第37話 利用するための恋

「おい」

「はい?」

「何で笑って見てんだよ」


 御堂はめんどくさそうに舌打ちをしながら呟いた。目の前の女子はそれに気付かず、そわそわしている。それが面白くて笑うとまた舌打ちされた。そんなに舌打ちしてたら女子にバレるぞ。


「くそが……!」

「どんまい」

「テメッ……!!」

「あの、御堂くん……?」

「ああ、ごめんね。で、話って?」


 モジモジしながら視線を泳がせている女を見て、どうせ告白だろうなとため息を吐く。こういう雰囲気は嫌というほど味わっているからもう分かる。

 性格はクソだが、顔は良いし表向きはただの優男だからか御堂もかなりモテる。今井にしろ瀬戸にしろ、何で女子達は顔だけにつられて告白してくるんだろうか。私からすれば全員あり得ないんだが。こいつらと付き合うくらいならそこら辺の男子と付き合ってるほうが幸せになれるだろ。

 まあそれは男にも言えることだけどな。私の表向きの顔だけ見て告白してくるような馬鹿はうじゃうじゃいる。別に嬉しくもないし正直言って面倒の一言に尽きるが。ま、それくらいのオツムしてるほうが扱いやすくていいか。


「あ、あの……私、御堂くんのことが好きなの!!」

「えっ……僕が?」


 やっぱりな……つーかこいつ、分かってたくせに「僕が?」なんて白々しくとぼけやがって。大体、私の前で告白すんなよ。私に対する当てつけか知らねーけど二人きりになってやってくれ。気まずいんだよ。


「う、うん……!ずっと前から好きで……その……つ、付き合ってほしいの!」

「僕がかっこいいなんて……そんなことないよ。僕よりかっこいい人はたくさんいるし……」

「そ、そんなことない!御堂くんは誰よりもかっこいいよ……!!」


 少女漫画でよくある展開が目の前で繰り広げられていい加減吐きそうになる。もう今井でもいい、この地獄みたいな状況を打破してくれ。


「ごめんね、君とは付き合えない」


 そんなことを願っていると、御堂はあっさりと彼女の告白を断った。

まあそうだろうな。予想通りというか……。受け入れるビジョンが見えなかったし。

 だけど相手は納得していないようで。


「どっ、どうして!?彼女がいるの!?……もしかして……」


 女は私をチラッと見て、悔しそうに歯ぎしりをした。あー、巻き込まれそうな予感。


「………あー……実は、」

「黙れ」

「い”っ……!?」


 私の手を握ろうとする御堂の足を思いっきり踏んだ。


「テメッ……!何すんだよ!」

「お前、この場を逃げ切る為に私を彼女にしようとしただろ」

「チッ……何で分かったんだよ」

「ふざけんな。私を巻き込んだら殺す」


 私は誰とも付き合う気はない。生徒会の連中なんかもってのほかだ。大体、この私をダシにしようとするな。「大変そうだから助けてあげよう」なんて優しい女じゃないことくらい分かってるだろ。


「せ、生徒会長が彼女なら……勝ち目ないよね……」

「あっ、いや、そうじゃなくて。誰とも付き合う気ないから……本当にごめんね」

「本当……?」

「うん。君にはもっと良い人がいると思うよ」


 御堂が優しく笑いかけると、女の子は(渋々だが)納得したようで悲しそうに去っていった。振る舞いがまるで悲劇のヒロインみたいだ。ま、好きな男に見下されていることに気付かないまま想い続けてるのはある意味悲劇かもな。

 そんなことを思っていると、御堂はいつもの顔に戻り生徒会室に向かって歩き出した。


「はっ。顔だけしか見てねぇくせに、好きとか笑わせんなっての」

「確かにな……あいつらって何で顔が好きなだけで付き合うって発想になるんだろ」

「自慢したいだけじゃねぇの?それか自分勝手な欲求を満たしたいだけか。「自分はこんな美人、イケメンと付き合ってるんだぞ」ってな。そこに愛や恋なんてモンないだろ」

「……愛や恋、ね」


 私が愛しているのはただ一人……真琴だけだ。それ以外の人間を愛そうなんて思ったことはないし、真琴以外の人間から愛されたいと思ったこともない。その生活に不満や孤独を感じたことは一度もない。

