第26話 恋に落ちて

 体育館がどんどん暗くなっていき胸の鼓動が速くなる。その感覚は、映画館に行った時のような……あのワクワク感を思い出させる程そっくりだった。


「何かこういうのってワクワクするよな。なあ、リン」


 隣で足を組んで舞台を見つめているリンに声をかけるが「ああ」という素っ気ない返事しか返ってこなかった。

 相変わらず静かでテンションの低い奴だ。そういやグループのみんなで映画を見に行った時も全然表情変わんなかったな。なんなら今よりつまらなそうな顔をしていた気さえする。こいつがテンションを上げる時なんてあるんだろうか。


 なんて今更考えていると、舞台の幕がゆっくりと上がり始めた。

 そこに立っていたのは______ごく普通の男。所謂、俺とは縁のない「モブ」というやつ。その男子がやっている役は「真琴」という、サッカーが大好きな中学一年生。

 どうやら劇の内容は、真琴がサッカー部のレギュラーになって頑張っていたものの何故か他のレギュラー達に虐められてしまうというもの。

 ……文化祭でやる劇にしては随分暗い内容だな。こういうのって普通、有名な童話とか昔話とかじゃね?何でそこら辺にいるような男が虐められるなんて変な内容にしたんだろ。


「みんな、何やってんの?」


 劇の途中で、とある男子が出てきた瞬間。体育館内が一瞬黄色い歓声で響き渡った。たまたま隣に座っていた女子まで騒いでいる。

 出てきたのはいじめっ子の内の一人であるチャラ男。その役をやっているのが霧野大輝という男。まあ確かに顔は整っているし声もそこそこ良い。

 ……気に食わねぇ。今は劇だからいいけど、これが普段だったら速攻シメてる。先輩だろうが何だろうが関係ない。俺より目立ったりモテたりする男は全員蹴散らしてやる。


 ……まあいいや。それよりも、なんだか違和感を感じる。こいつのやってる役……喋り方といい、性格といい、ムードメーカーという役割といい、俺に似てないか?正直、自意識過剰だと言われてしまえばそれまでだが……それじゃ片付けられないほど似ているように感じる。だって、言ってしまえばこの劇の内容だってほとんど現実の話だ。

 俺達は「真琴」という男をいじめていた。そして自殺にまで追い込んだ。だけどあれは学校が揉み消したはず。リンの親の力もあって大事にはならなかったはずなんだ。誰も俺達のいじめのことは知らない。知っているとしたらサッカー部の人間だけ。なのにどうしてこんなにも俺達がやったことを再現できてるんだよ……!?


「り、リン……!」


 頭の良いリンならきっと気付いているはず。そう思って隣に座っている彼に視線を向け小さく声を掛けた。リンはいつも通りの真顔_______ではなく、何故か薄っすらと笑みを浮かべていた。


「……り、リン……?」

「……どうした?昌介」

「え、い、いや……こ、この劇の内容ってさ……俺達サッカー部の……」

「まさか。あの件は学校と俺の親が揉み消したし、見ていたサッカー部以外の人間は知りえない。ましてやうちの学校とは全く接点のない新設校の生徒や教師が知っているわけがないだろう」


 リンの言葉に納得しかけて……だけどすぐに考え直す。

 俺の勘違い?気のせい?そんなわけがない。いじめの内容や登場人物が全部一致してるなんてどう考えてもおかしいだろ。名前は……篠崎真琴以外の登場人物は変えてるけど……それでも性格や喋り方は全部同じだ。

 これを勘違いで済ますなんて無理がある。そんなこと、リンなら当然分かるはずなのに。


「で、でもここまで一緒だとおかしいって!気のせいとかで済ませられるレベルじゃ……」

「池ヶ谷」


 俺の言葉を遮り、リンが低い声で呟いた。


「今は劇の最中だ。喋るなら後にしてくれ」

「!!ご、ごめん!そ、そうだよな……!劇の最中に喋るのは良くないよな……!マジでごめん……!」

「いや、分かればそれでいい」


 リンは小さく笑うとまた前を向いて黙った。

 ふ~……あ、危ね~……!リンのこと怒らせるところだった……。リンに嫌われたら終わりだしもっと気を付けねーと。




 ◆    ◆    ◆




「ううっ……もう……嫌だよ……!」


 真琴がそう言い放ち、幕は閉じていった。もちろんのこと体育館はザワザワし出す。結局、結末は?真琴やいじめっ子達はどうなるんだと、そんな声が周りからヒソヒソと聞こえてくる。

 結末なんて決まってる。あのあと真琴は自殺する。だけどそのいじめは明らかにされない。それでハッピーエンド、お終い。現実はそうだった。だけどそれがもし劇で明かされてしまったら……俺達のことがバレるんじゃ……?そうしたら平和に終わったはずの件が掘り返されて……ああくそ、考えたくない!せっかくリンのおかげで何も問題なく終われたのに!


