第33話 それぞれの恋愛事情

「ねえ」


 生徒会室のソファーに寝転がって、瀬戸に借りていたラノベを読んでいた時だった。突然、今井に眼鏡をかけられた。勿論目の前が回るように気持ち悪くなる。イラついて眼鏡を乱暴に外して今井に向かって投げつけた。人の読書時間邪魔すんな!


「急に何だよ!」

「橘は恋愛とかしないの?」

「はあ?するわけねーだろ。何言ってんだ」


 どうでもいい内容に舌打ちをして読書に戻る。ったく、くだらないことに時間使わせやがって。

 だけど今井は変わらず後ろから楽しそうに話しかけてくる。


「何で?生徒会内での恋愛はOKでしょ」

「お前らと付き合うとか絶対に嫌。無理」

「酷いな~。じゃあ例えばの話でいいよ。俺と瀬戸、付き合うとしたらどっちがいい?」

「……お前、恋バナ好きなのか?意外だな」

「別にそういうわけじゃないけど……ただ、橘の意見が聞きたいだけだよ」


 意味分かんねー……と呆れつつ考える間もなく「じゃあ瀬戸」と即答した。


「え、俺じゃないの?」

「逆に何でお前が選ばれると思ってんだよ」

「ちなみにどこがいいの?顔?性格?」

「……別に、瀬戸のどこが好きとかそういうので選んだわけじゃねーよ。消去法」

「……それはつまり、俺と付き合うのは絶対に嫌だから仕方なく瀬戸選んだってこと?」

「それ以外に何があんだよ」

「うわあ……俺と瀬戸可哀想~」

「ほざけ」


 実際、強がりでもツンデレでもなくただの事実だ。瀬戸と付き合うのはまだいいとして今井だけは絶対嫌だ。……別に顔は嫌いじゃない。整ってるなと思う。だけど性格が嫌だ。

 なんというか……瀬戸のやることは大体予想出来るけど、今井のやることは全く予想出来ない。出来たとしても、その予想の斜め上を来る。それが少し”怖い”と感じる時がある。

 そうだ……初対面の時も、私が誰かに圧倒されるなんて初めてで……正直、今井をぎゃふんと言わせられる自信は今のところ無い。そんな奴と恋愛するなんて絶対に嫌だし想像もしたくないね。


「生徒会のメンバーじゃなきゃ絶対に関わりたくないタイプだもん、お前」

「へえ。ま、しょうがないか。橘、俺のこと怖がってるもんねぇ」

「…………は?」

「何考えてるか分かんなくて接しづらいと思ってるんだよね?見てたら分かるよ。ふふ……俺、君のそういう意外と分かりやすいところ好きだよ」

「…………怖がってねーよ。勘違いすんなハゲ」

「そういう、図星つかれると語彙力なくなっちゃうところも好き♡」

「キモイ。死ね」


 これ以上今井と話してると調子狂わされる、と再び読書に戻ることにした。後ろで何度も呼んでくるけど無視無視。

 ……こいつは私をからかって楽しんでるだけだ。好きだなんて口説きも、私をからかう為の言葉でしかない。そんなもんに引っかかるわけねーだろ。絶対に勘違いなんかしないしドキッともしない。ざまーみろ。


「え~?俺は本気なんだけどな」

「だから考えてることいちいち読むんじゃねーよ!!」

「お前達、意外とお似合いだと思うぞ」

「うわっ、瀬戸!?いつからいたんだよお前!!」

「……今井が橘に眼鏡かけるところから?」

「最初からじゃねーか!話しかけろよ!!」




 ◆    ◆    ◆




「昌介くん、最近かっこよさ増してない?」

「え?何々?急にどしたの?俺は元からかっこいいっしょ」

「いや、そうなんだけどー……前よりもずっとかっこよくなってるっていうか……雰囲気がちょっと変わったっていうか……」

「……雰囲気ねぇ……」


 最近、絡んでる女子みんなに言われる気がする。「前よりかっこよくなった」とか「最近雰囲気変わったね」とか。俺自身、そんなに変わってない気がするんだけど。……でも、もしそれが本当だとしたら。


「(絶対、の影響だよな~……)」


 篠崎高校の生徒会長、橘美琴さん。文化祭であの人に出会ってから世界が変わった気がする。前より女子と遊ぼうって気にならないし、サッカーももっと頑張ろうって思えるし。あ、もしかしてこれが愛ってやつ?

