第43話 堕ちた少年
数日後。それは放課後の部活でのことだった。
「パスをする時はつま先じゃなくて足の側面じゃないと上手く蹴れないぞ。それにその蹴り方だと痛める可能性がある」
「は、はい!」
松葉はキャプテンとして一年生を指導し、他の二年生はパスやシュートの練習をしていた。
しばらくして、指導を終えた松葉を加えた二年生で軽い練習試合をすることになった。これも篠崎高校サッカー部の日常だった。マネージャーである怜奈がスコアボードをセットし、笛を鳴らす。
_____そう。そこまではいつも通りで、何の問題も無かった。
「うあっ……!!」
しばらく試合を続けていると、グラウンドからうめき声が聞こえた。驚いて振り返ると堀内が足を抑えて痛がっていた。
突然のことに混乱しながらも松葉達は心配そうな顔をしながら駆け寄った。
「堀内!おい、どうした!?」
「い、いや……転けた時に……足を思いっきり踏まれて……」
「……踏まれた……?」
堀内の言葉に動揺する松葉。それとは反対にクラスメイトである三宅は怒った様子で周囲を見渡した。
「誰だよ、んなことした奴は!ちゃんと謝れ!!」
「そうだな。試合が無いとはいえ、怪我をさせるなんて……」
しかし堀内は、怒っている三宅と霧野を
「大人数で激しい動きをしてたんだ……きっとそいつもわざとやったわけじゃない……。犯人探しなんて止めよう……な?」
「堀内……でも……」
「大丈夫……骨を折ったわけでもないだろうし……すぐに治るよ」
「……とりあえず、保健室に行くぞ。俺が着いていくから」
「そんな……いいよ、悪いし……」
「気にするな。これも生徒会役員としての務めだ」
「瀬戸内……。……ごめん……ありがとう」
生徒会役員の務め、なんてよく分からない主張が通り、瀬戸内が肩を貸して保健室まで行くことになった。痛々しく足を引きずって保健室に向かうその背中を部員達が心配そうに見つめる。
一年生達もザワザワとしていたが、松葉に言われてサッと練習に戻った。
「ふん。踏まれといてわざとじゃない、ねぇ……。良い子ちゃんかよ」
確かにあの時、ボールを巡ってかなりの人数が集まっていた。プレー中に転けたり足がぶつかったりなんてこともよくあることだ。わざわざ文句を言うほどのことじゃない。
だが堀内が痛がって押さえていた部分は、たまたま踏んでしまったという言い訳が効くような場所じゃない。しかもあの酷い痣……わざと踏まなきゃできねぇはず。
「そりゃあ
「ほんと酷いわねぇ。無理矢理笑ってたけど、あれはかなり痛そうよ」
近くにいた河口と高嶋が楽しそうに笑いながら彼らを見つめている。
相変わらず性格悪いな。……ま、俺も人のこと言えねーけど。
「一体誰がやったのかしら。……まあ、その犯人も今頃後悔してるかもね」
白々しく呟く高嶋。その視線の先には、うつ向いて暗い顔をしている『アイツ』がいた。その姿を視界に映した瞬間、全てを理解して思わず口角を上げた。
……ふーん。誰かが、ねぇ?やるじゃん。ただの良い子ちゃんかと思ってたのに。
俺はそいつに近付き、軽く肩を叩いた。そいつは肩をビクッとさせ、「何だよ」と声を震わせながら俺を睨んだ。
「いえ?随分と顔色が悪いように見えたので。……でもそれもそうですよね。堀内先輩を転ばせて足を踏んだのはあなたなんですから」
そう言うと表情を一層暗くする。
馬鹿だなあ。あれくらいで後悔するくらいならやらなきゃ良かったのに。やっぱ、あんたには向いてないんだよ。人を傷付けるなんてさ。……なんて言ったって、もうあっち側には戻れないけどな。
「ふふ……これからよろしくお願いしますね。_______松葉先輩」
あんたにとっての本当の地獄はここからだ。
「…………やったのか」
体育館の隅で小さくため息をつく。
正直予想外だった。松葉のことだからきっと直前で怖気づいて止めると思っていたのに……まさか仲の良い友達に怪我を負わせるなんてな。もっと言えばそれが霧野だったら一発で信頼したんだが……それを言うのは酷ってもんか。
「……橘」
そんなことを考えていると、体育館を出ていこうとする瀬戸とバッタリ会った。瀬戸は私の顔を見るなり「流石だな」と笑った。それに対して笑顔で応える。
堀内は「何のことか分からない」という顔をしながら私達の顔を交互に見ていた。
