第19話 同じようで違う

「俺には……弟がいたんだ。弟はいつも成績が良くて、運動神経も抜群で人望も厚くて、まさに完璧な人間だった。俺も周囲の人間よりは勉強も運動もできてたし、自分で言うのもなんだけど羨ましがられる側の人間だと思う。……だけど……弟には遠く及ばなかった。俺がどれだけ努力しても、必死にあがいても、あいつには敵わなかったんだ。その内、兄弟二人に注がれていた愛情は弟だけのものになった。両親は俺のことを「出来損ない」と呼んで、俺に期待することも目をかけることもなくなった。_______あの家では、俺はだったんだ」

「もしかして……復讐したい相手って、弟か……?」

「その通り。……結局、中学に上がる前に両親から捨てられてね。「出来損ないを養ってやるなんて金の無駄だ」って今の親戚の家に押し付けられた。幸い、親戚の人は優しいからいびられることはなかったけど……それでも許せないんだ。俺の人生をめちゃくちゃにした弟がね。あいつがいなければ俺は両親に愛されてたはずなんだから」

「……待て」


 今井の境遇には同情するし、そんな扱いを受ければ「復讐したい」と考えてしまってもしょうがないだろう。それを否定する気はない。

 だがその件に弟は関係ない。弟が完璧人間なのは才能なのか努力なのか……そこまでは知らないが、どっちにしろ別に悪いことじゃない。悪いのは弟ばかり愛して兄を捨てた両親だ。復讐するのなら両親のはずだろ。


「弟に八つ当たりするのはやめろよ。悪いのは両親だろ。嫉妬する気持ちは分かるけど、それは……」

「君の言うことは最もだよ。だけどそれは、弟に何の非もない場合だよね」

「……は?まさか……」


 _____弟に非があったのか?

 そんな私の疑問に答えるように今井はまた話し始めた。


「そもそも俺を「出来損ない」って呼び始めたのは両親じゃなくて___

 __弟なんだ」

「……え?」

「弟はいつも俺を見下して蔑んでた。どうやっても弟に勝てない兄を哀れんで……嘲笑ってたんだ。両親……特に父親は実力主義の人間だったけど……それでも、自分の子供を捨てるほど非常な人じゃなかったと思う。だけど父親は俺を捨てた。それは弟が父親に、俺がどれだけ邪魔な出来損ないかしょっちゅう吹き込んでいたからだ。あいつは意図的に俺の居場所を奪ったんだよ。……分かるでしょ。俺が弟に復讐したい理由が」

「…………なるほどな」


 やっと納得がいった。今井が弟に復讐したい理由も、私が今井を調べた時に感じた違和感も。


「道理で出てこなかったわけだ」

「……?何の話?」

「お前の言う通り、私はお前の家庭や学校のことを徹底的に調べた。だけど一つだけ出てこなかった情報があった。_____お前の中学生以前の情報だ」

「…………」


 私はあらゆる手を使って推薦した生徒達の情報を集めた。もちろんそれは今井も例外ではない。だけど今井に関しては、どれだけ調べても生まれや小学生の頃の情報が出てこなかったのだ。まるで消されたように。

 ずっとそれを不思議に思っていたが、今井の話を聞いてやっと理解した。おそらくその情報を消したのはこいつの両親だろう。それしかない。


「両親がお前を捨てたっていうなら……情報が消されてたのもそういうことなんだろうな。だけど戸籍や情報を消すなんて普通じゃできないはず。それができるなんて____」

「おっと、それ以上の詮索は無しだよ」


 ふと浮かんだ予想を口にしようとした時、すかさず今井が私の口に人差し指を当てた。何するんだと睨んでみるが、さっきの暗い表情は無くなっていつもの笑みを浮かべていた。


「……まあ、今はいい。ただ、その弟に復讐する時が来たらちゃんと話せよ」

「あれ、珍しく優しいね。いつもの君なら、俺が話すまで問い詰めそうなものだけど」

「……ちょっと共感できたからかもな」


 別に同情や共感なんてするつもりはなかった。ただ話を聞いて、それで終わり。そのはずだった。だけど今井の環境と私の環境があまりにも似ていたから、つい情が湧いてしまったのだ。


