第34話 私の天使と悪魔

「生徒会、入ってみたいなー」

「「えっ」」


 予想もしていなかった言葉に、つい声が漏れる。それは聡も同じのようで。


「き、急にどうした……?」

「え?いやあ、何となく入りたいなーって。面白そうじゃん?」

「朝陽……あなたね……」


 出た、朝陽の悪い癖。後先考えずに面白そうだからって行動しようとするところ。本当、この癖には長いこと悩まされてきたわ。だけど流石に高校生になったんだからちょっとは自重してもらわないと。


「あのね、生徒会は何となくで入る所じゃないのよ」


 それに、と補足をつける。


「生徒会に入るには条件があるのよ?噂では、誰も入れないような厳しい条件だっていうし……」


 ……そう。生徒会に入るのはそう簡単なことじゃない。厳しい条件をクリアした人間に限られている。なのにどうして私を勧誘したのかしら。その厳しい条件とやらをクリアした覚えはないんだけれど。

 もちろん生徒会長には興味があるし接してみたいとも思う。だけど……彼女の目的がはっきりしない以上、安易に受け入れるのも怖い。


「本当?その条件ってやつ、どうやって分かんの?」

「あー……確か、掲示板に書いてたぞ」

「マジ!?じゃあ見に行ってくる!」

「え?あ、ちょっと、朝……!…………行っちゃったわね」

「しょうがねぇ。俺らも見に行ってみるか」


 めんどくさそうに立ち上がる聡の後から教室を出た。




 ◆    ◆    ◆




 掲示板の前に着くと、朝陽がコソコソと物陰に隠れていた。あら、朝陽がこんなに大人しいなんて珍しいわね。槍でも降るのかしら。


「何してるの?朝陽」

「け、掲示板の前の奴……」


 見てみると、掲示板の前には見たことのある男がいた。その男は掲示板を見つめながら不機嫌そうに舌打ちをしている。はたから見れば完全に不良そのものだ。ああ、そういえば朝陽って中学でカツアゲされてから不良が苦手なんだっけ。


「こえーって!近付いたら殺される……!!」


 なるほどね……。そういうことなら私が行きましょうか。女相手なら少し態度も柔らかくなるかもしれないし。

 私は怯える朝陽の頭を撫でて、その男の元に向かった。


「あら、あなたも掲示板を見に来たの?」

「れっ、怜奈!?」

「あ?」

「確かあなたは……3組の村上龍彦くんよね?」

「ああ、まぁ。そういうお前は……4組の……高嶋だっけ?」

「そうよ。ところで、村上くんも生徒会に入りたいの?」

「……まあな」


 村上くんは呆れたようにため息をつき、再び掲示板を見つめた。


「生徒会に入って色々やりたかったんだがよ……この条件を見てたら腹が立ってな」

「へえ……どれ?」


『中学のテストで90点以上を取り続けていた者』、『通信簿で5、または4以下を取ったことがない者』、その他諸々……。

 …………なんていうか、まあ……。


「これは……酷いわね……」


 こんなの誰が入れるっていうのよ。


「だろ?どんな優等生でも入れねぇっての」

「でも確か……御堂くんは入ってたわよね?」

「御堂?……ああ、1組の御堂颯斗か」

「御堂くんに話を聞くのが一番かもしれないわね」

「ああ、そうだな……」


 村上くんはまた、めんどくさそうにため息を吐いた。




 ◆    ◆    ◆




 1組の教室に着き、四人で御堂くんを探す。


「あっ、いたわ」

「よし。おいお前」


 村上くんは近くにいた男子に声をかけ、御堂くんを呼び出すよう伝えた。しばらくすると、御堂くんはいつものあの笑みで私達の元へ来た。


「やあ。どうしたの?」

「単刀直入に言うぞ。お前、どうやって生徒会に入った?」

「どうって……」


 村上くんの問いに、御堂くんは不思議そうに首を傾げた。


「掲示板に書いてた条件……こなせる奴がいるわけねぇ。なのにお前は入学早々、生徒会に入ったらしいな?」

「それは、まぁ」

「何か別の、特別な条件でもあんのか?」


 村上くんの問い詰めに困ったように笑う御堂くん。「別にそんなのないよ」と言うけれど、どうも納得できない。

 確かに御堂くんは運動も勉強もできる優等生だから入れないことはないでしょうね。けれど……あんなに厳しい条件を付けている生徒会が、入学初日に新メンバーを入れるかしら?あの生徒会長さんなら……もっと慎重に行くはず。

