第27話 贖罪の覚悟

「あった……!」


 私の予想通り、ネックレスは机の上に置かれていた。ホッと胸を撫で下ろして手に持つ。

 いつもこれがあるから私は頑張れている。真琴が傍に居てくれているような気がして……凄く励まされるんだ。復讐の計画が進む度に苦しくなるけれど、これを握ると心が少し暖かくなって軽くなる気がする。まあ、気のせいなのだろうけど。


「はあ……後は文化祭が終わるまでここで過ごしておくか……」


 これからどこかに遊びに行くなんて気力は無いし面倒くさい。無駄に歩くより生徒会室で寝ているほうがずっと快適だし。

 そんなことを思いながらソファに寝転ぶと。


「あ、あの……すみません……」


 小さい女子の声と共に、控えめなノック音が聞こえた。

 わざわざ文化祭に生徒会室へやって来るなんて……一体何の用だ?


「はい、どうぞ」


 面倒に思いながらも座り直して返事する。すると見慣れない制服を着た女子が恐る恐る中に入ってきた。

 海のような綺麗な水色の髪にくりくりの桃色の瞳。全く見たことのない子。十中八九文化祭に遊びに来た中学生なのだろうが……この制服、どこのだ?少なくとも私の知らない学校だろう。

 余計に彼女が生徒会室にやって来た意味が分からない。どういうつもりだ?


「こんにちは。どうされました?」

「あ、え……っと……その……」

「……私に何か用が?」

「う……その……話が……あって……」

「なるほど。でしたらそちらのソファにどうぞ。時間はまだありますし、ゆっくりお話ししてください」


 にっこりと笑って向かいのソファにうながす。女子は気まずそうにもじもじしながら、そっとソファに座った。


「ああ、そういえばお名前を聞いていませんでしたね。私は橘美琴です」

「あ、え、えっと、七瀬 唯ななせ ゆいですっ……!」

「ふふ、そう緊張なさらずに。どんな内容でもちゃんとお聞きしますから」

「え、えっと……それじゃあ、早速で申し訳ないんですけど……」


 ぎゅっと拳を握った七瀬は顔を上げて私の目を真っ直ぐ見つめた。


「あ、あなたは________篠崎美琴さんですよね……?」


 ________一瞬、呼吸が止まった。

 だけどすぐに笑顔を取り繕ってとぼけるように首を傾げた。


「いえ、私は橘美琴です。誰かとお間違えになっているのでは?」

「……真琴くんのお姉さんですよね……?」


 さっきとは打って変わって冷静に問う七瀬。

 ……この様子からして、おそらく……いや、きっとこいつは確信を持って聞いている。私が篠崎美琴だと……真琴の姉だということを分かっていて聞いているのだ。くそ、「最悪」以外の言葉が出てこない。

 ただ……どうして知っているのか、その理由が重要だ。林道達の友達か?私が知らなかっただけでいじめに加担していたのか?もしそうなら______。


「……私がその「真琴くん」の姉だとして、あなたに何の関係が?」

「…………劇、見ました……あんなに詳細に内容を知ってるってことは……真琴くんがいじめられていたことを知っているんですよね……!?」

「…………一つ、聞きたいことがあります」


 私は立ち上がり、七瀬にグッと近寄って目を見開いた。


「______お前は真琴のいじめに加担していたのか?」


 答え次第ではここで半殺しにしてやる。

 そんな殺意と怒りが伝わったのか、七瀬の瞳が緊張から恐怖に変わり口をつぐんでしまった。握りしめた拳が情けなく震えている。私はただ黙って彼女を見下ろし続ける。

 だがしばらくすると七瀬は息を呑んで……恐る恐る口を開いた。


「っ、私は…………真琴くんがいじめられていたことは知ってます。でもいじめには加担していません」

「それを信じろと?」

「信じられないのも無理はないと思います。……彼へのいじめに気付けず助けられなかったことを「加担と同じ」だと言うなら、私も加害者ですから」

「…………そうだな」


 ……こいつの言っていることが本当なら、私が彼女を責めることはできない。真琴へのいじめに気付けなかったのも、助けられなかったのも、全く同じだから。

 私はため息を吐いてソファに座った。


「……それで?用ってのは何だ?」


 とりあえず林道の仲間では無さそうだと判断した私は七瀬の話を聞くことにした。林道と協力してるならこんな直球で来なさそうだしな。


「その……お願いがあって」

「お願い?」

「学校の劇であの内容をやったっていうことは……その……林道くん達に復讐する気でいるってことですよね……?」

「……だったら?」

「もしそうなら、お願いします!!私にも……そのお手伝いをさせてください!!」


 七瀬は震える手を握りながら勢いよく頭を下げた。予想外の言葉に思わず目を丸くしてしまう。

 手伝う?復讐を?……ってことは林道とは対立してんのか?いや、そもそも真琴とはどういう関係なんだ?真琴から女の子の話なんて聞いたことないぞ。こいつを信頼していいのか?


