第35話 興味と心配
ため息を吐きながら渋々ドアをノックして校長室に入る。中では校長が椅子に座って窓の外を眺めていた。
「お待たせしました。新しい生徒会役員の名簿になります」
紙を机に置いて、さっさと立ち去ろうとした。……が。
「まあ、待ちなさい」
校長はこちらを振り返ってニコリと笑った。
……すぐに帰るなということらしい。その笑顔に心の中で舌打ちした。いつもいつも、言葉にはせずその気持ち悪い笑顔だけで用件を伝えてくる。それがひどく鬱陶しい。
「せっかく来たのだからゆっくりしていきなさい。君は生徒会のメンバーの報告くらいでしかここに来ないし、これでも寂しがっているんだよ?」
「そうですか。それでは」
「橘くん……いや、篠崎くん。君はもう少し愛嬌を覚えたほうがいい」
「その名前で呼ばないでください。虫唾が走るので」
学校の職員……いわゆる教師達は全員、私が決めた。校長も、篠崎の名を使って適当なやつを採用するつもりだった。だけど琴巴の父親の友人……片桐
最初は断った。叔父の友人とはいえ、私の計画にない行動をしそうなやつを(形だけとはいえ)校長なんて一番上の役職に就かせたくない。
だけど片桐は馬鹿みたいに金を積んで、どうしてもと頼み込んできた。だから私の邪魔をしないという契約で仕方なく採用したのだ。
「(けど……やっぱりいけ好かない男だ)」
私は最初から、「校長の名を持っていればそれでいい」「余計なことはせず、ただそこにいればいい」と釘を刺していた。なのにこいつはちょくちょく私のやり方に口を出そうとしてくる。
……本当に面倒なやつだ。まあ、いざとなればクビにすればいいけれど。
「君は本当にお父さんのことが嫌いだな。まあでも、
「あんなやつどうだっていいです。それより帰っていいですか?あなたと違って暇ではないんで」
「愛嬌を覚えなさいと言っているだろう。全く……そんな調子で、生徒会長など務まるのか?」
「お言葉ですがこの一年きっちり仕事していますし生徒からの信頼も得ています」
「それは愛嬌ではなく猫被りと言うんだ」
それより、と片桐が思い出したように話を変えた。
「君がこの学校を創立した理由が知りたかったんだ。まあ、君の性格上素直に話さないだろうけれど」
「分かってるなら聞く必要ないでしょう」
「だけど聞くのはタダだろう?ああ、もちろん金を積んで聞けるのならいくらでも積むが」
「別に要らないです」
金なんて腐るほどある。他人にせがむほど困っていないし性根も腐っていない。だけど片桐はおそらく聞くまでここに留まらせる気なのだろう。
いつもなら絶対に話さないが、この後は真琴のお見舞いに行く予定だから時間を掛けたくない。
「チッ……めんどくせーな」
「はは、本音漏れてるぞ」
「……はあ。大体、知ってどうするんですか?どうせあなたは私が卒業するまで置物としてここにいるだけなんだから必要ないでしょう」
「そんな冷たいこと言わないでくれ。私はただ……君があれほど嫌っていた父親に貸しを作ってまでこの学校を造った理由に興味があるだけだ。投資者として気になるのは当然のことだろう?」
「別に頼んでいませんが」
「……橘くん」
片桐はその低い声で、私の名を呼んだ。
「投資者がどれだけありがたい存在か……君は分かっていないようだな。確かに、実質権力を持っているのは君。この学校じゃ、私はただの置物だ。しかし……この学校が正式に学校として動けるのは、校長という存在があるからだろう?私がいなければ君の目的は果たせなかった……違うかね?」
「…………なるほど。つまり、自分に感謝しろと仰りたいわけですね。では言わせていただきますが」
私は片桐のネクタイを力強く掴み、こちらに引き寄せた。そのまま額がくっつきそうになるくらい顔を近付ける。
「私はね、校長なんて誰でも良かったんですよ。文句も言わず置物でい続ける人間ならそれで良かった。だけどあなたが「どうしても」と金を積んで、頭を下げてまで頼んできたから仕方なく採用してあげたんです。あなたは自分がいないとダメだと思ってるみたいですが、それはあまりにも図々しいのでは?」
偉そうにゴチャゴチャ抜かしやがって。私が頭下げて頼んだわけでもないのに、勘違いも甚だしい。投資だってこいつが勝手にやったこと。私は一度も頼んでいないし
