第24話 思い出した
「くそ……ずっと座らせやがって……」
痛む腰を擦りながら廊下を歩く。
何度「そろそろ交代しても良いだろ」って言っても全然離さねぇし、頼みの綱である橘はあっさり見捨てるし。この俺が珍しく純粋な厚意で、ホラーが苦手なこと今井には黙ってやろうと思ってたのに……絶対言ってやる。そんで嫌というほど今井にからかわれればいい。
「ったく……もう一回本人にも文句言うか……」
スマホには11時の文字。もうこんな時間だし、体育館に行って舞台裏から鑑賞することにした。その時に橘に文句言ってやろう。
「…………ん?」
階段を降りようとした、その時。
少し遠くのほうで女子が男子二人に絡まれているのが見えた。女子の顔は見えないが、スカートを履いてるから多分合ってる。制服を見るに、おそらくその子は遊びにやって来た中学生。そしてその女子に絡んでいるのはうちの学生服を着た男達。その光景に深いため息を吐く。
正直面倒くさいから関わりたくない。本来なら俺には関係ないし。けどここで助けず他の生徒からこの事が生徒会に報告されたら……後々橘に説教を食らう気がする。「生徒会のイメージアップにちょうどいいだろうが。何見て見ぬフリしてんだ??」とか言って怒られるんだろうな。……それも面倒だ。
どっちみち面倒なことになるなら、好感度上がるほうにしておこう。橘の説教が一番面倒くさいし。
「おい、そこの」
心底面倒だなとため息を吐きながら男達に話しかける。
「そいつ嫌がってるだろ。大体、学校でナンパなんかやるな。学校のイメージが悪くなったらどうする」
「はあ?何だテメェ?」
「お、おい、待て。こいつ生徒会の瀬戸内じゃん……!」
「え、生徒会の……?」
正直胸ぐら掴まれることは覚悟していたから、男達の控えめな態度に拍子抜けしてしまう。
……思ってたより生徒会の名前って使えるんだな。良いこと知った。
「……女遊びするなとは言わないが、やり方を考えろ。あまりにも目に余るようなら、生徒会から教師へ話が行くことになる。校長や家族巻き込んでまでの問題にしたくないだろ?だったらとりあえずナンパするな。いいか?」
教師や家族という単語にビビったのか、「わ、分かった」「悪かった」なんて弱気になってどこかへ去っていく男達。
言うこと聞くのかよ。そこはもうちょっとごねるとか……胸ぐら掴んで怒鳴ってくれても良かったんだぞ?そうしたら周りの生徒が俺の味方になってくれるし教師にも報告しやすかったんだが。
「(チキン野郎が……)」
悪人面すんなら最後までやりきれよ、ヘタレが。
「あの……」
女子に話しかけられて我に返る。
ああ、そうだ。女子を助けようとしてたんだったな。すっかり忘れてた。
「ありがとうございます。どれだけ断ってもしつこくて……」
「……別に。うちの生徒があんなやつばっかりだと思われても困るからな」
改めて女子の顔を見てみる。……少し言葉を失った。
緩く巻かれている紺の髪にぱっちりしている綺麗なつり目。そしてなにより、吸い込まれそうな明るい緑の瞳。なんというか……可愛いというよりは美人のほうが合っている顔だ。なるほど……これは確かにナンパしたくもなるか。だけどどこか近寄りがたいような雰囲気もある。
……少し橘と似てるな。瞳の奥にある冷たい『何か』とか。
「お前、一人か?もし友達と来てるならさっさと合流したほうがいいぞ」
「友達と来てます。もうすぐ戻って来ると思うんですけど……______」
女子が周りを見渡した、その時だった。
「_______お前、何やってんの?」
地に這うような、低い低い声が俺の耳に入った。咄嗟に後ろを振り返ると、そこには暗い金髪の男が俺の腕を掴みながら立っていた。あまりの殺気にぞわりと背中に寒気が走る。
怒鳴られたわけでも暴言を吐かれたわけでもない。なのに心臓がバクバクする。それは、本当に殺されるかもしれないと思っているから?