「……まず、お前のことから話せ。了承するかどうかはそれからだ」

「……!!わ、分かりました……!」


 七瀬は何度か深呼吸してから、ゆっくり話し始めた。


「私は古野江中学校に通ってる、真琴くんの友達です。サッカー部のマネージャーではないんですけど、彼を応援したくて常に部活を見に行っていました。だから林道くん達のことも知ってました。サッカー部に入ってすぐの頃はすごく楽しそうで……毎日部活の時間になると走って部室に向かってたくらいです。部活仲間とも仲良くやってたみたいで、特に林道くんとは毎日一緒に行動してました。

 ……だけど……半年経った頃、真琴くんは毎日暗い顔をするようになりました。部活に行く足取りも重くて……でも、何かあったのか聞いても彼は「大丈夫」「何でもない」って笑うだけだった。今思うと、私に心配をかけたくなくて無理をしていたんだと思います……」


 なんというか……真琴らしいな。私が大丈夫か聞いた時も同じように「大丈夫」と笑うだけだった。


「そしてしばらくして、真琴くんは……。……屋上から……飛び降りました……」

「…………」

「家に帰ろうと教室を出たところで……外が騒がしいことに気付いて……どうしたんだろうって、思ったら……真琴くんが飛び降りたことを……近くにいた子から聞かされてっ……」


 段々泣きそうな声になっていく七瀬。私は言及せず、ただ黙って話を聞いた。


「しばらくしたら……警察の人が来て……アリバイとか……いじめがないか聞いてきて……。その時、サッカー部のことを思い出しました……。もし真琴くんがクラスでいじめられていたら、ずっと一緒にいた私が気付かないはずがない……。なら、いじめられていたとしたら私が一緒にいられないサッカー部しかないって……。だから私、言ったんです……!きっと真琴くんはサッカー部の部員にいじめられてたんだって……!

 ……でも……警察は……「サッカー部や他の生徒にも聞き込みをしたけどいじめの話は一切出なかった」って……。じゃあ……じゃあ真琴くんは自殺したっていうの!?そんなわけない……!!真琴くんは自分で命を投げ出すような人じゃない……!」


 そう、そうだ。真琴はつらいからって自分の命を捨てるような真似は絶対にしない。あの子が自殺なんてあり得るはずないんだ。……なんて、私がそう信じたいだけだけど。


「だから私……林道くんに話を聞きに行ったんです」

「……!!林道に……!?」

「はい。真琴くんと一番仲良くしてた林道くんなら何か知ってるかもしれないって……そう思って。だけど彼は「さあ」って……とぼけるばかりで、何も話してくれませんでした……。

 でもある日、聞いてしまったんです……。サッカー部の子達が真琴くんについてあれこれ言っているところを……。「俺達は当然のことをした」とか「あいつが悪いんだから」とか「あれはいじめなんかじゃない」とか……好き勝手……!」

