第36話 自覚した気持ち
「ずっと好きだったの……!付き合ってください……!!」
そう言って頭を下げる女子に、思わず口角が引き
もしかして、女子の用事が告白だと察していたのだろうか。それならあいつの行動にも納得がいく。霧野は空気が読める男だから。
「(けど今回に限っては困る……!!)」
俺がこういう雰囲気苦手だって知ってるくせに。
「あ、あの……松葉くん?返事は……」
「へっ!?あ、ああ……そう、だな……」
そもそも彼女とは話したこともないはずだ。名前すら知らないし、顔もあまり覚えていない。確か一年の時に同じクラスだったような……くらいの認識だ。なのにどうして俺に告白を?俺を好きになるきっかけなんてなかっただろうに。
「あー……その……そもそも……何で俺を……?」
「何でって……覚えてない?去年、私がハンカチを落とした時……すぐに拾って渡してくれたでしょ?」
「そ、そう……だっけ……」
全く記憶にないが、どうやら俺はこの子の落とし物を渡したことがあるらしい。その優しさに惚れたんだとか。
「あれから何度か話しかけようかと思ったんだけど……松葉くん、女の子苦手なんでしょ?だから中々話しかけられなくて……」
その気遣いはありがたいけど……いや、それより……そんなことで、ほとんど喋ったことのない人間を好きになるものなのか?もっと、こう……気が合うとか、笑顔が良いとか、明確なきっかけがあって好きになるものじゃないのか?
“同級生ですし、同じ一期生として仲良くなりたいんです……ダメですか……?”
_________ふと、橘と出会った時のことを思い出した。
ビクビクして情けない俺に天使のような笑みを浮かべ、優しく聞き心地の良い声で接してくれた橘。俺が彼女を意識し始めたのはそんな単純なことからだった。なんだ、それじゃあこの子と変わらないじゃないか。
「(…………って、何で橘のこと思い出してんだ!?)」
今、橘は関係ないだろ!?何考えてんだ俺!!
「やっぱり……ダメ、かな……」
こんな俺を好きになってくれたことは正直嬉しい。きっとこの告白は受け取るべきなんだ。この子の想いを受け入れれば、塞ぎ込んでた今までの自分と決別できるはずだから。
_______でも。
「……悪い……」
どうしても頷く気にはなれなかった。頷いてしまったら後悔するような気がして。
「…………そっか……」
女子はぎゅっとスカートを握りながら俯いてしまった。彼女に掛ける言葉は見つからない。いや、言葉なんて掛けないほうがいいのかもな。余計なことを言って傷付けたくない。
「…………ねえ……もしかして……」
女子は顔を上げて重々しく口を開いた。その瞳には涙が浮かんでいる。
「松葉くん、好きな人がいるの……?」
「……え?」
「ち、違うならいいの!でも……少し気になって……」
女子の問いに思わず動揺する。
もしかして、好きなやつがいるから断ったと思われているんだろうか?別にそういう理由じゃねぇけど……。大体、好きなやつなんて______。
“誰にだって苦手なことはあります。私だって他にもいっぱい苦手なことあるし……だから落ち込まないで。ゆっくり克服していけばいいんですから”
……好きなやつ、なんて……。
“ふふ。これでもシャイなんですよ?私”
………………。
“松葉さん”
________ああ、そうか。何で今まで気付かなかったんだろう。何で確信を持てなかったんだろう。
俺は橘のことが……______。
「…………ああ。俺には好きな人がいる」
この恋は、この子のように叶わず散る恋なのかもしれない。後悔するかもしれない。
……それでも。
「俺は……その子以外を好きになることはないと思う。最初で最後の恋なんだ。だから……ごめん。付き合うことはできない」
俺は頭を下げて断った。勇気を出して告白してくれた彼女に応えるように、誠意を持って。
「…………うぅ……」
女子は顔を覆って泣き出し、そのまま走り去って行ってしまった。
置いて行かれた俺に残ったのは罪悪感。だけどどこかスッキリしている俺もいる。どうしてだろう……橘に対する気持ちに気付いたからか?