 愛とか、俺に無縁なモンだと思ってたんだけどなぁ。けど、嫌な気はしない。むしろ心が躍るような気分だ。

 ああ、今すぐにでも会いたい……!あの人の為なら何でも出来るレベル!






「篠崎高校?ああ、偏差値結構高いが大丈夫か?」

「大丈夫っす!死んでも行くんで!!」

「?ま、まぁ頑張れよ」


 先生に見せてもらった資料をまじまじと見つめ、ついため息をついてしまう。偏差値86って……かなり高い。林道や樋口ならきっと楽なんだろうけど、俺からすればかなり高い壁だ。


「……でも、受かればあの人に会えるんだよな……」


 こんなにも必死に誰かに会いたいと思ったのは初めてかも。




 ◆    ◆    ◆




「昌介くん!」


 図書室で勉強している様子の昌介に後ろから声をかける。すると昌介は驚いたように小さく肩を跳ねさせた。私はそのまま後ろから昌介の顔を覗き込んだ。その際、彼の肩に手を添えるのを忘れずに。


「うおっ!?な、何だ……雫か。どうした?」

「昌介くんが図書室にいるから、どうしたのかなって」


 疲れた様子の彼に、いつもの笑顔を見せる。

 私がわざわざ様子を見に来て励ましに来たんだよ?ね、嬉しいでしょ?健気だなぁって感動するでしょ?そのまま癒されてもいいんだよ?そうなるのは普通。当たり前のことだもん。


「珍しいね。昌介くんが勉強だなんて」

「まぁな。篠崎高校にどうしても行きたくなったから」

「篠崎高校?」


 篠崎高校といえば、出来たばかりの新設高校で「文武両道」をモットーにしているところだっけ。それに……。


「結構偏差値高いよね。何で急に?」

「あー……まあ、なんつーか……会いたい人がいるから……」


 頬を赤らめながらそう告げる昌介に、思わず顔を顰めそうになる。慌てて笑顔を取り繕って「そうなんだー」なんて当たり障りのない返事をしたけれど、心の中は荒れまくっていた。


 何で照れてんの?照れるってことは女?私がどれだけ「勉強しなよ」って言っても適当に流してたくせに、嫌いで仕方ない勉強を頑張るほどその女が好きってこと?

 ……何それ。意味分かんない。私より好きな女ができたなんて許せない。お前は、お前らは、一生私だけを見てればいいんだよ。私だけを崇めていればいいの。私だけに依存してればいいの!

 ……本当は私を見ない男なんてすぐに捨てるんだけど……昌介はお気に入りだし、そう簡単に捨てたくはない。それに昌介の片想いならまだ勝機はある。もう一度、私だけを見るようにしてあげる。


「ちなみに、どんな人なの?」

「ど、どんな人!?えーと……美人で……勉強も運動もできる、完璧な人で……声も綺麗で……」

「へぇ!凄い人なんだね!」


 聞けば聞くほど完璧な女。本当気に入らない。私の楽園に入って来るなよ。


「でもさ……そんなに完璧で美人なら、もう既に彼氏とかいるんじゃないかな」

「え?」

「いないほうが不自然っていうか……だから、あんまり期待して行かないほうがいいかも」

「あー……まあ、それはそうか……。いないわけないよな……」


 そう。そうして諦めて。他の女なんか見る必要ないでしょ。お前は私の欲求を満たす為に存在していればいいんだから。その役目を勝手に投げないで。死ぬまで、私が飽きるまで、その役を演じ続けてよ。


「……でも、そんなに凄い人なら私も会ってみたいなぁ」

「なら雫も受ければいーじゃん。一緒に行こうぜ」

「そうだね。昌介くんが頑張ってるんだし、私も頑張って受けてみようかな」


 私の楽園は壊させない。私の幸せを壊そうとする奴は誰であろうと潰す。

 _________例え、その女がとんでもない悪魔だったとしても。

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