「…………」

「……サッカー部がいじめをしていたことを知って、私はまた林道くんに問い詰めに行きました。林道くんもいじめに加担してたんだって思って……!そうしたら……」




 ■      ■      ■




「林道くん!どういうこと!?みんなと一緒になって真琴くんのこといじめてたの!?」


 必死に詰め寄るけれど、林道くんは何も答えず面倒くさそうに視線だけこちらに寄こした。それがまた腹立って。


「どうして……!真琴くんはみんなのこと友達だと思ってたのに!林道くんのことだって……!一緒に居てすごく楽しいんだって笑ってたのに……!!」


 どうしてそんな彼を、自殺に追い込むまでいじめる必要があったの。


「お願い……!今からでも良いからちゃんと証言して!真琴くんはいじめられてたって……自殺なんかじゃないって証明してよ……!!」


 林道くんの腕を掴んで説得を試みる。真琴くんとあんなに一緒にいたのだから、少しは情が残っていることを信じて。

 だけど彼は大きくため息を吐いた後、私の制服のリボンをグッと引っ張って顔を近づけた。それは一瞬のことで、抵抗する間も無かった。

 私を見つめる彼の瞳は……闇みたいに真っ暗で底が見えなかった。何を考えてるのか全く分からず、私はただ困惑して震えることしかできない。


「しつこいな。……真琴のことが好きだからそうやって必死になってるんだろうが、はっきり言って迷惑なんだ。君のやっていることは」

「…………え……?」

「君には関係ないことだ。いちいち教えてやる義理はない。……まあ、一つだけ言えることがあるとすれば……真琴がいじめられたのは。それだけだ」

「……運が……悪かった……?何を言ってるの……?」

「真琴は誰にでも優しかった。誰であろうと平等に愛する性格だった。そのせいで怒りを買ってしまった。簡単な話だろう」

「何の……ことなの……?怒りって何?真琴くんが何をしたの!?」

「君に関係のないことだって言っただろう。君はお呼びじゃないんだよ。出しゃばるな、部外者が」


 林道くんはそう吐き捨てると、いつもの笑みを浮かべて去って行ってしまった。




 ■      ■      ■




「部外者……?」

「真琴くんの身内でもなければサッカー部の人間でもない。だから部外者ってことなのかもしれませんが……本当に、あの時の林道くんは怖かった……。いつも完璧で、優しくて、柔らかく笑ってて……でも、あの時の林道くんは……全然笑ってなかった……。それに……あんなに真琴くんと仲良くしてた彼が一緒になっていじめてたなんて……信じられなくて……!」


 真琴は怒りを買ったからいじめられた?ということは、林道は真琴が憎くてやったのか?じゃあどうして私に真琴のことを聞かれた時、「覚えてない」なんて嘘を言ったんだ?あの嘘には何の意味があったんだ?

 それとも……林道じゃなく、別の人間の怒りを買ったとか?だけど全員を駒だと思ってる林道がいじめに手を貸すとは思えない。一体どういうことなんだ……?


「けど……私、決めたんです……」


 七瀬はバッと顔を上げてはっきりと告げた。


「絶対に真琴くんの仇をとるって……!何があっても、林道くん達にいじめの件を認めさせて謝らせて後悔させてやるって……!!」

「…………良い意気込みだが、真琴は死んでないぞ?」

「しっ、知ってますよ!?その、仇っていうのはそういう意味じゃなくて……!」


 ……話していて分かった。七瀬は本当に真琴のことが大切で好きなんだ。ずっと私と同じ気持ちで過ごしていたんだ。______真琴にはこんなにも良い友達がいたんだな。


「……七瀬」

「はっ、はい!」

「要するに……林道に復讐したいってことでいいか?」

「……はい」

「お前が本気で復讐したいって言うなら、さっきの申し出を受け入れる」


 協力者ができるのはこちらとしてもありがたい話だ。だけど……復讐には犠牲が付き物だ。それこそ、無関係な人間はもちろん自分の友達さえも傷付ける可能性がある。それを受け入れられるかどうか。罪悪感に潰されたり苦しくなったりしないか。それが重要なんだ。


「お前は……傷付く覚悟も、傷付ける覚悟もあるか?」


 私はいじめっ子達を殺す覚悟でやってる。その覚悟を、純粋無垢な少女が背負えるか?


「……そんなの、今更じゃないですか」


 七瀬は下を向いて……目を見開いて拳をぎゅうっと握りしめた。


「私はずっと_____林道くん達を殺したくてたまらないんですから」


 _____ゾクリと、背筋が凍るような感覚が走った。

 殺意と怒りが込められたその瞳に思わず一瞬恐怖を感じた。……誰だよ、純粋無垢な少女だなんて言ったのは。こいつはとっくに私と同じ復讐の鬼になってる。林道達に確かな殺意を抱いている。

 ……お前も、もう戻れないところまで来てるんだな。


「……可哀想な奴。お前みたいな純粋な奴なら、私と違って普通の人生を送れただろうに」


 が生きる意味になってしまったら……元の生活には戻れない。平穏な日常だとか、幸せな未来だとか。そんなものどうでもよくなる。


「良いんです。私は……真琴くんを救えなかった。真琴くんが苦しんでいたことに気付けなかった。彼の何の根拠もない「大丈夫」なんて言葉を信じて……何もできなかった。私はその罰を受けるべきなんです。私の人生は、真琴くんへの贖罪しょくざいに捧げる覚悟ですから」

「…………そうか」


 こいつ、相当覚悟が決まってるんだな……。


「なら来年、推薦してやるからここに来い。そして生徒会に入れ。そうしたら復讐を手伝ってもらう」

「!!あ……ありがとうございます!」


 ……罰、ね。そんなもの、受けるのは私一人でいい。真琴のことを思って泣いてくれる子が受ける必要なんてないんだから。そうやって覚悟を決めてくれただけで充分だ。

 だが……林道達は何が何でも受けてもらう。それこそ_____私の命を使うことになったとしてもな。

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