御堂と同じ。私が使ってやる立場なんだ。それ以上でもそれ以下でもない。
「あまり調子に乗らないでくださいね」
それだけ言って作り笑顔を浮かべ、ネクタイから手を離す。
流石にここまで言えばいつもの胡散臭い笑みも取れてるだろうな、なんて思ったけれど。
「……ふふ、君は本当に威勢が良いな。まあ、それくらいじゃなきゃやっていけないのかもしれないけど」
片桐は相変わらずだった。その様子に小さく舌打ちする。
「しかし君の言うことは一理ある。嫌な言い方をして悪かったね」
「…………いえ」
「だが勘違いしないでほしい。私が君の目的をあれこれ聞くのは、興味や冷やかしではなく……純粋に心配しているからだ。あまり危険なことに首を突っ込んでほしくない」
「父親でもなんでもないあなたに心配される覚えはないので結構です。それでは失礼します」
それ以上話を聞かずさっさと校長室を出る。
何が「純粋に心配しているから」だ。私がどうなろうとどうでもいいくせに。それらしいこと言ってつけ入ろうとしてんじゃねえ。
「……はあ。早く病院に行こう」
真琴に会えば、このイライラやモヤモヤも消えるはずだ。
◆ ◆ ◆
「結局目的は聞けなかったが……まあ、真琴くん絡みだろうな」
彼女がここまでするとなると、それしかないだろう。それよりも、だ。
「うーん……やはりあなたの子供は気が強いねぇ、雅之さん。あなたに似たのかな」
こちらの話を聞かずさっさと出て行った彼女の姿を思い出して笑う。
確かに同じ金持ちと言えど、片桐家は篠崎財閥には到底及ばない。立場的には彼女のほうが上だ。しかし子供と大人。しかも父親は自分に興味がなく、「片桐家の人間に酷いことをされた」と聞いてもきっと何の反応も示さない。あの人は自分に関係のないことにはとことん興味ないからなあ。だからこそ、俺を怒らせて何かされることを恐れるのが普通だ。
しかし彼女は俺を恐れるどころか威圧してみせた。「私に逆らうな」と目で訴えてきた。
「どうしてああなったのか……真琴くんは至って普通なのに」
だいぶ昔に幼い彼女と真琴くんに会ったことが何度かある。騒がしいだけでつまらないパーティーだったが、そんな中でも大人しく過ごしていた二人。あの雅之さんの子供ということで興味を抱いていたのもあったが、なにより子供らしくないその様子に目を奪われた。
「まこと、わたしからはなれたらだめだぞ。おとなたちはこわいからな」
「うん……」
「だいじょうぶ。なにがあってもまことだけはまもるから」
そう言って弟を抱きしめる彼女に、何だか歪なものを感じた。それと同時に、「ああ、雅之さんはよっぽど子供と接してないんだな」と思った。じゃなきゃ、あんなに幼い子供が父親から離れて大人達を警戒する素振りを見せるなんてあり得ないだろう。普段から「家族には興味ない」とは言っていたがまさかあそこまでとは。
「君達、お父さんの傍に居なくていいの?」
そう声をかけると、彼女は真琴くんを庇うように前に出て鋭く俺を睨み「だれだおまえ」と低い声で威嚇した。後ろにいる真琴くんは怯えた様子で見上げるだけ。ああ、やっぱり……。
「(この子、歪んでるな)」
彼女に感じた歪なものは間違いじゃなかった。
彼女にとって真琴くんは全てなのだ。父親も母親もどうでもよくて、家族と呼べるのは彼一人だけ。真琴くんは彼女の世界そのもの。真琴くんによって成り立っているのだ。
歪んでる、なんて言葉だけでは言い表せない。彼女の内なる狂気はどう言葉にすればいいのだろう。
「それに酷く興味が湧いたから投資した……って言ったらどんな顔したかな」
まあきっと、気持ち悪いものでも見るような目で見られたのだろう。容易に想像できる。
“私が君の目的をあれこれ聞くのは、興味や冷やかしではなく……純粋に心配しているからだ。あまり危険なことに首を突っ込んでほしくない”
「……我ながら嘘くさかったかな」
しかし全くの嘘というわけでもない。彼女を心配して校長に立候補した、というのも本当のことだ。そう、興味や好奇心が心配より勝っているというだけの話で。
「さて……これからどんなことをやってくれるのか……楽しみだな」
真琴くんの為なら、彼女はどこまで道を外すのだろうか。
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