第28話 面倒な協力者

「はぁ~……快適だわ……」


 暖房の入った生徒会室でソファーに寝転ぶ。すると「こういう時生徒会で良かったって思うんだよな」なんてくつろぎながら呟く瀬戸。本当にこいつは……いやまあ、私も同じようなこと思ってるけど。


「あっという間の一年だったね~」

「ああ。この前文化祭かと思ったら、もう一年も終わりだもんな」

「……だな」


 私のとって文化祭は一大イベントだった。サッカー部の連中にも初めて会ったし、ああいう精神的に追い詰めるやり方も、余裕なフリして本当は成功するかどうか不安だったしな。だからあっという間に感じるのだろうか。

 ちなみに二人に七瀬のことはまだ話していない。あいつが入学するのどうせ来年だし、その時が来たらでいいだろ。


「橘、来年の新入生代表選んだ?」

「あ?うん、まぁ……こいつかな」


 たくさんある資料の中から一枚を取り出して見せる。すると今井は嬉しそうに頷いていた。


「流石だね~。そいつが一番成績良かったの?」

「運動も勉強も出来るみたいだし、まともっぽいからな」

「……こいつ……なんか文化祭の時に見たような……?」


 瀬戸の疑問に「さあな」なんて適当に返す。

 だけど実際、私も既視感のようなものを感じている。文化祭の時に話したような話してないような……?


「ああ、御堂みどうか」

「……御堂?」

「前に話した、中学の頃の後輩。多分文化祭にも来てたんじゃないかな?」

「こいつが……」

「そいつが生徒会に入れば、もっともっと楽しい復讐ができるよ」


 怪しげに笑う今井。

 ……今井の後輩?ふーん、こいつがねぇ……。どう見ても復讐とか無縁そうな顔してるぞ……本当に使えんのか?まあ、今井が言うなら間違いはないんだろうけど……。


「……なぁ、ふと思ったんだが……」


 と、瀬戸が首をかしげた。


「生徒会って……恋愛禁止とかあるのか?」

「はぁ?アイドルじゃあるまいし、んなのあるわけないだろ」

「けど、生徒会の誰かが恋愛に夢中になって復讐ほっぽったらどうするんだ?」

「ま、無いとは言えないよね」

「あー……考えたことなかったな」


 私は当然のこと恋愛なんてするつもりないしそんな気、微塵も起きない。だけど今井や瀬戸は違うかもしれない。なんならこれから生徒会に入る奴は恋愛するかもしれない。恋は盲目と言うし、「復讐より恋愛!」なんて言い出されたら困る。

 だけど恋愛禁止とかアイドルみたいなこと言うのもな……。不満も出るだろうしあまり言いたくないというのが本音だ。

 どうしようか迷っている私を見て、「ならさ」と今井は手を叩いた。


「生徒会内では恋愛OK……とかどう?」

「は?生徒会内?」

「生徒会内だったらそこまで浮かれることないだろうし、お互い本性知ってるんだから楽じゃない?それに何より、生徒会メンバーと付き合ってることが広まったら女子からの告白も無くなるはずだし」

「お前、後半のが本音だろ」

「やだなあ、どっちも本音だよ。後半のほうが重要ってだけで」

「まあ……悪くはないな」


 瀬戸は考える素振りをしながら頷いているが、私は正直納得していなかった。だって、今井の提案を呑むということは……。


「要するに、今井か瀬戸と付き合えと?冗談はその性格だけにしろよ」

「酷い言い草だなあ。傷付いちゃった」

「清々しいほどの棒読みだな、おい」

「おい」

「あ?何」


 瀬戸は少し言いずらそうに視線を泳がせてから口を開いた。


「……悪いが、お前と付き合うのは……ちょっと……」

「別に付き合えとは言ってねぇだろうが!!つーか言いずらそうにすんな!ガチみたいになるだろ!!」

「あはは。残念だったね、橘」

「お前……振られたみたいに言うのやめろぶん殴るぞ」


 ……恋愛なんてくだらない。そんなもの、復讐には全く必要ない。相手を惚れさせて動かすことはあっても、自分がそれにハマったりすることはあり得ないな。大体、それが何の役に立つって言うんだ。




 ◆    ◆    ◆




 修了式も終わり、ついに春休みに入る。


「は~……やっと終わった……」


 修了式のスピーチは長く、いつまでも笑顔でいなければならない。そのせいかいつもの倍疲れた。しかもクラスの奴らが春休み空いてるか聞いてくるし……本当面倒だ。

 でもこれも、復讐を円滑に進める為。なにより真琴の為。そう思うと少しは楽かも。


「ただいま」


 ドアを開けると玄関には見たことのある靴が雑に置かれていた。一瞬驚いたが見たことのあるデザインだった為何となく察する。この靴……まさか。

 更に面倒な予感がして思わずため息を吐いてしまう。重い足取りでリビングに向かうと。


「おう、遅いじゃねぇか」


 ソファーに寝転びながらゲームをする明るい茶髪が視界に入った。…………やっぱりこいつか。

 もう一度大きくため息を吐いて呆れながら頭にチョップをかますと、奴は頭を押さえながら私を軽く睨んだ。


「何すんだよ!」

「今すぐ出ていけ。それか一切喋らずに過ごせ」

「はあ?ひっでぇなぁ。それが弟に対する態度かよ」

「お前みたいなカスを弟にした覚えはない。私の弟は生涯、真琴だけだ」


 鞄を置いてそう淡々と告げる。いかにも不満そうな顔をしながらもゲームを続けようとする姿にまたため息が出た。


 この男は神崎 琴巴かんざき ことは。私と真琴の従姉弟いとこだ。私達の母の姉の子供で、小さい頃に二回会っただけの関わりだった。

 だけどこいつはいわゆる不良で、両親と喧嘩するのが日常の為「家に居られないから泊めてくれ」と図々しく真琴に頼んできたのが再会のきっかけだった。私は断固拒否したかったが、真琴が「心配だから」と了承してしまったので関わりを持ってしまったのだ。合鍵まで渡してしまったし。


 はっきり言って私はこいつのことがあまり好きではない。その性格やだらしなさはもちろんだが、なにより一番気に食わないのはその顔。琴巴は最悪なことに真琴と顔がそっくりだった。目の色はもちろん、髪質や横顔など細かいところも本当に似ている。認めたくないが、真琴の目つきを悪くしたら琴巴になるというくらいそっくりなのだ。

 だから気に食わないんだよ。真琴とそっくりの顔であれこれやらかすなんて最悪過ぎる。


「その真琴は入院生活だけどなぁ」

「黙れ。殺すぞ」

「うへぇ、相変わらず短気ぃ。可愛い従姉弟のことも可愛がってくれよ」

「言っておくが……お前みたいなクズ、本当は関わりたくないんだよ。真琴の温情でこうして好き勝手できてることに感謝しろ」

「へいへい。分かってますよ」


 本当に分かってんのかお前、と言いたくなる態度に舌打ちしたくなる。

 ……真琴じゃなくてこいつがいじめられて入院すればよかったのに、なんて思ってしまう私は性格が悪いんだろうか。


「それで?また叔母さんたちと喧嘩したのか」

「いや、今日は普通に遊びに来た」

「余計に邪魔。帰れ」

「すぐ帰そうとすんなよ。お前に聞きたいことがあったからだっての」

「聞きたいこと?」

「そうそう」


 琴巴はコントローラーを投げ捨てると、寝転びながら私の目をじっと見つめた。


「聞いたぜ?お前、父親に頼んで学校造ったんだってな」

「……叔父さんからの情報か」

「大嫌いな父親に頼んでまで、何でわざわざ学校造ったんだよ。真琴が入院したことと関係あんのか?」

「お前には関係ない」

「俺は例のいじめの件のことを良く知ってる。林道の目的が分かるかもしれないぜ?」


 こいつに事情を話す必要はない、と話を切り上げようとしたところで琴巴が爆弾を落とした。その言葉に思わず動きを止める。

 そういえば琴巴は真琴や林道と同じ古野江中学校に通ってたな……。真琴にダル絡みしていたことも知ってる。だけど林道とか関わりがあったかどうかは知らないし聞いたこともない。


「……つーかお前……真琴がいじめられてたこと知ってたのか……?」

「そんな怖い顔すんなって!違う違う!真琴が入院してから知ったんだよ!確かになんか元気無さそうだったけど、聞いてもなんも言わねーから深入りしなかったっていうか……」

「……はあ……」


 七瀬と違い、こいつの場合素直に相談していたとしても「俺には関係ねーし」の一言で何もしなかっただろうな。


「で?何で林道が主犯だって知ってるんだ?七瀬から聞いたのか?」

「あ?七瀬?……ああ、真琴の女か。サッカー部がいじめてたってことはあいつから聞いた。ただ、主犯が林道だって思ったのは……普通に勘」

「勘?」

「ぶっちゃけ池ヶ谷達の性格的に誰かをいじめるの全然やりそうだけど、あいつらってわざわざ自分が中心になってやるような度胸とかねーの。それに、真琴が篠崎財閥の人間だってことはみんな知ってたしな。金持ちで注目されてる奴をいじめようなんて考えて実行する奴、あの中じゃ林道くらいしかいねーし」


 ああ……そういえば舐められてイキった奴に絡まれないよう、真琴には素性を明かしておくよう言ってたっけ。だからいじめとかカツアゲとかそういったことに巻き込まれないだろうと安心してたんだけどな。

 ……私も甘かった。だけどまさか林道みたいな人間がいるとは思わないじゃないか。


「でもお前、「いじめの件をよく知ってる」っていうのはハッタリだろ。いじめのことだって七瀬から聞いて知ったくせに」

「いやいや。いじめの件を知ってから、俺はあいつらをよ~く観察したんだよ。ダチを使って情報集めたりしたし。意外と色々知ってんだぜ?」

「信用できないな。大体何でそんなことを?」

「そんなもん、あいつらの……特に林道の弱みを握る為に決まってんだろ」


 琴巴の言葉を聞いてため息を吐く。まあ、何となく予想はついていた。

 どうせ林道を脅して金を巻き上げるつもりだったんだろう。あの林道相手によくそんなことをしようと思い付くもんだ。


「どうせお前のことだ、真琴をいじめたあいつらに復讐しようと考えてんだろ?学校もその為に造った。違うか?」

「……そうだとして、だから何だ?」

「俺もその復讐に乗ってやるって言ってんだよ。お前にとって損はねーだろ?」

「だからお前みたいなクズ、信用できないって言ってるだろ。損はないが得もない」

「じゃあ今、復讐に使えそうな情報を一つ教えてやるよ。あいつらの関係性とかどうだ?」

「……関係性?」


 私が反応したことに対し、少し機嫌が良くなる琴巴。

 よっ、と身体を起き上がらせて話し始めた。


「主犯が林道だってことはお前も知ってるだろ?けど、他の奴らの関係性までは知らないはずだ」

「……まあ」

「全員の関係性を知ってりゃ、復讐の選択肢も増えると思わねえ?」

「…………癪だが、お前の言う通りだな」


 書類上だけじゃ分からないこともある。それは須藤の時に学んだことだ。


「分かった。じゃあ話せ。情報次第ではお前の案に乗ってやらないこともない」

「ちょー上から目線だな……。まあいいけど」

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