄な水分が出て、臭みが取れたのよ、偶然だったかもだけと、良かったじゃない、美味しく食べれて、今度は私も、、あらやだ、私にも焼き魚こさえてね、アッハハハ」

「大家さんはご自分に、塩を振るだけにして下さい、じょ、冗談ですよ、アッハハハ」

 

 二人で苦笑い、大笑い。

 

 家事は奥深いものだ。塩の下味も奥深い。

 

 塩って、万能調味料なのかもしれない。

 

 塩での味つけの仕方をもっと覚えたい。

 

 終

 

 次回、第七話 むく

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