そんなことを考えていると。
「お疲れさん、松葉」
校舎の影から聞き慣れた声が聞こえた。振り返ると案の定、霧野がそこに立っていた。
「霧野……お前、さっきまでいなかったじゃねーか」
「隠れて見守ってたんだよ。お前一人じゃ心配だったからな」
「そう思うなら最初から隣に居てくれれば良かっただろ」
「いやいや、女の子が勇気を出して告白しているところに関係のない男が突っ立って見ているなんてあまりにも無粋だろう」
まあ、霧野の言うことは最もだと思う。もし告白する時に知らない女子が立ってたらかなり気まずいだろうし。
それにこいつは誰よりもそういったことを気にする奴だからな。
「……松葉、お前……罪悪感に溢れた顔をしてるな」
「どんな顔だよ!……いや、まあ……そりゃあ気にするだろ……。あんな風に泣かれたら……」
「はあ……そういうクソ真面目さがお前の良いところではあるが……少し気にし過ぎだ。あれは「あんなに女子が苦手そうだったのに好きな人がいるなんて!」という予想外のダメージに対する涙だろうからお前のせいではない」
「そ、そうか……?」
「とはいえショックはかなりデカいだろうな。お前も橘さんで考えてみろ」
霧野に言われた通り、橘で想像してみる。
……確かに、「男性が苦手なんです」と言っていた橘に告白して断られたとして、その理由が「好きな人がいるから」だったら……すげぇ悲しいし苦しいな……。断られることが分かっていたとしても、それとこれとは別というか。
「……っていうか何で橘で考えさせたんだよ!!」
「何でって……お前、橘さんのことが好きなんだろう?」
「はあ!?なっ、えっ、まっ……!!」
「落ち着け。言葉なってないぞ」
確信めいたその言葉に顔が一気に熱くなる。
俺は断る際、「好きな人がいる」としか言ってないはずだ。橘の名前は一切出していない。なのにどうして……!
「あのな……お前、自分で思っているよりずっと分かりやすいぞ」
そんな俺の疑問に答えるように霧野は呆れた顔をしながら言った。
「わ、分かりやすい……?そうなのか……?」
「自覚してなかったのか?多分俺以外も……それこそ今井や瀬戸内にも知られてるぞ」
「っ~~~~……!!」
恥ずかし過ぎて思わずうずくまる。
察しの良さそうな霧野や今井が知っているのはともかく、まさか他人に興味無さそうな瀬戸内でさえ知ってるなんて。
あの二人から橘に伝わってるんじゃないだろうな、なんて心配が頭をよぎった。
「まあ、そう落ち込むな。橘には伝わっていないと思うぞ。それにもし伝わっていたとしても……改めて告白すればいいだけの話だろう」
「いやっ、それは……!…………そう……かもな……」
それはお前だからできる、なんて言おうとして口を
このままじゃダメだ。俺にはできない、霧野だからできること、なんて思っていたらいつまで経っても今までの嫌いな俺のままだ。
本当に変わりたいのなら、言い訳してないで俺もやる姿勢を見せないと。そうしないときっと______いつまでも橘と向き合えない。
「……おっ、噂をしていれば。あっちに橘さんがいるじゃないか」
「橘が!?」
霧野が言い終えると同時に勢いよく振り返る。
向こう側の廊下には橘とクラスメイトらしき男が立っていて、何やら話していた。今井や瀬戸内じゃないということは……。
「……あの様子だと、告白じゃないか?」
橘さんはモテるしな、なんて霧野の言葉に心の中で同意する。
一年の頃から橘はモテていた。男子にはもちろん、女子にも慕われていたように思う。当然、橘に告白する奴もそこそこ出てきた。一か月に一回は告白現場を目撃していた気がする。
だけど橘はいつも……。
「えっと……ごめんなさい。あなたとはお付き合いできません」
今のような定型文で必ず断るのだ。
「ど、どうして!?付き合ってる人とかいないんでしょ……!?」
「確かにいませんが……でも……」
「もしかして好きな人がいるとか?」
どんな男でもいつも同じことを聞いている。「好きな人がいるのか」「好きな人がいないのなら付き合ってもいいだろう」と。
だけど彼女は毎回笑って「恋愛感情のない人と付き合うことはしたくないんです」と断って_________。
「ええ、そうです」
「…………え……?」
「好きな人がいるんです。だからごめんなさい」
_____橘は、初めて違う言葉で告白を断った。
「…………好きな人…………」
「あ、あの橘さんが!?……はっ!い、いやいや、そうじゃない!松葉、そう落ち込むな!橘さんの好きな人が松葉だということもあり得るぞ!」
「……お前、ポジティブにも程があるだろ……」
今の俺は霧野の言葉を受け入れて馬鹿みたいに喜べるメンタルは持っていなかった。……というより、そんな気休めの言葉を素直に信じられるほど俺は単純じゃない。
「(橘の好きな人……)」
もしかしたら相手に未練が無いように嘘を吐いたのかもしれない。だけどもしそれが本当なら……。
「(……いや、それでも関係ないだろ)」
変わりたいなら……告白するしかないだろうが。
「……霧野」
「ん?」
「俺、今度……橘に告白してみようと思う……」
「……松葉、お前……」
俺の決心を聞いた霧野は驚いたように目を丸くしたが、すぐに嬉しそうな笑顔になって背中を軽く叩いた。
「それでこそだ!俺は応援してるぞ、松葉」
「……ああ」
例え断られて粉砕する恋だとしても……何も伝えず卒業してしまうなんて後悔は絶対にしたくない。真剣な恋だからこそ、伝えないままは絶対に嫌だ。
最初で最後の恋を_____ちゃんと消化したい。
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