 悩んでいると、「というか」と御堂くんは私達を見て不思議そうな顔をした。


「何でそんなことを?もしかして……生徒会に入りたいの?」

「そう!どーしても入りたいんだよ!」

「朝陽は面白半分だろ……」

「…………ねえ、御堂くん」

「ん?何だい?」


 昨日のことを思い出して口を開いた。同じ生徒会の人間である彼なら、生徒会長の考えが分かるかもしれない。念の為、朝陽達には聞こえないよう小さい声で聞くことにした。


「実は昨日、生徒会長さんから聞いたんだけど……あの人の本名が「篠崎」っていうのは本当なの?」


 そう言った瞬間、御堂くんの表情が険しくなった。


「篠崎……?」

「?御堂くん?」

「……おい。本当に生徒会長本人から聞いたんだな?」

「え、ええ。間違いなく……」

「どういうつもりだ……?あいつ……」


 御堂くんはしばらく考え込んで……面倒くさそうな顔をすると私の腕を掴んで走り出した。突然のことに何もできず、されるがままだ。


「えっ、ちょっ……!?」

「来い。確かめたいことがある」

「怜奈!!さ、聡!追いかけるぞ!!」

「おう。村上、お前はどうする?」

「……もういい。あの様子だと、なんか特別な条件があるんだろ。そこまでして入りてぇわけじゃねぇし」

「そうか。じゃあな」

「ああ」


 しばらく走り続けてようやく彼の足が止まる。御堂くんが向かった場所は……。


「…………生徒会室……?」


 ___________生徒会室だった。




 ◆    ◆    ◆




 突然乱暴に開けられたドアに、視線だけを移す。そこにいたのは御堂だった。ノックくらいしろよ。


「おい、あんた!!」

「生徒会長と呼べ。で、何」

「こいつ……」

「?……あ」


 御堂が連れていたのは、高嶋怜奈だった。彼女は現状を把握できていないのか混乱している様子。こいつ……何も説明しないで連れて来たな?男ならともかく女なんだからもうちょっと優しくしてやれよ。

 そんなことを思いながら小さくため息を吐く。


「あんた、こいつに本名バラしたんだろ。何でんなこと……」

「生徒会に勧誘したかったからだよ」

「……は?こいつを?」


 私は椅子から立ち上がり、高嶋怜奈に近付いた。


「お前、目的の為ならどれだけでも手を汚せるタイプの人間だろ」

「……どうしてそう思ったんですか」

「ああ、別に敬語は要らない。そいつもずっとタメ口だからな」

「素で敬語とか死んでもやらねー」

「お前な……。……まあいい。なんつーか……雰囲気だった。害のない人間を演じてるけど本当は他人を手のひらで転がすのが趣味だろ、お前。面白いことなら進んでやるし、それが過激であればあるほど楽しいと思ってる。違うか?」

