第5話



「で、周りに愛人だってバレないようにする練習ってどんなことすればいいのかな?」


 意気揚々に俺と御坂のことを自分の部屋に集めた張本人である結愛は、突然そんなことを言い出した。


 正直、御坂は何かを隠すことがうまいが結愛は絶望的に下手だ。嘘をつけないタイプなので、いくら練習をしたところで意味がないことは御坂もよくわかっているはずなのだが……。


「そうね。律斗はどんなことしたらいいと思う?」


 乗り気で俺に意見を求めてきた。


 「隠すことなんて不可能でしょ」と言いたいところだが結愛は自信満々なので、ここは限りなく不可能なことを言って諦めさせることにしよう。


「千弘に結愛が俺の愛人になったってバレたのは完全に距離感の問題ったと思うから、周りに人がいるとろでは一切喋らず目も合わせなければいいんじゃないかな?」


「いじわるいわないでよぉ〜」


「結愛。律斗が言ってることは極端なことだけど、距離を取るっていうのはいい練習になると思うわ」


「ほほう?」


 結愛はなにかいい案が思いついたのか、スマホをいじり始めた。

 そして数分後。部屋の中に一人の男が入ってきた。


「というわけで助っ人を呼びましたっ!」


「助っ人じゃねぇよ! お前な、いきなり誘拐犯を装って俺のことを呼び出すな。勘違いして家にあったお父さんのゴルフクラブ持ってきちゃったじゃんか」


 千弘はゴルフクラブをもって不機嫌なのをアピールしている。


「きゃ〜。幼馴染が誰かに捕まったと思って助けに来た千弘カッコイイィ〜」


「お、おだててもなにもでてこないからな。もう俺は帰る」

 

「千弘、待って。私たちこれから愛人だとバレないようにするための練習をするの。ちょっと手伝ってくれない?」


 扉を開いた千弘を御坂がすかさず引き止める。


「練習……? あぁ昼結愛が言ってたやつか。え? あれ本当にやるのか?」


「もちろんっ!」

 

 なぜ結愛はまだ何するかも決まっていないのにそんな自信満々に胸を張れるだろうか。


「まぁこのあと少し暇だし? 本当に少しだけだから付き合ってあげてもいいよ。練習っつうけどなにするんだ?」


「律斗、なにするの?」


 3人の視線が一斉に俺に向かってきた。 


「…………とりあえず、愛人だとバレないような距離感をとる練習でもするか」


 かくして、練習は始まった。

 その内容は至って簡単。俺と千弘が話している中、愛人だということを悟られず話に入る、というもの。


 こんなのすぐ終わり、結愛はそうそうに満足してくれるのかと思ったが……。


 結愛は当たり前のように腕ではなく背後から抱きついてきた。


「だからそんなくっつくとただならぬ関係だって思われちゃうでしょ」


「え。後ろからならいいんじゃないの?」


「だめに決まってるでしょ。これじゃあ腕に抱きつくときより距離感近くなってるじゃん」


「えぇ〜。じゃあ私、一体何すればいいのさ」


「俺と一定の距離感を保ちながら何もせずに隣で話すだけなんだけど」


「そんなことできるわけないじゃん」


 なぜ結愛はこんなポンコツなのだろうか。


「千弘と御坂もなんか言ってくれよ。これじゃあ絶対愛人だってバレちゃうよ」


「いやバレないんじゃないか」


「ええ。そうね」


 二人はさも当たり前のようにOKサインを送ってきた。


「いいわけがないでしょ。絶対バレるよ」 


「いやいやいや律斗。冗談よしてくれ。こんな、後ろから抱きつく位いつもとか変わらない光景じゃないか」


「おかしい光景でしょ。ね? 御坂」


「おかしくなんてないわ。結愛は愛人になる前からあんまり距離感は変わってないわよ」


 距離感は変わってない? いったい二人はなんのことを言っているんだ……。


「まさか律斗。お前、結愛が愛人になってから抱きつかれるようになったとでも思ってるのか?」


「え。そうでしょ?」


「いや違うわ。……あぁ、抱きつかれてるのに反応がなんかおかしいと思ってたんだよ。お前気づいていなかったんだな。いや無意識に気付かないようにしていたのか?」


「そんな、ことあるの?」


「さぁ。知らないが、お前が結愛に愛人になって抱きつかれるようになったと思うのならあるものなんじゃないか?」


 ようやく自分が、自分でもよくわからない体験をしていることに気づいた。


 千弘の話をまとめると、俺は結愛と愛人という関係になる以前から抱きつかれていたらしい。


「どう? 二人の話まとまった?」


 良くか悪くか、俺たちと別で御坂と話が盛り上がっていた結愛が声をかけてきた。


 全然話なんてまとまってないけど……。


「うん。まとまったよ。距離感は……今のままでいいんじゃないかってさ」


「ふ〜ん。わかった!」


 結愛は素直に納得し、愛人としてバレないようにする練習をしていたことなど忘れて御坂と喋り始めた。


「よかったのか?」


 丸く収まったと思っていた俺の背後から、千弘の鋭い質問が突き刺さる。


「いいんだよ。いつも抱きついてた人がいきなり距離を取り始めたらそれこそ周りからは変だと思われちゃうし」


「俺が聞いたのはそういうことじゃないんだけど……。まぁなんとも思ってないのならいいか」

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