第20話 文化祭、開催

 夏祭りから三か月。準備は順調に進み、ようやく勝負の日______文化祭の日がやってきた。生徒達は当然盛り上がっているが、それは私達生徒会も例外ではない。

 門から続々と入って来る集団の中に目的の連中を見つけ、不安と緊張を誤魔化すように拳を握り締めた。


「ようやくだな」

「ほんと、待ちくたびれたよ」

「……気合入れろよ。____奴らはもう来てる」


 私の言葉に、二人は楽しそうな笑みを浮かべる。そう、勝負はもう始まっている。準備は整った。後は計画通りに進めるだけだ。

 ……これは本番じゃない。復讐計画の中でも序盤のほうだ。分かってる。それでも……失敗するかもしれない可能性を考えると少し怖い。だけど止まることもできない。進むしかないんだ。


「あいつらの顔は事前に写真を見せてるから分かるだろ。奴らが来たら予定通り実行してくれ」

「もちろん分かってるよ。で、橘はどうするの?劇は午後からでしょ」

「私はお前らの出し物の様子を見た後、適当に回っとく。なんなら生徒会室でくつろいでおくし」

「おい、お前だけずるいぞ」


 そんなやり取りをしていると、壁に掛けてある時計の針が10時を指した。

 _____時間だ。


「……行くぞ」


 このドアを開ければもう戻れない。……いや、違うな。

 _______元々戻ることなんてできない。そうだろ?『篠崎美琴』。




 ◆    ◆    ◆




「(思ったより人が多いな……)」


 二人の出し物の様子を見に行くと言ったは良いものの、あまりの人の多さにため息を吐きそうになる。できれば林道達を見つけて様子を見たいのだが、こう多いと流石に難しい。人の波を避けるだけで精一杯だ。


「すみません、通して下さ___わっ!」


 後ろから人にぶつかられてバランスを崩す。やばい、と思った頃にはもう重力に逆らえない状態で。


「(マズイ……!転ぶ……!!)」


 怪我しないよう手をつこうと腕を動かした____その時だった。


「おっと。大丈夫ですか?」


 誰かに支えられ、男の声が上から降ってきた。よ……良かった。誰かが抱きとめてくれたのか。支えてくれたお礼を言う為に顔を上げる。そこには茶髪で緑目の顔の整った男がいた。


「ご、ごめんなさい!人が多いのでぶつかってしまって……」

「いえいえ。お怪我はありませんか?」

「ええ。おかげさまで」

「それは良かった」


 爽やかそうというか……人当たりの良さそうな顔をしている。誰もが彼を優等生と呼ぶだろう。そんな印象。だけど……どうしてかそれに違和感を抱いた。


「(……こいつ……)」


 _____私の勘が言っている。「この男は食えないやつだ」と。

 今井や瀬戸は普段から良い人ぶっているわけではない。むしろ瀬戸に至っては取り繕わず素で過ごしている。どっちも他人から善人だと思われたいとは思っていないからだ。

 だけど目の前の男はおそらく。善人だと思われるように、自分に害はないと思い込ませる為に、あまりにも綺麗で嘘くさい笑顔を張り付けている。それはきっと、周囲から見れば爽やかな笑顔に見えるのだろう。私達のようなにしか分からない、歪な笑顔。


「……?僕の顔に何か?」

「……いえ。ありがとうございます」


 自分に向けられる笑みが少し不気味で、お礼を言ってからスッと離れる。私の様子に、男は驚いたような表情を浮かべた。

 ……何だ?


「……どうしました?」


 今度はこっちが聞く番だった。だけど男は「……いえ」と何でもないようにまたあの笑みを浮かべた。


「それより、その制服……もしかして篠崎高校の生徒さんですか?」

「ええ。生徒会長をやっています、橘美琴です」

「橘美琴……もしかして……?」


 自己紹介をした私に目を丸くすると何かを考え始めた。

 一瞬不審に思ったがよくよく考えてみればホームページに生徒会のことや私の名前が載っているのだから、この男が私の名前を知っていてもおかしくはない。何でもかんでも林道達と結び付けて警戒するのはよくないか……。