「何やってんのって聞いてんだけど。つーかさっさと
「ちょっと、
何も言えず固まっていると、女子が慌てたように男の頭を叩いた。彼女の行動に俺も男も目を丸くする。
「何やってるの!その人は助けてくれたのよ!?今すぐ離して!」
「え……え?助け……?じゃあ、何もされてない?大丈夫?」
「私のことはいいから早く離しなさい」
「はい……」
男はしゅん……としながらも腕を離した。掴まれていた部分に
「ご、ごめんなさい!この子ちょっと……いや、かなり馬鹿で……特に私達のことになると突っ走っていっちゃう
「……私達?」
「おい、朝陽」
他に誰もいないだろ、と言いかけて呑み込む。向こうからもう一人、片手にたこ焼きの皿を持った男がやって来たからだ。ただ、こっちは金髪男とは違って普通の見た目をしている。
男は金髪男の頭を軽く叩くと「また突っ走って……」とため息を吐いた。
「ちゃんと話聞いてからって言ったろ?」
「さ、
「「でも」じゃない。ちゃんと謝れ」
「う……」
金髪男は「ゴメンナサイ……」とたどたどしく謝罪の言葉を口にした。……謝るのは慣れてないらしい。
まあもう怒ってないし別にいいけど。いつもなら根に持つが、自分よりずっと強いやつがしょげた顔で謝ってくるというそこそこ気持ちいい体験をさせてくれたお礼に許してやろう。
「別に気にしてないからいい。それよりもう離れるなよ。お前らのダチ目立つからまたすぐにナンパされるぞ」
「やっぱナンパされてたの!?だから俺達のどっちか残るよって言ったのに!」
「ちょっとくらい大丈夫だと思ったのよ。たこ焼き買うのにそこまで時間掛からないだろうって……」
「じゃあ、これからは三人で買いに行くぞ」
「……分かったわよ」
女子は諦めたようにため息を吐いた。
……どうしてだろうな。三人のやり取りを見て、「何だか俺達みたいだ」なんて思ってしまった。俺達は別にこんなに仲良くないけど。
女一人、男二人のグループだからそう思うのだろうか。……でも俺達は多分、橘がナンパされてても助ける気とか起きない。助けてお礼を言われるより、助けずに後で「お前ら助けろよ!」って怒られるほうが面白いだろうから。何だかんだ、調子狂ってる橘をイジるのが一番楽しいんだよな。橘に言ったら絶対キレられるけど。
「(……って、そういえば劇を見に行くんだった。こんなことしてる場合じゃない)」
劇のことを思い出してスマホを取り出す。
20分ほど時間を食ってしまったようだ。遅れても面倒だしさっさと行くか。
「それじゃあ」
「あっ、あの!」
後ろから女子に声を掛けられたが、これ以上喋るのが面倒だったので無視した。どうせお礼か名前を聞くかのどっちかだろう。いや、どっちもかもしれないが。なんにせよどうでもいいし面倒だ。お礼が言われたくて助けたわけでもないし。周囲や教師からの評価が良くなればそれでいい。
「……行っちゃったね」
「もう一度お礼が言いたかったんだけれど……」
はあ、とため息を吐く怜奈。
だが瀬戸内の内心は何となく察していた。きっとこれ以上喋るのが面倒くさかったのだろうと。仏頂面なのに思っていることが顔に……厳密に言えば目によく出る人だったなとさっきのことを思い出す。
「それより朝陽……前から言ってるでしょ?勝手に思い込んで突っ走らないでって」
「う……ご、ごめんって。でも怜奈はよくナンパされるし、乱暴なことされたりしてないか心配だったんだって」
「確かにな。実際、小学生の時に誘拐されかけたことあるだろ?」
「それは……まあ……」
あの時も結局朝陽が誘拐犯の足を折って止めてたと思うけど。と、当時の光景を思い出して苦笑いを零した。おそらくさっきも自分が止めなければ朝陽は彼の腕を折っていただろう。そう思うと少し胃が痛くなった。
傍に居た聡が「それより」とたこ焼きを口に頬張りながら話を切り出す。
「どうするんだ?この後の劇、見に行くか?」
「そうね……せっかくだから見に行きましょう。朝陽もそれでいい?」
「良いよ~。てかそれって何時から?」
「確か12時のはずだけど……」
怜奈がスマホで時間を確認すると、既に11時半になろうとしているところだった。
「あと30分じゃない!」
「マジ!?急がないと!」
「おい、二人とも走ってこけるなよ」
「もう!子供じゃないんだからそんなこと_______」
振り返って聡に文句を言おうとした時だった。
廊下の曲がり角から走ってきた女子と軽くぶつかってしまう。視界の端に階段が見え、怜奈は慌ててその子の手を掴んだ。幸い、どっちもこけたり落ちたりすることはなく無事だった。
ホッと胸を撫で下ろしてから顔を上げる。そして……その女子を見た怜奈はデジャヴを感じた。海のような水色の髪にビー玉のように綺麗な桃色の瞳……彼女をどこかで見たことがあると。
「ご、ごめんなさい!お怪我は……!?」
「……いえ、大丈夫。私のほうこそごめんなさい」
「本当にごめんなさい!前見てなくて、」
「それより。あなた、制服は違うけどもしかして……
「……え?」
古野江中学校……それは林道達が通っている中学校の名前だ。
「そ、そうですけど……どうして私のことを?」
「一度見たことがあるのよ。この子達、サッカー部に入ってるんだけど……古野江と練習試合したことがあって。その時にあなたも居たでしょう?遠くから試合の様子を見て誰かを応援していたのを覚えてるわ」
自分と違い、サッカー部のマネージャーというわけでもないのに律儀に試合を見に来て必死に応援する姿が印象に残っていたのだ。最も、あちらは怜奈のことを知らないようだが。
「それにしても……どうして違う制服を着てるの?普通に古野江の制服を着て来れば良かったのに」
「…………古野江のじゃ、ダメだったから……」
「え?」
「……急いでるので。失礼します」
女子は頭を下げるとそのまま走って去ってしまった。その様子に三人とも不思議そうに首を傾げる。
だが怜奈は「彼女には何か深い事情があるんだろう」と察していた。わざわざ別の学校の制服を着てやって来るには何か大きな理由があるに違いないと。
「(ふうん……面白そうじゃない)」
ニヤリと笑う彼女に、二人は「また怜奈の悪い癖が出てる……」と肩を落とした。
「つーか、よく覚えてたな。喋ったこともないのに」
「あなた達は試合に夢中だったんだから当然でしょう。まあ、私も普段なら気にしないのだけど……すごく一生懸命応援してたから気になったの。あの様子だと彼氏か好きな人だったのかしら」
「へー、健気」
応援されていた彼は誰だったか。怜奈はぼやける記憶を必死に思い出す。
怜奈は恋バナが好きだった。恋に興味のない朝陽や聡にさえそういった話題を出すほど。だからこそ一生懸命に応援を続ける彼女の想い人が気になったのだ。
彼女が想っている男はどんな人なんだろう、と少し気になって相手チームを観察したはずなのだが、どうにも思い出せない。
彼女の「頑張って」という声に笑顔で手を振っていたのは_______。
「……あ、思い出した」
怜奈はスッキリした顔で手を叩いた。
そう、そうだ。あの子と仲良さげに喋って眩しいほどの笑顔を浮かべていたのは。
「______篠崎真琴って子だわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます