世界が終わりを迎えるらしいので

joek

世界が終わりを迎えるらしいので

 夜中にふと目が覚めると、小さな虫と添い寝をしていた。

 私の家は貧乏ではなかったが、キレイではないので大小問わず色々な虫と共存していた。

 そのため、横を向いて寝ていた私の視界に入った、毛虫のようなそれを見ても、ああ、またか、としか思わなかった。

 一つの枕を分け合うことはよくあった。


 その小さな虫は小さな、けれど聞こえる声でこう言った。


「明日地球が終わるけど、このことを誰にも言わないでくれればキミを助ける」


 ああ、そう。私はそんな気のない返事をして寝返りをうった。

「話はまだだ。秘密を守ってくれるならば願い事も1つ叶えてやる。できる範囲でだが」

「それじゃあがんばる」

 適当に返事をして寝た。


 夜中にふと目が覚めたとしても、完全に覚醒しない限りはすぐ眠りにつける。そのとおり、私はすぐ二度寝に陥り、朝起きると虫はいなかった。



 虫の言うことを信じるならば、今日世界は終わるらしい。

 そんなことを通学電車で考えながらも、私はマスク姿のOLや女子学生を見つめている。

 世界が終わるならセックスがしたい。

 男じゃなく、女と。

 叶うことならば好みの女がいい。

 好みの、と想像すると一人に行き当たる。先輩は元気だろうか。

 2つ上の先輩は、今はもう大学生。部活の上下関係でもなかったから会うことはないだろう。




 出会いは放課後の居残りだった。

 私は頭が悪くはないが良くはない。

 テスト勉強をせずに何ならテストをサボってみたらどうなるのか、試してみたくなり中間テストをすべてサボってみたら案の定怒られた。

 入学してすぐだったから、それも重なってなのかとても怒られた。

 さらに言えば体調不良でもなく、正直に興味本位だったと伝えたのが良くなかったらしい。

 結果私は放課後居残りで教室を掃除するはめになった。

 理科室や準備室、放課後誰もいない校内を一人で掃除していると出会ったのが先輩だった。


 艷やかな黒髪ストレート、眉位置で横に切り揃えられた前髪と清楚な見た目、けれど手には箒。

 アイドル顔で愛嬌のある可愛らしい顔つきの先輩は私に向かってこう言った。


「あんたも居残り?」


 見た目は可愛らしいが言葉遣いがあまり良くない。

 そこもなんとなく良かった。

 正直にテストをサボって居残りになったと告げると先輩は、私はこれ、と髪を耳にかけ右耳を見せてくれた。

 ピアスだった。

 それも1つや2つじゃなく、たくさん。

 見た目とのギャップやべーと興奮していると、先輩はさらにこういう。

「耳だけじゃないんだけどね」

 机に腰掛けケラケラと笑う清楚な見た目と清楚からかけ離れた女にひどく興奮した。

 こんなにも好みの女に出会ったことがなかった。

 けれど惜しむらくは、おそらく男に影響されてのことだろう。

 半分残念、半分は興味で聞いてみた。

「どこに空いてるんですか?」

「へそ。ほら」

 ぐいっと制服をずらして見せるとたしかにピアスがついている。

 なんて良い女なんだ。

 羞恥心もなく肌をさらす姿に惹かれていく自分を感じ、けれど自分を守るために彼女には男がいると言い聞かせた。

「なんですかそれ、悪い男の影響ですか?」

 へへへと愛想笑いを浮かべて、悲しまなくて済むように安全策を選ぶ。ほら、どうせ、そんな言葉をたくさん用意した。

 先輩は腰を浮かせ、私に近づくと少し怒ったような声で言った。

「ちがう」

 近づかれた緊張と予期せぬ地雷を踏んでしまった焦りで、私は縮こまり情けない声で謝罪を述べるしかできなかった。

「ご、ごめんなさい」

 一歩後退すると、先輩はケラケラと笑い出した。

 先程の雰囲気とは一転したこともあり、情緒不安定にしかみえず、得体の知れない恐ろしさを感じた。

 声をかけるのも躊躇わせるほど不気味に見えた彼女は、ニヤリと意地の悪い顔をした。

「おんな。悪い女の影響だよ」

 一瞬だけなにを言われたのかわからなかった。

 けれど後からじんわりと、辛いものを食べた時のように汗が、驚きが、期待が私の全身を包み込んだ。


 先輩とセックスがしたい。

 私はその時から性欲に支配されたといっても過言ではない。

 本当に、今まではオナニーだって知らない初な子供だったが、この時を境に盛のついた獣のようにセックスをしたくてたまらなかった。

 一番は先輩と。

 それができないなら、せめて好みの女と。それがいつしか私のモットーになっていた。


 そうして出会った先輩に告白をしたものの、見事に振られ私は未だに未練がましく一人で生きている。




 世界が終わるなら先輩を誘おう。

 ごまんと女はいるが、好みの女を見つけるのは難しい。期限が今日までならなおさら。

 歩道の石ころを蹴飛ばして、感傷的な自分を演出しながら学校をサボる。

 先輩の大学まで押しかけようか、そんなことを考えては進学先を知らずに絶望する。

 駅前のコーヒーショップでホットココアを頼んで、歩道に面したガラス貼りの席を取る。正面には雑踏が見え、行き交う人が見える。

 運命があるならば、ここで今日先輩と出会えるのだろう。


 結局ココアが冷え切る前に出会い系のアプリをダウンロードした。

 人間観察なんて趣味じゃない、5分も見れれば良いほうだ。

 アプリで出会って即セックスを目論んでみたが、ヤリ目的はお断りと書かれたプロフィール欄をみてはスワイプして次を探す。

 好みに出会えても、生活圏が違うと断念する。学生には遠征費すら厳しい。

 真剣に出会いを探す人もいる中で不純な動機でネットを彷徨う自分がだんだんと憐れに思えてきた。

 どうせやることもない。かわいいクラスメイトや、最悪友達に頼めばセックスはだめでもキスぐらいはいけるかもしれない。

 淡い期待を胸に、午後から学校に向かうことにした。


 世界の滅亡を知っているのは私だけなので、皆は当然ながら普段どおりの日常生活を過ごしている。

 唐突にキスをせがんだ所で、変人扱いされて軽くあしらわれるのがオチだった。

 結局日が暮れて、夜の帳がおりても私はこうして街中をウロウロとしている。

 時短営業のファミレスはもうすぐ閉まる。


 そもそも未曾有のウイルスが人類を襲っている時期だ。人がいるはずがない。

 繁華街も閑散とし、飲んでいる人がいたとしても店を出た後はまっすぐ駅へ向かう人しかみない。

 せっかく私服に着替えてきたのに、結局私は二時間もファミレスにいただけになる。

 こうして地球最後の夜が終わりを迎えていた。



 電車から降り、少し遠回りをして帰路につく。

 帰ってオナニーして寝てそのまま地球が終わるのはなんだか少し寂しい気がした。

 最後だし、仕事帰りのOLを労ってあわよくばそのまま家に連れて行ってもらいたい。そんな期待をいつまでも抱いてコンビニに寄ったが客は私以外いなかった。

 失意の中、ふと足をとめたのは小さな公園だった。

 知らない公園だ、幼い頃の記憶など欠片もない公園。

 けれどなにかに導かれるように足を入れたのは、きっとこれこそ運命だったからだ。


「先輩?」

「え?」

 ベンチに腰掛け月を見上げるように上を向いていた女は間違いなく、先輩だった。

 あの頃と変わるのは私服だけ。相変わらず優等生そうな身なりをしているが、きっと耳にはたくさんのピアスが今夜も輝いている。

「あー久しぶり。どうしたの」

「先輩に会いたくて。一日探してました」

 近づいて隣に座る。

 ソーシャルディスタンスが叫ばれる世の中であっても、先輩は許してくれる。マスクをずらし、形の良い唇を見せてくれた。

「私とセックスしてください」

「なんで?」

「私先輩のことが大好きで、ずっと忘れられないんです」

「でも、私あんたのことフッたよね?」

「それでも、ずっとずっと大好きなんです」

「そうなの?」

 先輩はさほど驚きもせず、また嫌がる素振りも見せなかった。

 そんなに慕われてたのか〜と、どちらかといえば嬉しそうにも見えた。

 先輩のそんな様子よりも私は視界に映る公園の時計の方が気になった。

 地球が終わるのは何時だ? 明日には終わるとすれば、あと三時間ほどしかない。それまでにどこかに移動して、行為をしたい。いや、しなければ終わるに終われない。


「どうした? 時間、なんかある?」

 鼻息荒くしている私の様子に先輩は気づいたようだった。

 告白したあのときと違って、すぐに断られることはなかった。つまり、これはあと少し押せばいける。

 焦った私はその時、あの虫の言葉をすっかりと忘れていた。

 性欲を前に自我をコントロールする術など知らなかったのだから、これは必然であったともいえる。

「今日地球が終わるらしいんで、それまでに先輩とどうしてもセックスがしたいんです」

「それで一日私を探してたの?」

「はい。本当に先輩が大好きなんです」

 唇に笑みを浮かべて先輩は、私にキスをした。

 突然の出来事に呆然とする私をよそに先輩は立ち上がると伸びをする。

 それから手を差し伸べてニヤリと笑った。


「なんでいうの? バカだね」



 地球はやっぱり青かった。

 宇宙船の中から見える地球は青いが、これもあと僅かで見れなくなるらしい。

 私を抱える先輩を見上げると先輩はニヤリと、あの私の大好きな笑みをくれた。

 虫のいう通り、地球は終わった。

 そして先輩は言付けを守り、虫とともに地球を去る。この船には17人の日本人と11匹のペット、6体の脳みそが乗っている。そのうちの1つは私だ。

 培養ポッドから先輩を見つめる。

 先輩は可愛い後輩を連れてくることを虫にお願いした。虫は快く叶えてくれて、今こうして先輩に抱かれている。

 抱かれている、良い響きだ。

「ずっと一緒にいてあげるよ、脳みそちゃん」

『`〜@%23&s』

「うーん、なに言ってるか全然わからん。虫、あとでちょっと調節して」

 おもむろにポッドの中に手をいれると、直に触れ、優しく撫でられた。

 文字通り脳みそが溶けそうなほどの熱を感じる。

 これも一種のセックスか。

 私は宇宙で究極の幸せを見出したのかもしれない。


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