 やっぱりリンにはこのことを言うべきだ。リンだって、もう少し根気強く説得したら納得してくれるはずだ。劇はもう終わってるし怒られることも無いはず。

 さっさと照明付けよ、なんて心の中で悪態をついていると、舞台に女子が現れた。


「皆様。本日は我が校の劇を最後まで見てくださり、ありがとうございます」


 そう言って女の子は微笑む。




 __________胸が、高鳴った。


 その微笑みは実に綺麗で、うっかり見とれてしまう程だった。今までこんなにも綺麗な人を見たことがあるだろうか。………いや。自分の記憶の中ではそんな女の子は一人もいなかった。

 それから女の子は、劇が途中で終わった説明をし出した。その声もまた綺麗で。


「…………綺麗………」


 つい、そう呟いてしまう。


「この劇の結末はもちろん決まっております。ですがかなり長時間になってしまいますし……なにより、来年の文化祭も皆様に来てほしいという私の願望によってこうなりました!」


 女の子がちょっとふざけた調子で言うとあちこちで笑いが起こる。

 彼女は姿勢を正すとしっかり前を向いて口を開けた。


「わたくし橘美琴は、ここにいる皆様が篠崎高校に来られる事を心よりお待ちしています。本日は誠にありがとうございました!」


 女の子が話し終わって頭を下げると、体育館が歓声で沸き上がった。

 ……この学校は確かまあまあ偏差値が高かったはず。85とか86とかだっけ?俺みたいな勉強ができない人間には中々高い壁だ。


「なんか今の劇さあ……内容、篠崎のやつとそっくりじゃなかった……?」

「ま、まさか!あんなに林道くんが徹底的に隠したのにバレるなんてあり得ない……!!」

「き、きっと気のせいだよ。そんなわけないもん」

「…………」


 各々いろんな反応を示しているが、俺はそれどころではなかった。


「……橘美琴さん……」


 どうしてか……あまり興味のなかったこの学校にどうしても入りたくなった。あの人に会いたいと思った。


「………………」


 _______その様子を、雫が鋭い目で見ていたことも知らずに。










「…………ふふ」


 舞台上から去って行く美琴の背中を見つめて小さく笑う。


「……あなたは本当に面白い人だ」


 劇をやると聞いた時にもしかしてとは思っていたが、まさか本当にいじめの内容だとは思っていなかった。自分達が見に来ていることは知っているはずなのに、それでもやってみせるその根性。しかも彼の名前をそのまま使って。

 林道は予想外の出来事と彼女の行動力に再び笑みを零した。


「……さて。俺は俺のやるべきことをしないとな」


 これから起こる数々のことを予想し、林道はうっとりと恍惚の笑みを浮かべた。




 ◆    ◆    ◆




 幕が下りてから舞台裏に向かうと、今井と瀬戸が「お疲れ」とねぎらいの言葉をかけてきた。


「それは霧野達に言ってやれ。私はちょろっとしか出てないし、最後に挨拶しただけだ。別に疲れてない」

「それにしても……何で完結させなかったの?クラスの出し物なんでしょ?来年クラス変わっちゃうのに」

「ああ、この劇は生徒会の……もっと言えば学校主催の出し物として続けることにした。もちろんクラスの奴らから許可は取ってる」


 最初は完結させるつもりだったが……直前で気が変わったのだ。

 クラスの連中には悪いが、生徒会権限を使ってでも復讐の為に好き勝手やらせてもらう。この劇は一度で終わらせるにはもったいない。


「どうせならあいつら……林道達も巻き込んだ劇にする。____あいつらを舞台に引きずり出すんだ。無理矢理にでもな。」


 絶対に______部外者面なんてさせない。


「…………あ?」


 ネックレスを握ろうとして_____ポケットに突っ込んだ手が止まる。

 私は普段からネックレスをポケットに入れている。そのネックレスは中学生の頃、誕生日に真琴からプレゼントされた物で私の宝物だ。付けていないのは、うちの校則に沿ってのこと。

 校則はそこまで厳しくない。髪色も、多少の化粧も許可している。だがアクセサリーは許可していない。許可してジャラジャラ付けられたら、第三者から悪印象を抱かれかねないからな。

 まあとにかく、そのネックレスは気合を入れる、という意味も込めて常に持っているのだけど……。


「(なっ、無い!?何で!?)」


 どれだけポケットを探ってもネックレスが無い。

 どこかで落とした……?いや、そもそも今日はポケットに一切触れなかった。落とすなんてことはあり得ない。じゃあ家に忘れた?いや、それもない。ちゃんと出掛ける前に何度か確認したし。

 じゃあどうして……?と、ぐるぐる考えてからふと思い出す。


「(あ……!!そういえば一度だけネックレスを出してる……!)」


 一切触れなかった、と思い込んでいたが……。思い出してみれば、文化祭が始まるまで待機していた生徒会室で取り出して眺めていた気がする。

 となればネックレスは生徒会室の机に置いてあるはず。まあ、鍵は閉めてあるから取られていることはないだろうけど……手元に無いとどうしてもそわそわしてしまう。早く取りに行こう。


「どうした?橘」

「生徒会室に忘れ物したから取りに行ってくる。一大イベントは終わったし、後は好きにやっといてくれ」


 それだけ言ってさっさと体育館を出た。

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