第23話 占いの結果

 外に出ると佐原と池ヶ谷の姿は既に無かった。

 一足遅かったか……。まあでも、あの仕掛けで相当恐怖を与えられたのだから充分だろう。


「しょうがない……1組に行くぞ」

「ああ」


 瀬戸に声を掛けて一歩前に出た……その時だった。


「ちょっと、瀬戸内くん!」


 3組の教室から出てきた女子が瀬戸の腕を掴んで引っ張った。予想外のことに瀬戸は目を丸くしながら「うおっ」と驚きの声を上げた。瀬戸はその子の顔を見るなり嫌そうにため息を吐いた。

 コソッと話を聞いてみると、その女子はどうやら瀬戸と店番を変わった子らしい。


「何だよ。代わってくれるって言ってただろ」

「ちょっとの間って約束でしょ!私だって友達と約束してるんだから、戻ってくれないと困るの!」

「……瀬戸さん、約束したならそれは守らないと」


 私の言葉にめんどくさそうな顔をする瀬戸。

 お前……私とまではいかなくていいからちょっとくらい取り繕えよ……。


「ごめんね、橘さん。邪魔しちゃって……」


 よく考えたが、あのお化け屋敷以外にホラー系の出し物はもう無い。相手は私の顔を知らないから一人で堂々と探しても怪しまれない。今は協力してほしいことも特にない。と、瀬戸がいなくてもそこまで困らないことに気付いた。

 ……別にこいつ渡してもいいや。


「いえ、気にしないでください。約束していたわけでもないですし……自分の仕事はサボらずキチンとすべきですから」

「おまっ、お化け屋敷で世話焼いてやった恩を忘れたのか!」


 いつもの笑顔を浮かべて答えると、女子に引っ張られている瀬戸が珍しく焦った様子で抗議した。世話を焼けと言った覚えもないし恩なんて感じてない。よってどうでもいい。

 そんな意味を込めて「何のことでしょう?」と笑うと瀬戸は諦めたのか肩を落とした。


「ほら、行くよ!」

「頑張ってください、瀬戸さん」

「お前……覚えとけよ……」


 笑顔のまま二人に手を振って見送る。

 馬鹿め、これも怖がっていた私を笑った罰だ。たまには痛い目見ろ。


「…………!」


 そうしていると突然スマホが震え出した。手に取って画面を見ると今井の名前が。


「(やっと来たか……)」


 今井から電話がかかる。それはつまり、ターゲットがやって来た合図。

 通話ボタンを押して電話に出る。すると向こうから今井の楽しそうな声が聞こえてきた。


「やあ、橘。お化け屋敷はどうだった?」

「予想通り来た。ただ、全員じゃなかったけど……」

「そっちもか~」

「そっちもってことは……」

「来たよ。ただし……二人だけ」


 二人……ということはおそらく須藤と樋口だろう。


「ちなみに誰か分かるか?」

「青髪のやつと緑髪のやつ……えーっと、須藤と樋口だっけ?その二人」


 ______ビンゴ。私の予想通りの二人が来た。

 ……あれ?ってことは林道だけどっちにも来てないのか。そうすると林道一人になるから三人で来ると思っていたのに。どういうことだ……?林道だけ別行動してる……?林道の引っ付き虫どもがそれを了承するか?

 ……やっぱり林道の考えてることは分からないな。


「それでどうする?教室まで来る?」

「……いや、密室で様子は見れないからこのまま繋いどいてくれ」

「分かった」


 コトン、とスマホを置く音がした後、今井が「次どうぞ」と声を上げた。少しして、二人分の男の声が聞こえてくる。


「失礼します」

「……失礼します」

「いらっしゃい。お二人、名前は?」

「樋口和樹です」

「須藤俊です」


 須藤も樋口もどこか緊張しているような声色だ。……多分今井が胡散臭いからだろうな。


「俺はね、その子の手相を見ていろんなことを占うんだ。結構当たるって好評なんだよ?」

「へえ、凄いですね」

「もし君達が望むのなら、を占うこともできる」

「……特定の何か?」

「例えば……過去の罪を償う方法とか、近い将来やってくる不幸とかね」

「……!!」

「へー……そんなことまで分かるなんて凄いな」


 今井の言葉に須藤は息を呑み、樋口は少し疑いつつも感心している。

 ……まさか須藤のやつ、今井の言葉の意図が分かってるのか?いじめの件を言われていることに気付いている?いじめっ子達なんて林道以外は馬鹿ばかりだと思っていたが……これは思わぬ収穫だな。

 私が予想していた以上に勘の良い奴が林道以外にもいるかもしれないこと、頭に入れておくか。


「とりあえず見せてくれる?」

「はい」


 向こうでしばらく物音がして……手相を見たらしい今井が口を開いた。


「二人とも、ずいぶん危ないそうが出てるね」

「危ない相?」

「うーん……。君達……過去に何か重い罪を犯してるね?」


 また息を呑んで言葉を失う須藤。やっぱり……こいつは今井の言ってることがいじめの件だって何となく感づいているようだ。

 だが相変わらず樋口は気付いていないようで、「重い罪?」と不思議そうにしている。


「重いと言われるほどの罪を犯した覚えはないんだけど……あれかな、この前のテストで点が下がったことかな」

「…………」

「そんなの罪にもならないよ。そうだな……まず、二人とも人間関係を拗らせてる。細かいことは分からないけど、友達を裏切ったことがあるんじゃない?」

「……裏切る?」


 少し深入りしたことによって察したのか、樋口の声色が変わった。


「裏切ってなんかないですよ。むしろ裏切ったのはあっち。僕達は友達だと思ってたのに、あんなことするなんて……ねえ?須藤」

「……そう、だな」

「だからってその子を迫害することは正義にならないけどね。実際、災難に遭う相が出てるわけだし」

「……所詮占いでしょう。それに友達は「大丈夫」って言ってたし。僕は何も悪くないですよ」


 ……樋口の発言にイラっとするが、いちいち目くじらを立てていてもしょうがないので我慢する。

 というか樋口は、真琴が樋口達を裏切ったからいじめたと言いたいのか?でも、あの真琴が裏切るなんて……そんなこと想像もできない。それに林道が覚えていなかった様子からして、真琴に怒りを向けていたようには思えないけど……。

