ゼミ課題②(無題)

課題内容:「真夏の太陽が地面を照りつける」を使ったラブストーリー。短編小説の冒頭。1600字以内。


 真夏の太陽が地面を照りつける。

 寒気がするほどの蝉の鳴き声に囲まれながら、私はスーパーへと続く道を歩いていた。夏休みなのをいいことに冷房の効いた自室で惰眠を貪っていたところ、母からおつかいの命が下ったのだ。当然ながら、断った。本日の気温、摂氏三十七度。例え弟を人質に取られようとも、私は人類史上最高の発明品であるエアーコンディショナーから離れるつもりはなかった。そもそも弟に行かせればいいのだ。やつは酷暑だろうと厳冬だろうと構わず毎朝六時に起床して部活動に出かけ、バットを振ることに命を燃やすスポーツマンなのだから。わざわざ暑さと犬猿の仲である私が行く理由など、どこにもない。

「あの子、今日も部活よ。ごちゃごちゃ行ってないで早く行ってきなさい。晩ご飯抜きにするわよ」

 弟が人質に取られた程度では私は動かないが、晩ご飯を盾にされればそうもいかない。唇を噛みしめる私であった。

 もっとも、外出も悪いことばかりではない。私の所属している美術部では、夏休みが明けたらコンクールに出展する用の作品を提出しなければならない。部屋に篭ってばかりでは題材に困るし、おつかいついでにモチーフを探すとしよう。スケッチブックと母から預かったお金を持ち、私は戦地へと赴いた。

 それにしても、暑い。わかっていたことだが、暑い。なぜ未だに自分が固体を保っていられるのか不思議でならないくらい、暑い。たぶん融点はとっくに越えている。気化していてもおかしくないはずだ。こんな暑い日は炭酸飲料を一気飲みするに限る。自販機を見つけたらジュースでも買おう。お金はおつかいに必要な分しか持ち合わせていないので、これにより頼まれた品の幾つかは購入できなくなるだろう。しかし私に下された命は「おつかいに行く」ことであり「おつかいを成功させる」ことではない。家を出た時点で、私はすでに晩ご飯を食す権利を得ているのだ。屁理屈も屁理屈だが、屁理屈とて理屈である。むしろ一文字加えたことにより具体性を増しているし、理屈よりも理屈らしいといえるだろう。

 暑さでどろどろに溶けた足をずるずる引きずっていると、白い長方形の物体が目に入った。途端に私の足取りは加速し、目当てのものと向き合う。

 果たしてそれは、アイスクリームの自販機であった。私の内蔵はより冷たいものを望んでいるから、むしろ好都合だ。十七種類のアイスを睨むように見てから、お金を入れてボタンを押す。がたごとと音を立てながら出てきたチョコミントのアイスクリームに食らいつくと、さわやかな甘みと冷気が口の中に広がった。紛れもなく、人生最大の幸福である。

 もう一口だけ齧ってから、日陰を求めて辺りを見回す。日に照らされたままでは、アイスを長く楽しむことができない。

 幸いにも木陰はすぐに見つかった。しかもベンチ付き。どうやらこの自販機は公園の中にあったらしい。自販機以外が目に入らないくらいには水分を失っていたようで、やはりここでの補給は必要なことだったのだ。すぐさま移動し、腰掛ける。アイスに木陰の組み合わせは、空調の効いた自室には劣るものの快適そのものだった。

 半分ほどアイスを食べ終えた頃、公園内に私以外にも人がいることに気づいた。私と同じ、中学生くらいの女の子が一周二百メートルのランニングコースを走っている。こんなにも暑いなか身体を動かす物好きが弟以外にもいたことに驚くばかりである。

 健康的に焼けた肌と、引き締まった足。夏休みで肥えた腹を引っ込めようとしている訳ではなさそうだ。

 汗を散らしながら、彼女は走る。揺れる木漏れ日を顔に浴びながら、彼女は走る。ただひたすらに、彼女は走り続けていた。

 飛び散る汗に、地面を蹴った瞬間に筋の走るふくらはぎに、雨に打たれたように濡れている髪に、目を奪われてしまう。その美しさに、心を奪われてしまう。

 ──気がつけば私は、スケッチブックに鉛筆を走らせていた。

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