第22話 心躍る
「なあ、リン。どこに行くんだ?」
池ヶ谷からの問いに、俺は紙を見ながら「そうだな……」と思考した。どれも特に興味はないけれど、せっかく来たからにはどこかに行かないとダメだろうな。……面倒だ。「全部回ってみよう」と提案することも考えたけれど、それでは僕がただつまらない時間を過ごすだけ。
お化け屋敷なんてガラクタ屋敷には興味ないし、占いなんてお遊びに付き合うのも面倒。劇はおそらく美琴さんのクラスがやるものだろうからそれは見るとして……それ以外が心底どうでもいいものばかり。思わず吐きそうになったため息を呑み込む。
本当につまらないな。別に期待はしていないけれど、ほんの少しでも僕の退屈を埋めてくれるものはないだろうか。
「林道くん?」
「……いや、何でもない。それより劇とかいいんじゃないか?」
「劇いいじゃん!見たい見たい!」
樋口から声を掛けられ、とりあえず劇を提案してみる。すると案の定池ヶ谷を中心に全員が賛成した。
誰も俺に逆らわない。俺が白と言えば黒は白になるし、俺が良いと言えばどんな悪事でも喜んでやる。彼らはまるで人形のよう。
「(それがつまらない……なんて、少し贅沢かな)」
自分の思いのままに動く
「でも他は?回らないの?」
「あまり興味がなくてね。ああでも、みんなが行きたいのなら好きに行ってくれていい。せっかくの文化祭だし楽しい時間を過ごしたいだろう?」
佐原の言葉にそう返すと、全員少し困ったような顔をしてお互いを見合った。俺から離れて行動することに抵抗があるのだろう。普段は助かるのだが、こういう時は少し
すると須藤が「分かった」と目を逸らしながら口を開いた。
「林道の言う通り、好きにさせてもらう。俺は1組の占いに行こうと思ってるけど……他に行きたいやついるか?」
「え、っと……じゃ、じゃあ僕も占いに行こうかな。ちょっと気になるし……」
みんな俺の顔を見ながら戸惑っていたが、樋口が恐る恐るといった様子で手を挙げた。それをきっかけに佐原と池ヶ谷はお化け屋敷に行くことを決めたようだ。苑原は俺と一緒に居たいようで、「私は誠也と!」なんて眩しいほどの笑顔を浮かべている。
こういう時、須藤は彼らと違って俺から離れることにそこまで
他の奴らと違って、俺にベッタリ付いていたいわけじゃない。だけど俺に逆らうこともできない。そんな板挟みの中、彼はそこそこ上手くやれているほうだ。実のところ須藤のそういうところは気に入っている。
これで俺に逆らってあれこれ出来るようになればもっと良いのに。まあ、そこまでやりきれないからこそ駒止まりなのだけど。
「劇は確か12時だったよね。11時半くらいに体育館前で集合でどうかな」
「ああ、良いと思う」
「じゃあ俺達は先に行くわ!また後でな!」
樋口の提案に頷くと、池ヶ谷と佐原は手を振りながら校舎に向かって走って行った。それに続いて須藤と樋口も向かう。その場に残ったのは俺と苑原だけ。苑原が首を傾げて「劇の時間までどうするの?」と問う。
「そうだな、出店にでも寄って_____」
適当に時間を潰そうか、と視線を前にやった時だった。
____俺は一瞬、呼吸するのを忘れた。目の前がチカチカして光がほとばしる。さっきまでグレーだった世界が一気に彩られて、体内に入ってくる空気がひどく澄んでいるように感じる。身体が熱くなるのが分かる。全身が痺れるような感覚。
「…………美琴さん…………」
その名を口にして、やっと俺は現実に帰ってきた。
少し遠くに美琴さんの姿があった。誰を探しているのかキョロキョロと周りを見渡している。……きっと俺達のことを探しているんだろうな。
「……誠也?」
不思議そうにしている苑原に笑いかけて「知り合いを見つけたんだ」と答える。そう言わないときっとこの子は不安に思うだろうから。
