第7話
昨日結愛への気持ちが片思いではないと発覚した。そんな事実を前に、ドキドキを胸に玄関の扉を開けたがそこに結愛の姿はなかった。
「あれ? 結愛は?」
「なんか今日風邪ひいたらしいよ」
「へぇー……」
これからようやく俺たちの愛人という歪な関係から変わり始めるのかと期待していたが、風邪は仕方がない。
「今日は私と二人っきりだよ。そんな呆けてないで早く行こ?」
「あ、うん」
結愛の愛人の距離感は、彼氏彼女のそれ。対して御坂は愛人のそれだ。近づきすぎず、それでいて遠くもない。
世間の愛人がどういう距離感なのか知らないが、御坂は絶妙な距離感を保っている。
「ところで昨日は結愛といちゃいちゃできた?」
「っ。なんのこと?」
「しらばっくれてもバレバレだよ。そう顔にかいてあるもん」
御坂は俺の幼馴染なのに結愛と違って勘が鋭い。
「まぁちょっとしたデートみたいのをしただけだよ」
「へぇ〜。それじゃあようやく二人は付き合うことになるの?」
「いや、そういうわけじゃなくて……。俺たちがしたのは愛人としてのデートってやつ」
「なにそれ。デート中にドカンと『もう愛人じゃなくて君の彼氏になりたい!』って言えばいいのに」
「その勇気がないから今こんなややこしい状態なんだよ……」
「ふふっ。でも、最初に付き合ってって言わずに愛人になれって言った律斗が悪いと思うよ」
正論で何も言い返せない。
そんなこんなしていると、学校についた。御坂が結愛と比べ物にならないほど愛人から友達への距離感に戻したのが上手だった。
結愛がいない学校はどこか寂しさが残った。
授業が一通り終わり、部活動に所属していない俺はあと帰るだけ。
そんな俺に御坂が「ちょっと私が水泳してるの見ていかない?」と、声をかけてきた。断る理由もないのでプールを覗くことに。
「もっと水を掻くようにクロールしろっ!」
顧問の先生の声が響くプールサイドには、御坂がいる。
ピチピチのスク水がスラッと引き締まったボディーラインを強調させている。普段見ないうなじと、真っ白な肌、細く脂肪がない美脚に目が奪われる。
「次は御坂!」
「はいっ!」
勢いよくプールの中に飛び込んだ。水しぶきが覗いているフェンスの奥に飛び散り、力強い腕で水を掻き分けている。
「すげぇ」
なんやかんやあり、最近は見てなかった御坂の泳ぐ姿を見て声が漏れた。
だが全力でクロールをしている御坂のことを夢中になって目で追っていたせいで、近づく人影に気づかなかった。
「何だお前?」
声がしたは方に目を向けると、水泳部のコワモテ風の顧問と目があった。
「覗き魔だよな?」
「い、いえ違います! 俺はただ今泳いでる御坂にちょっと見ていかない? って言われて、ここで見てるだけで……」
「言い訳無用! 見学したいのから顧問である私の許可を仰ぐことだ。御託を並べても覗きは覗き。許されるとでも思っているのかっ!」
水泳部の顧問の先生に覗きをしていたと怒鳴られた。
その後御坂の泳ぎを見ることができず、部活が終わる時間になるまで空き教室で反省文を書かされるハメになった。
反省文を書き終え、プールに来たのだがもう人がない。
「さすがに先に帰っちゃったかな」
そう思い、俺も帰ろうかと思ったが女子更衣室の方から「律斗」と御坂に呼ばれた。
扉が少し空いているため、目をそらしながら後ろ向きで近づく。
「まだいたんだ」
「ええ。ちょっと私もお叱りうけちゃって。……全く。あの顧問の先生ってば厳しすぎるっ」
「だ、だよね……」
ガサガサ物音が聞こえた。扉を一枚挟んだその先に着替えている御坂がいると思うと、思考が停止してしまう。
「そういえば、ちょっとしか見れてなかったと思うんだけど私のスク水姿どうだった?」
「とても綺麗でした……」
「ふふっ。よかった」
声だけで口を抑えて喜んでいるのがわかる。
お互い先生に怒られ気分がよくなかったが、話しているうちにほんわかとした空気になっていた。のだが――
「おーいまだ誰か残ってるのか」
プールサイドの方から顧問の先生の声が聞こえてきた。
まさか俺たちの声が聞こえてたのかな?
そんなこと思っていると、後ろからぐいっと腕を引っ張られた。
「うおっ」
思わず声が漏れる。御坂は誘拐犯ばりに俺の口を手で抑えそっと扉を締めた。
「あ、あんまりジロジロみないでね……」
更衣室の中が暗くてどんな顔をしているのかわからないが、小声で声が震えている。
扉から入ってくる光に照らされ、御坂の姿が顕になった。
まだ下着も来ておらず、タオルでむりやり体を隠している。
「ジロジロみないでね」と言われたが、目が吸い込まれる。
「もう。律斗のえっち」
どこか嬉しそうに怒った御坂は俺を後ろに向かせ、着替えを再開した。
あんな無防備な姿を目の前に、目を逸らすことができる人なんているのだろうか?
「でも律斗になら別に見せてもいいかなぁ〜」
「何言ってるんだよ……」
「ふざけてるわけじゃないんだよ? 本当に見せてもいいの。ただし、周りに誰もいないときにね」
体を無理やり動かされ、バサッと体に巻き付いていたタオルを広げてきた。
帰り道の足取りはいつもより重かった。
今日のことでハッキリとしたが、御坂は本当に俺の愛人になろうとしている。結愛と付き合うことができたあともこういう関係が続くのだろうか。
ただただ真意がわからず、疑問だけが残る。
「まぁ今は考えなくていいか」
向かう先は我が家ではなく、小学生時代は毎日通うように遊びに行っていた結愛の家。俺は風邪のお見舞いに向かっている。
『弱まってる女の子は優しくされると嬉しいんだよ』
「よし」
御坂とこれからどういう関係になるのかと不安を胸にしまい込み、結愛の家のインターホンを押した。
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