 何より……今の私にそんな感情は必要ない。そんなもの、復讐の足枷になるだけだ。




 ◆    ◆    ◆




 あれから御堂と別れて裏庭へと移動した。本当は生徒会室に戻る予定だったが、喉が渇いた為仕方なく自動販売機を探しに来たのだ。


「ジュース、ジュース……。……ん?声が…………うわっ」


 なんか声が聞こえるな、と覗き込んだのが運の尽きだった。そこには今井と見知らぬ女がいて、なにやら甘ったるい雰囲気を醸し出している。私は再び告白現場を目撃してしまった。本当に運がない。

 するとあっちも私に気付いたのか、バッチリ目が合った。私を見つめるその瞳があまりにも暗くて、何を考えているのか全く分からない。……いや、いつものことだけど。

 今井は小さく笑うと私から視線を外して女に話しかけた。


「返事だけど……ありがと。そう言ってもらえて嬉しいよ」

「!ほ、本当ですか!?」


 ________ズキッ。


「(……ズキ?)」


 ふと、胸が痛んだ。……意味が分からない。何故痛んだんだろう。痛む理由なんて無いのに。今井が何をしようとどうでもいい、のに……。

 どうしてこんなにもモヤモヤするんだ?


「………チッ」


 よく分からない感情に苛立ちながら、その場を去ろうとした。

 ……その時だった。


「けど、ごめん」


 今井はさっきよりもはっきりとした声で女に告げた。


「俺が好きなのは橘だから」










「………………は?」


 一瞬、思考が停止した。

 今、なんて?私のことが好き?え、でもさっき女に「ありがとう」って……でも「ごめん」とも言ってたな……?は?わ、訳が分からない。どういうことだ……!?


「た、橘って……生徒会長ですよね……?」

「そう」

「は、お、ま…………え……?」

「ん?あ、何だ!橘、いたんだ?」

「(し、白々しい……!!)」


 さっき目が合ってただろうが!何すっとぼけてんだ!!

 そんな言葉は声にならず、今井はこちらへと歩いてくる。奴の思考が本気で分からなくて思わず一歩下がった。


「ちょうど良かった。聞いてたんでしょ?なら今、返事くれない?」

「いっ……今井……!なに企んでんだよお前……!?」

「企んでる?酷いなあ。俺は本気で橘のこと好きなんだけど」

「そんなわけねぇだろ!!ふざけてないでちゃんと説明しろ!」


 こいつが私のことを損得勘定無しに好きになるわけがない。こいつの告白には何か裏があるに違いない。

 今井は「酷いな~」なんて笑いながらも私に一歩近づいた。


「まあいいや。橘さ、最近毎日のように告白されるの鬱陶しがってたよね?」

「あ?ま、まあ……」

「俺も毎回毎回告白断るの面倒になってきてさ。適当に誰かと付き合って告白されない状況を作ろうとも思ったんだけど……本気で好きになられたら困るし、俺のこと好きにならない人いないかなって探してたんだよね」

「…………お前……」

「それに。俺、人に指図されるの嫌いなんだけど……カワイイ彼女の言うことなら聞いてあげたくなっちゃうかもな」


 …………つまり…………。


「今井と付き合って、好きなように利用しろと……?」

「そういうこと。ね?いい考えでしょ。お互いにとってメリットしかない」


 確かに私は今井のことを好きにならないし、ベッタリすることもない。私は私で今井を今までよりは好きにできるし、告白ラッシュに遭うこともなくなる。お互い良いことしかない、と言われればそうかも……?

 やっぱりコイツは、予想もしていないことをしてくる嫌な奴だ。いつもいつも私の上を行きやがって。ムカつく。

 …………でも、私情でそれを断るほど私は馬鹿じゃない。


「……分かった。癪だが、お前の提案に乗ってやるよ」

「!……流石」


 今井は楽しそうに笑みを浮かべながら女の元に行った。どうやら、私と付き合うことになったことを伝えているようだ。それを聞いた瞬間、女は顔を覆って泣いて去ってしまった。

 いるよな、振られたら本人の前で泣く女。同情を誘いたいのかね。ま、別に私に関係ないけど。


「じゃあ、これからよろしくね。美琴」

「…………キモ」

「恋人なんだから名前で呼び合わないと不自然でしょ?」

「……チッ」

「ほらほら、美琴も俺の名前呼んで?」

「死ね!」


 ……だけど確かに、公表するからにはちゃんとしなければ。ボロが出ないように……。


「…………良樹」

「………………」

「…………なんか言えよ!!!」


 恥ずかしさから今井の脇腹を殴る。今井は痛がりながらも笑いながら「意外といいね、これ」なんて喜ぶフリをしていた。

 ……相変わらず気持ち悪い奴だ。

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