「………………ふふ」


 高嶋は……ここに来て初めて笑った。その笑みは、さっきまで見ていたものと全く別物だ。……なるほど、これが本性か。


「どうして見ただけで分かるのかしら。不思議だわ」

「……それに、廊下ですれ違った時から私のこと気にしてるの気付いてたし。だから私もお前に目を付けてたんだよ。女で私に見惚れる奴は珍しいからな」

「あら。そんなことないと思うけど……」

「ま、お前が他人より綺麗なものが好きなだけだろ」

「綺麗なもの?そりゃあすごく好きだけど……。……!もしかして……」


 高嶋は何かに気付いたのかクスリと笑って、私の頬に手を添えた。


「恐ろしい人ね。自分を綺麗だと言い切るの?」

「美しくて見とれる存在……違うか?」

「大した自信ね。私がそう思ってるかも分からないのに」

「思ってる。だから今こうして目を合わせてるんだろ?」

「……本当恐ろしいわね。外見は綺麗なのに、中身が真っ黒。まるで悪魔ね」

「悪魔、ね……。……私は生徒会を使ってとある奴らに復讐する。その為にこうしてメンバーを集めてるんだが……どうする?生徒会に入るか?」

「そうねぇ。私も魅了された人間の内の一人だもの。貴方の為なら、手を汚せるわ。それに復讐だなんて楽しそうだし」

「……へぇ?」

「あら、信じられないかしら?朝陽と聡以外の人間にならどんなことでもできるけれど」


 高嶋はニコリと笑って離れた。

 ……ま、使えなかったら捨てればいいし反抗するなら分からせればいい。今は一旦信用しておくか。


「じゃあ……よろしくね、美琴ちゃん」

「ああ、こちらこそ。高嶋……いや、怜奈」


 そう言って手を差し出した時だった。






「ちょっ、ちょっと待って!!」

「あ?何だ?」


 ドアのほうに視線を移すと、そこには河口と祢屋が立っていた。

 ……他の奴いたのかよ!!いること知らずに本性全部見せちゃったじゃねーか!!そんな思いを込めて思いっきり御堂を睨みつける。だけど御堂は視線を逸らして知らんぷり。

 殺してやろうかな、こいつ。


「ああ、大丈夫よ。あの二人は他人に話したりするような子達じゃないから」

「本当かよ……」

「怜奈、生徒会入るの!?」

「ええ。もう決めたわ」

「……何だよ。何か心配してんの?」

「そうじゃなくて……俺も入る!」

「……………はい?」


 予想外過ぎる発言に思わず固まる。だけど河口は変わらない調子でもう一度「俺も入る!」と言い放った。


「……………はい?」

「だから俺も入るって!!」

「は?いやいやいや……話聞いてたか?」

「え?生徒会長が綺麗とか悪魔とかそういう話?」

「違う。こっちは復讐の為に動いてんだよ。お前みたいに使えなさそうな奴を入れるつもりはない」

「ええ!?俺めっちゃ使えるけど!?」

「……何を根拠に……?」

「美琴ちゃん、朝陽には根拠なんて概念ないのよ。諦めて」

「つーか、生徒会長の黒い部分見て逆に何で入りたいんだよ」


 御堂が不思議そうに聞くと、河口は「うーん」と考え込んでから口を開いた。


「理由は色々あるぜ?元々生徒会に入ってみたかったし、怜奈がそういうのに手を貸すなら心配で放っておけないし」

「心配で放っておけない、はこっちの台詞なんだけれど」

「でも、なにより_______復讐なんて超面白そうじゃん」


 あっさりと笑って言いのけた河口に______思わず息を呑んだ。人が傷付くのに、誰かを不幸にするのに、無邪気な顔でそれを面白そうと言える。そしてこの表情はきっと……紛れもなく本心だ。


「また出た、朝陽の悪い癖……」

「悪い癖?」

「……朝陽は「面白そう」と思ったら後先考えずすぐに行動する悪い癖があるの。まさかここでもそれが出るなんて……」

「…………おい、河口。こっちは本気で復讐をやろうとしてんだ。友達や赤の他人……いろんな人間を傷付けて不幸に陥れることになる。それでも心を痛めず、平気でやれるか?面白いっていう理由だけで人の人生を壊せるか?」


 私の問いに、河口は変わらない笑みで頷いた。


「もちろん!あ、流石に怜奈と聡を傷付けるのは嫌だけど~……それ以外の奴らなら全然いいよ。犯罪スレスレのことだって、楽しそうな内容なら全然やるし。復讐に使う駒は多いほうが良くない?ね?悪くないだろ?」

「…………お前、怖い奴だな」


 今井も瀬戸も御堂も私と違って、人を貶めることを楽しんでやる人間だ。同じ種類の人間。……なのにこいつは少し異様だ。同じように楽しんでやるにしても、あまりにも子供みたいだなと思う。表情は幼くて無邪気なのに、心の底にあるものは黒くてドロッとしてる。

 言ってしまえば、なのだろうな。


「……お前、よく前科なしで生きてこられたな」

「へへっ」

「「へへっ」じゃない。俺達がお前の暴走を止めてたからだぞ」

「聡の言う通りよ。あなた一人だったら今頃怪我人どころか死者出てるわよ」

「え、俺そんなに暴れてる?」

「……やっぱ入れんの止めようかな」

「だ、大丈夫よ!朝陽のことは私が見るし。なんなら御堂くんにも止めてもらえばいいし!」

「おいお前、自然に俺を巻き込むんじゃねぇよ」


 冗談だ、と怜奈の肩を叩いて椅子に座り直す。

 こんなにも使える人間はそういない。むしろ、私や今井達にも思いつかないような復讐の計画を練ってくれるかもしれない。万が一にも使えないことはないだろう。こんな良い人材を入れない理由なんてあるわけがない。


「それで?お前はどうするんだ?」

「……え、俺?」


 ドアの前で突っ立っている男、祢屋に声を掛ける。怜奈と河口が生徒会に入ったんだ、もしかしたらこいつも入りたがるかもしれない。そう思って。

 だが祢屋は悩むこともなくはっきりと答えた。


「いや、俺は入りません。そういうのに関わりたくないし……あ、生徒会のことや生徒会長の本性について他人に喋ったりしませんから」

「さっきも言ったけれど、聡は他人にベラベラ喋るような子じゃないから安心して」

「……分かった。今回は怜奈の言葉を信じることにする」


 まあ、私の本性を知っても動揺してなかったみたいだし大丈夫か。そこまで警戒するべき人間ではないだろう。

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