「すみません、通して下さい」
美琴さんはあまりの人の多さに困っているようだ。人の波に揉まれて足元が不安定に見える。
……助けに行こうかな。俺がその身体を支えて「大丈夫ですか?」と笑いかけたら彼女はどんな顔をするだろう。困惑して固まるかな。それとも_____殺意が込められた瞳で俺を睨みつけるかな。
「(どっちにしても彼女は良い気持ちにならないだろうな)」
殺意と憎しみでぐちゃぐちゃになっている心を押し殺して張り付けたような、下手くそな笑顔で俺にお礼を言ってくれるのだろうか。想像しただけで最高に胸が
ふふ、まさかこんなにもすぐに会えるなんて。やっぱり文化祭に来てよかった。
「苑原、悪いね。ちょっと挨拶してくるよ」
「うん、待ってるね!」
スキップしそうになる気持ちを押さえて美琴さんに近付く。すると美琴さんは誰かに後ろからぶつかられたらしく体制を崩した。彼女の名前を呼びながら手を差し伸べようとした_____その時。
「おっと。大丈夫ですか?」
傍にいた男が美琴さんを抱きとめた。おかげで美琴さんは怪我せずに済んだが……最高の瞬間を邪魔された不快感が沸き上がる。
だけどその男の顔を見た瞬間、数か月前の記憶が蘇った。
「あの男……もしかして……」
その男に見覚えがあった。
彼は確か別の中学校のサッカー部員だったはず。一度練習試合で会ったことがある。会話も少しだけだが交わした覚えがある。名前は……なんだったかな。一度しか会っていないから忘れてしまった。
まあ、それはともかく。彼が来ていること自体は別に不思議ではない。だけどまさか美琴さんと接触するとは思っていなかった。
「(割り込むか?……いや、面倒なことになりそうだな)」
彼を一言で表すなら、「食えない男」だろう。常に笑っていて何を考えているのか読めない。その作り笑顔の裏で何を思っているのか察することが難しい。俺と似ているようで少し違う男。実際、練習試合で話した時も少し厄介だと感じた。無害そうな人間を演じることにかけては俺よりも上手いかもしれない。
彼に話しかけると多分腹の探り合いになるだろうな。普段なら別に構わないんだけど……今はそういう気分じゃない、残念だがやめておこう。
「美琴さん。劇、楽しみにしていますね」
そう小さく呟いて苑原の元へ戻る。
ふふ、楽し過ぎて少し早まってしまった。大丈夫。そう急がなくとも、彼女とはいずれ会えるのだから。
「悪い、待たせたな」
「ううん、大丈夫!でもいいの?挨拶しないまま帰ってきたみたいだけど……」
「ああ、良いんだ。きっとまた会える」
それはもしかしたら二年後かもしれないけれど。それでも、会えることが確定しているだけで満足だ。
「……ふーん」
苑原は俺の後ろを見つめて目を細めた。
「ねえ、誠也。誠也はずっと私の傍にいてくれるよね?」
彼女の視線は俺に戻った。そしてその小さな唇で、何度も聞いた
「_____君が望むのなら」
彼女が求めている言葉を口にする。苑原は「……良かった」と安心したようにいつもの朗らかな笑顔を浮かべた。
「だけど俺だけじゃなく、昌介達も同じだと思うよ。わざわざ言わなくてもずっと苑原の傍にいる」
「それはそうかもしれないけど……なんていうか、誠也は分かんないじゃん」
「分からない?」
「そう!何も言わずフラッと消えそう」
「ふふ、まさか。そんなことしないよ。ちゃんと言ってから消えるさ」
「そもそも消えないで!私の傍に居てくれるんでしょ?」
「……そうだね」
じっと見つめてくる苑原の頭を優しく撫でる。
実のところ、その瞳に込められた感情を俺は知っている。だけどそれを指摘するつもりも暴くつもりもない。
_____今はまだ、ね。
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