「私は親戚に押し付けられたわけじゃないけど……両親揃って私達を置いて家を出て行ったし、捨てたも同然のことをされてる。両親に恵まれなかったのも、復讐に人生を費やしてるのも同じだなって……」

「…………同情してくれるのはありがたいけど、全然違うと思うよ」


 今井は、私の言葉をやんわり否定した。


「俺は君と違って、両親を嫌いになれない。弟に復讐すれば……弟に勝っていることを証明すれば、両親の愛を取り戻せるんじゃないかって……そう期待してる自分がいる」

「今井……」

「そして、なにより一番違うのは_______弟に恵まれてるところだ」

「…………弟……」

「話したことはないけどあの橘が心から信頼して大事にしてるくらいだし、きっと真琴くんはこれ以上ないくらい良い弟なんでしょ」

「…………そう、だな……」


 今井の言う通り、真琴はこれ以上ないくらい良い弟だ。世界中どれだけ探しても真琴以上にできた弟なんていないだろう。姉馬鹿だと言われればそれまでだが、それを抜きにしても言い切れる。

 真琴がいたから私は今まで生きてこられた。真琴の存在が無ければ両親が家を出た時点で自殺を図っていたかもしれない。

 だけど両親がいなくなったあの時、「なんとしてでも生きなきゃ」と思えたのは真琴がいたからだ。真琴を幸せにする為、ただそれだけの為に生きていこうと決めたんだ。


「……悪い。勝手に一緒だと思い込んでたな」

「別に謝ることじゃないよ。普段俺を嫌ってる橘がそうやって寄り添ってくれただけで嬉しいし」

「……別に嫌ってるわけじゃない。ムカつくだけだ」

「どっちにしろ負の感情抱いてるじゃん。ああでも、こんなに優しくされたら好きになっちゃいそうだなあ」

「そういうクソみてぇな冗談がムカつくって言ってんだよ!」

「冗談じゃないのにひどーい」


 さっきまでの暗い表情はどこかへいき、今井は楽しそうにケラケラ笑っていた。それを見て少しだけホッとする。……ヘラヘラしてない今井を見てるとなんか気持ち悪いからな。


「お前ら、そんな隅っこで何やってるんだ?」


 ふと声が聞こえて顔を上げると、そこにはヨーヨーで遊んでいる瀬戸が立っていた。


「……ずいぶん謳歌してるみたいだな」

「そういうお前らは逆に何で突っ立ってるだけなんだよ。早く回らないと終わるぞ?」

「クラスの奴らと一緒に回るのが面倒だからこうしてんだよ」

「じゃあ今からこの三人で回ればいいんじゃない?」

「は?」

「別に俺はいいけど」

「じゃあ決定ってことで」

「は??いや、ちょっ、」


 拒否するよりも先に今井が私の手を引いて歩き出した。助けを求めるように瀬戸に視線を送ったが無視された。苦い顔をする私に今井は「たまには息抜きしなよ」なんて笑う。「必要ない」と返したけれど、それには答えず先を行くばかり。

 ……私には楽しい時間なんて必要ない。真琴が苦しんでるのに私だけ幸せな人生を送るなんて許されるはずがないのだから。


「(だから別に、こいつらとの夏祭りだって楽しいと思わない。しょうがなくこいつらに付き合うだけだ)」


 そう自分に言い聞かせ、抵抗するのを諦めて大人しくついて行くことにした。


「そう拗ねないでよ。せっかくの高校生活、こうして思い出を作るのも良いと思わない?」

「必要ないって言ってるだろ!」


 絶対に思い出なんかにしてやらない!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る