「……あの、あなたって……」

「橘?」


 男が何か言おうとしたその時、後ろから別の男に話しかけられた。その聞き慣れた声にこっちが驚く。


「瀬戸っ……内さん!?」

「……もうそっちでも瀬戸でいいだろ。で、お前何やってるんだ?」

「何をやってるんだはこっちの台詞ですよ!瀬戸さん、あなた……店番のはずでは?」

「サボった」

「は?サボった??」


 瀬戸のふざけた発言に思わず低い声が出る。こいつ……私がどれだけ今日の為に準備したと思ってんだ殺すぞ。

 そんな思いが顔に出ていたのか瀬戸は「おお怖い」と小さく笑った。傍に人がいなけりゃ確実に腹パン入れてるところだ。


「それより、そいつは誰だ?知り合いか?」

「…………いえ、転びそうになったところを助けてくれたんです。本当ありがとうございました」

「……いえいえ、お気になさらず。それじゃあ僕は行きますね」

「ええ。楽しんでいってください」


 軽く手を振ると、男も爽やかな笑みを浮かべながら手を振り返した。男が完全に去って行ったのを確認してから周囲に聞こえないよう小声で瀬戸に話しかける。


「お前……マジでふざけんなよ」

「まあ、そう怒るなよ。ちゃんと店番のやつには写真を見せて「こいつらが来たら俺が指示した通りの仕掛けをやってくれ」って頼んだから」

「はあ!?まさか計画のこと喋ってないだろうな?」

「言ってないって。ちゃんと「俺の中学の後輩だから悪戯したい」って最もらしい言い訳しといたから」

「……お前……それを不審に思う人間だったらどうするつもりだったんだよ……」


 ……もう過ぎたことをぐちぐち言ってもしょうがないけど。それにしたって怪しまれない自信があり過ぎる。慎重過ぎるくらいが一番良いのだが。

 まあ、瀬戸も馬鹿じゃない。計画を台無しにするような行動は起こさない。……はず。


「しょうがない……3組に行って様子を見るか……」


 ため息を吐きながら3組の教室へ向かって歩き出す。


「林道達は見つけたのか?」

「いや……まだだ。こう人が多いと見つけにくいし、面倒だから直接出し物を見に行って確かめる」

「来るかどうか分からないぞ」

「来るさ」


 林道の性格上、おそらく「とりあえず全部回ってみよう」と言い出すタイプだ。他のいじめっ子達はリーダーである林道について行くだろうし、そうすると必然的に私達のクラスに現れることになる。

 理想としてはそれなのだが……もしかしたら林道達が各々気になる出し物を見に行く、という可能性もある。ただ、バラバラで行動したとしても出し物自体少なめで選択肢は限られる。どっちにしろ奴らはどの出し物にもやって来るだろう。


「全員で来るのが理想だけど、バラバラで来る可能性も捨てきれない。もしそうだとしたら……お化け屋敷に行くのはおそらく二人_____佐原と池ヶ谷だ」

「佐原に池ヶ谷……ああ、あのピンク髪の男と金髪の男か」

「ああ。樋口や林道はおそらくお化け屋敷に興味を持たない。須藤もお化け屋敷よりは占いや劇に興味を持つと思う。そうなるとお化け屋敷に行きたがるのはその二人に絞られる」


 成績や学校生活などあらゆるものを徹底的に調べて分析した各々の性格。林道以外話したことはないから言いきることはできないけど……自信はある。それに違っていたとしても、それなら来年以降の計画に生かせばいい話だ。特にこっちにデメリットは無い。

 それよりも、だ。


「(……ついに会うのか)」


 話すわけじゃない。けど、直接あいつらの顔を見るのは初めてだった。そっちの緊張のほうが勝る。


「(取り乱さないようにしないとな……)」










「……思ったより好評だな」

「まあ、王道だからな」


 3組の教室の前に着くと、ドアの前にはそこそこ行列ができていた。そこそこの繁盛っぷりに驚く。

 元々来てる人数が多いとはいえここまで並んでいるとは……みんなお化け屋敷が好きなんだな。


「とりあえず並ぶか」


 めんどくさそうな顔をする瀬戸の腕を引っ張りながら列の最後尾に並ぶ。

 ____すると。


「……!!」


 目の前に並んでいた男二人の顔を見て思わず強張る。

 そいつらは_____まさしく、お化け屋敷に来るだろうと私が予想した佐原と池ヶ谷の二人だった。こちらに気付く様子もなく談笑するその姿に怒りと憎しみが込み上げてくる。

 …………落ち着け。今こいつらに殴りかかろうものなら計画が台無しになる。悔しいが我慢するしかない。


「……こいつらか。後ろに並べるなんてラッキーだな」

「……そうだな」


 その些細な奇跡を利用して_____こいつらを地獄のどん底に叩きつけてやる。

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