そのまま瀬戸が出て行ったのを確認し、慌てたように松葉の元へ向かう。御堂に何か言われたのか酷い顔をして固まっていた松葉だったが、私の姿を見つけるなり嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「あれ……生徒会長。どうされました?」
「あのっ……堀内さんが保健室に運ばれていましたが……何かあったんですか!?」
「橘さん!いえ、実は……堀内が練習中に足を踏まれて怪我を負ってしまったんです。おそらく骨は大丈夫でしょうが……」
霧野の説明に「えっ!?」と声を上げて心配そうな表情を浮かべると、それだけで霧野達は私に好意的な眼差しを向ける。チョロいもんだ。
「そんな……大丈夫でしょうか……?」
「…………あいつ自身は「大丈夫だ」とか言ってたけど、だいぶ無理してると思う……」
「……そう、ですか……」
俯いている松葉の傍にそっと近寄る。
よくやったな、松葉。本当にこっち側に来るとは……予想外のことだったが悪くない。これで私に愛されるんだ、お前も嬉しいだろ?……まあ、今は罪悪感のほうが強いか。
でも今更後悔したって遅い。お前は友達を傷付けたんだ。私の為に、私に愛される為に。______お前は、友達より私を取ったんだよ。
そんなお前が、こっち側から出られるとでも?お前は逃げられない。いや、逃げない。好きな女の為に友達を傷付けられるような奴だもんな。そんな簡単に私からは離れられない。
______そういう運命なんだ。
「…………な、なぁ……橘……」
「ん?どうしました?」
「……こ……これで……本当に愛してくれるんだよな……?」
「ええ、もちろんです。……これからよろしくな、松葉」
優しく笑いかけると心底嬉しそうに目を輝かせる松葉。
もちろん、約束通り愛してやるよ。お前が私の駒で居続けるのなら、私はお前に愛を与えて続けてやる。
だからちゃんと使われて。がっかりなんてさせないでくれ。
◆ ◆ ◆
「お前、本当は分かってるんだろ」
湿布を張りながらふと口にする。堀内は俺の突然の問いに目を丸くした。
きっとこれは聞くべきことじゃないんだろうが、こいつの考えてることが気になるのだからしょうがない。
「えっと……何が?」
「お前の足を踏んだやつのことだよ」
そう言うと堀内はビクッと肩を震わせた。……やっぱりな。
大人数で激しい動きをしてたっていうのは間違いじゃない。遠くから見ても、足を踏まれてもおかしくない状況だったように思う。だがボールを扱う時は大体足元を見るはずだ。実際こいつもほとんど足元に視線を向けていた。
なのに自分の足を踏んだ人間が分からないなんてあり得ないだろう。犯人が松葉だということを分かっているはずなのに。
「何で庇ったんだ?」
あの場で松葉がすぐに名乗り出て謝らなかったことに疑問を持たなかったのか?松葉が責められることを危惧して黙ったのか?
どんな理由だろうとお人好しであることに変わりはないが。
「……きっとあいつのことだから、すごく悔やんでると思うんだ」
名前こそ言わないが、俺が松葉が犯人だと分かっていることに気付いたのだろう。ぽつりぽつりと話し始めた。
「わざとじゃないことは分かってるし……なにより、すごくつらそうな顔してたから」
「だから庇ったって?お人好しだな、お前」
「はは……否定はできないな」
わざとじゃない?そんなわけがないだろ。相手を転ばせた挙句思いっきり踏むなんて、たまたまでなるものじゃないぞ。
……まあ、普段の松葉を知ってる人間ならわざとやったなんて思うわけないか。
「きっと後で必死の形相で謝りに来ると思う。あいつはそういう奴なんだ。だから怒ってもないよ」
「……そうか」
……こう聞いていると、松葉を生徒会に誘ったのは正解だったような気がする。橘と同じで、例え誰かを傷付けたとしても「わざとじゃない」という認識をされるのだから。
「普段は良い人だから」「悪気があったわけじゃない」と庇ってもらえる。まったく羨ましいもんだ。
「(……それにしても……橘に愛してもらう為に本当に手を汚すなんてな)」
……無性に苛立ったのはきっと気のせいだろう。
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