第8話
「あら。あらあらあら。もしかしてあなた、律斗くんじゃない? 大きくなっちゃぅてぇ〜。久しぶりね。あっ、もしかしてうちに来たのって結愛のお見舞い? 結愛なら上の自分の部屋で寝てるわよ。じゃあ私はお買い物に行ってくるから長い間戻らないわ。結愛のこと、よ、ろ、し、くっ!」
嵐のような結愛のお母さんに圧倒された。
俺が何も言わないうちに結愛のお母さんはいなくなり、玄関にポツリと俺が残されることに。
「お邪魔しますぅ……」
結愛が寝ているらしいので小声でそう言い、靴を脱いで二階に上がった。
結愛の部屋までの道のりはもう数年ぶりになるが、俺は迷いなくその扉までたどり着いた。
「結愛。お見舞いに来たけど……」
不法侵入などと言われると面倒になりそうだったのでドアをノックをして、開いた。
真っ白な壁紙に、真っ白な床。勉強机と地面にぽつんと机しかない部屋は昔と同じだった。
そんな部屋の中に、奥のベットで「すぅすぅ」と規則正しい寝息をたてている結愛がいた。
起こさないようにそろりそろりと近づく。
冷えピタを貼っているのを見るに、余程高熱だったということが読み取れる。
「律斗ぉ……」
まだ結愛はぐっすり夢の中。
寝言で俺の名前が出ててきた。
「結愛は俺のこと大好きなんだな」
小声でそんなことをつぶやき、念のため先に学校から持ってきたプリントを勉強机におく。
お見舞いに来たのだが、学校のプリントで頭の中がいっぱいになっていたせいで俺からのものは何も持ち合わせていない。
でもプリントはもってこれた。
結愛は寝ているようなので、俺は部屋から出ていこうかと思ったが……。
「律斗っ」
寝ていたはずの結愛から、び止められた。
ベットで気持ちよく寝ていたはずだったが、目が覚めている。
「……結愛。どう? 風邪大丈夫?」
「へ、へへ。全然平気だよっ。ほら、今もぴんぴんしてるもんっ!」
「そっか。よかった……」
デートをした翌日に風を引いたとなり心配していたが、結愛はいつもの調子だったので一安心した。
近づいたら風邪が移ってしまうかもしれないと思いながらも、ベットの横まで来てしまった。
結愛が寝返りを打ったことによって、数秒間見つめ合うように目線が重なった。が、お互い気恥ずかしくなり目を逸らす。
「り、律斗は今日御坂と二人っきりだったんだよね」
結愛はここぞと言わんばかりに話題を振ってきた。顔が赤くなっているのは熱のせいなのか、はたまた別のなにかなのか。
「まぁ、結愛がいないってなったら必然的にそういうことになるけど……」
「ふ〜んふ〜ん。じゃあ私がいない日の御坂は律斗の愛人としてどうだった?」
「ちゃんと愛人してたよ」
「ふ〜んふ〜ん」
ぷいっと顔を逸してしまった。
愛人してた、と言ったのが気にくわなかったのだろうか。
「まぁでも、学校は結愛がいないとなんか寂しかつたよ」
「ど、どういうふうに?」
「なんというか、ぽっかり穴があちゃった感じかな……。いつもいた人がいないってなると、元気も出ないし」
「ふっふっふっ。もぉ、律斗には私がいないとダメみたいだね」
機嫌が戻ったのか、くるっと体を回転させニマニマとした顔を向けてきた。
可愛い。風邪をひいているからというのもあるだろうが、素直な結愛はいつもと違った可愛さがある。
「律斗。手握って」
甘えるように手を前に出してきた。
「え。あ、うん」
言われた通り、熱がこもった温かい手を握る。
ぷにぷにしていて、握っているだけで気持ちいい。そういえば、こうやって手を握るのはいつぶりだろうか。昔は躊躇なく握っていたが、それはもう思い出すのも難しいくらい過去のことだ。
お互い心も体も成長して、無意識に避けていたのかもしれない。
「ふふっ。律斗ぉ律斗ぉ」
手を嬉しそうに握っているが、俺の目は動いたせいでめくられ見えたおへそに奪われている。
「すぅすぅ……」
俺が静かにしていたせいでなのか、気づいたときには結愛は眠っていた。
ここにいたら邪魔になるだろうと思い帰らせてもらおうと思ったが、握っていた手を振りほどくことがなかなかできず……。
帰ることができたのは、結愛のお母さんが帰ってくるときと同じタイミングだった。
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