 実際のところ、どういう理由なんだろう。


「……そう。そう思うならそれでいいけど……よく当たる俺からのアドバイス。_____自分のやったことに対しての責任は必ず取ることになる。それ相応の形で返ってくる。だから気をつけなよ」

「…………どうも。行こう、須藤」


 今井の言葉を不快に感じたのか、樋口が苛ついた様子で須藤に声を掛けた。椅子を引くような音がしたからおそらく出るのだろう。もう少し情報が欲しかったが……ま、二人に忠告できたし良しとするか。


「……悪い、樋口。先に行っててくれ」


 もたれかかっていた壁から離れようとした、その時。須藤が樋口に向かってそう言い放った。その予想外の動きに思わず目を丸くする。いじめっ子達は常に誰かと一緒に行動するものだと思っていたけど……。

 樋口は「わ、分かった」と戸惑いながらも答えて出て行った。少し間があって……今井が須藤に声を掛けた。


「それで?何で残ったの?」

「……あの件は、俺達以外の人間が知っているはずないんです。だからめちゃくちゃ占いが当たる人っていう前提で聞きたいことがあるんですけど……」

「うん、何?」

「…………」


 須藤はしばらく黙り込み、十秒ほど経ってようやく口を開いた。


「友達を……裏切ったむくいとして……誰かに復讐……されると思いますか……?」

「……!!」


 須藤の質問に思わず息を呑む。

 こいつは……他のいじめっ子と違って罪の意識があるようだ。いや、それとも単に復讐されるのが怖くて聞いてるのか……?


「うーん、そうだねぇ」


 今井は少し間を空けてから「でも」と口を開いた。


「聞く必要あるのかな、それって」

「……え?」

「だって君的には「復讐される」って答えたほうが良いでしょ?」

「……!!」


 今井の、どこか確信めいている言葉に須藤は息を呑んだ。

 ……どうやら図星だったようだ。


「やっぱりね。でもそれってさ……どういう意図?友達を裏切った罪悪感で?裁かれない罪を背負う苦しさに耐えきれなくて?それとも……そんな風に言い聞かせて自分自身を騙してでも善人でありたいのかな」

「そ、そんな……!」

「裁かれないと悪人のまま生きていくことになるから。苦しみを背負って生きていくつらさに耐えられないから。でも、その為に復讐されたいだなんて自分勝手だよねぇ」

「………………」


 電話越しでも伝わってくる重々しい空気には似合わない楽しそうな声。きっと須藤の心中なんて全部見抜いてるんだろうな。

 やっぱり改めて敵に回したくない人間だなと思う。


「ま、俺はただの占い好きな高校生だから当たらないだろうけどね。信じるか信じないかはあなた次第、みたいな?」

「…………あなたの言う通りだ。俺は復讐を望んでる。……でも……」


 須藤は少し泣きそうな声で呟いた。


「きっと……真琴は復讐なんてしないんだろうな……」


 _____その言葉に、少し胸が痛くなる。

 何度も言うが真琴は誰よりも優しい。どれだけ傷付けられようと笑って許せる天使のような子だ。須藤の言う通り、そんな優しい真琴ならきっと復讐なんてしない。自分が傷付けられた分誰かを傷付けるなんてダメだ、ってあの子なら言う。私のしていることはあの子の意思に反している。

 それでも……いくら真琴の意思に反していようと、これだけは譲れない。例え真琴に嫌われてしまうことになったとしても。


「(私は必ず復讐を遂げてみせる)」


 須藤が後悔してようが反省してようがどうだっていい。

 大体、懺悔すれば過去の過ちは許されるなんて馬鹿らしいだろ。神が許したって私は許さない。地獄の底まで追い詰めてやる。

 _______そう、私達が行くのは地獄一択だ。それ以外は認めない。


「……ふうん。君、他とはちょっと違うんだね」


 今井がそう言った、次の瞬間。


「……ん?_____はあ!?」


 突然通話が切られ、向こうの状況が把握できなくなってしまった。

 あまりにも急なことに戸惑いつつも何度か電話を掛ける。だけど今井は一度も出ず、なんならついに着拒にしやがった。


「なっ……何考えてんだあいつ……!!」


 今井が予想外の動きをするやつだってことは分かっていたけど、いざやられると困るしムカつくな……。

 どうする?教室まで様子を見に行くか?けど遠くからチラッと見た感じ並んでるし……劇までに間に合わないと困る。


「チッ……しょうがない、後で問い詰めるか」


 須藤の情報は得たわけだし、この程度なら放っておいても多分大丈夫だろう。それに……確証はないけど今井なら全部バラして面白がるようなことはしないはずだ。あいつは面白いことを好むけど、それもちゃんと種類がある。少なくとも、私を困らせる行動を復讐以上に面白がることはないだろう。


「覚えとけよ、あの馬鹿……!」


 文化祭後、会ったら一発食らわせてやる。

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