ある美漢／恨み感

＃2 恨み感 第1話

　彼が告白する十年ほど前、その頃からこの世界の景色は大して変わっていなかった。

　暗い闇夜の空、多くの人々が眠る時間であっても、この世界のビルには多くの灯（あか）りが点（つ）いていた。

　暗闇に紛（まぎ）れて淡（あわ）く光る東京タワーの外階段（そとかいだん）に赤い霧（きり）が現れた。

　数秒して霧（きり）が晴れると、そこには赤と黒のゴシックロリータの服を着た小柄な女性が階段に座っていた。

「――この並行世界（へいこうせかい）でもまたここがスタート地点なのね……」

　彼女はパーマのかかった黒髪のミドルヘアを風になびかせ、夜景（やけい）を見渡す。

　彼女の名はユキナ＝ブレメンテ。

　故郷の世界を破壊し、数多の並行世界で運命の赤い糸を断ち切ってきた魔女。

「この世界も……他の並行世界と代（か）わり映（ば）えのしない世界のようね……」

　彼女は何百段（なんびゃくだん）もある外階段（そとかいだん）を一段ずつ下（くだ）りながらそう呟（つぶや）いた。

　◇　◇　◇

　彼女がこの世界での探しものを始めて数日経った頃、偶然（ぐうぜん）彼女がいた場所のすぐ近くで、赤と黒の閃光（せんこう）と共（とも）に雷鳴（らいめい）のような激しい音が響（ひび）き渡（わた）った。

　彼女がその場所へ向かうと、全身が血だらけで今にも事切（ことき）れそうな青年が道路に倒れていた。

　高校生か大学生か、若さが残る顔つきであったが痛みと苦しみで顔が歪（ゆが）み、息も途切れそうな状態だった。

「赤と黒……。私と同じ色……。なるほど、私がこの世界に来たのは偶然（ぐうぜん）ではなく、あなたが私を呼び寄せたのかもしれないわね……」

　笑みを浮かばせながら彼女が念ずると、赤い閃光（せんこう）と共に少し離れた場所から通りすがりの男性が一人走ってきた。

「私を愛（アイ）するあなたにお願いするわ……。救急車を呼んでこの青年を治療（ちりょう）させるよう手筈（てはず）を整えなさい……。そして、手筈（てはず）を整えたら一連（いちれん）のことは忘れて日常生活に戻りなさい……」

　彼女が通りすがりの男性に念じた想（おも）いは真っ赤な光と共に男性の脳内（のうない）に伝わった。

　その光は念じた人の想（おも）いの力。

　誰にでも手に入れることの出来る力だが、誰もが手に入れることの出来るわけではない力。

　彼女の能力（ちから）は人に愛されること。この力を使った相手は彼女を愛（アイ）し、愛（アイ）する彼女のためならどんなお願いでも叶える。その力の名を彼女は『全てに愛される力（ラヴズオンリーミー）』と呼ぶ。

　彼女は通りすがりの男性にお願いすると、男性は直ちに救急車を呼び始め、青年を治療（ちりょう）させるため手続きを進めた。

◇　◇　◇

　幸（さいわ）いにも一命（いちめい）を取り留めた青年は、身動きは取れないものの会話できる程度まで回復した。

　青年の元に再び訪れた彼女は、青年から詳（くわ）しい事情を聞くと少し驚いた顔を見せたが、すぐに嬉しそうに笑い出した。

「なるほど、想像以上に面白い世界ね……。普段は私が殺そうとするのをアイツが守ろうとするけど、この世界は私が守る側……。あなたも一緒にこの『恨みの感情』で覆（おお）われた『裏の世界』を楽しみましょ……」