第18話 夏祭り

「橘さんも行こうよ!」


 ……浮かれた話は必要ないって思ったばかりなのに。






 事の発端は、霧野達と作業してから数日後のことだった。クラスの女子がそわそわした様子で私に話しかけてきたのだ。その様子を不思議に思いながらも要件を聞いてみることにした。

 ……それがいけなかった。


「あっ、あのね!来週から夏休みに入るでしょ?だからみんなで夏祭りに行こうって話してて……」

「あら、素敵ですね。是非楽しんで……」

「だ、だからね!橘さんもどうかなって……!」

「……え?わ、私ですか?」


 まあ何となく話の流れからして誘われるだろうというのは察していた。だから誘われる前に一線引こうとしたのに遮られてしまった。……嫌な予感がする。


「橘さんも行こうよ!絶対楽しいし!」

「え、ええっと……その、夏休みは少々予定が入っていまして……行けるかどうか……」

「あー、生徒会長だし忙しいもんね。ってことは休み無いの?」

「い、いえ!休みはありますけど……夏祭りの日が空いているかどうかは分からなくて」


 あまり露骨に断ると「嫌な奴だ」と思われそうだからやんわり断りたいが……流石に予定が入っていれば問題なく断れるだろう。そう思ったけど。

 私の予想とは裏腹に、女子達はぱあっと目を輝かせた。


「休みあるなら行けるね!」

「えっ?いや、でも……」

「大丈夫大丈夫!夏祭り自体長くやってるみたいだし、なんなら橘さんが空いてる日に合わせるよ?」

「そ、それは流石に申し訳ないですよ!」


 あまりにもしつこい誘いに、どうしようか困っていると。


「えー?橘、来ないの?」


 後ろから聞き慣れた声が聞こえてきて、嫌な予感が的中したことに内心頭を抱えた。

 よりによってこいつかよ……。


「今井くん!」

「橘が来ると思ってOKしたのにな~」

「……あなたは2組じゃないんだから関係ないでしょう」

「え?何言ってるの。一期生で行くって話でしょ?」

「…………はい?」


 今井の言っている意味が分からず固まる。「みんな」って2組のみんなって意味じゃないのか?

 困惑しているとそれを察したのか女子達が慌てて説明し始めた。


「ご、ごめんね。言葉が足りてなかったね。みんなっていうのは一期生のみんなでって意味なの。だから、一期生の代表である橘さんにも来てほしいなって……」

「あ、ああ……そういう……」


 私が勘違いしてただけか……。


「それで?来ないつもり?」

「……いえ、せっかくなので行きます」

「ほんと!?やった!」

「みんなに言ってくるね~!」

「いや何もわざわざ全員に伝えなくても______」


 女子達は私が止めるよりも先に去ってしまった。

 ……本当は断るつもりだったが、「一期生で行く」となれば話は別だ。ほとんどの生徒が参加するのに私だけ断ったら流石に印象が悪くなりそうだし。でもめんどくさいな。せっかくの夏休みにどうでもいい奴らと過ごさなきゃいけないなんて……。

 どうせ瀬戸は「めんどくさい」とか言って来ないだろうし、素で過ごすとなれば今井しかいないが……。


「……ん?何?」

「……何でもねーよ」


 ……自分からこいつにつるみに行くのは絶対嫌だ。


「つーかお前行くのかよ」

「言ったでしょ?橘が来ると思ったからOKしたって」

「はあ……くだらねぇ冗談はいい。私も瀬戸も断る確率のほうが高いだろ。なのに何でだ?……もしかして、クラスメイトと交流を深めたかったとか?」

「まさか!せっかくの休みにどうでもいい連中と過ごすわけないでしょ。まあ単純に……夏祭りなんて行ったことないからさ。一度経験してみたくて」

「は?行ったことない?」


 予想外の理由に少し戸惑う。

 夏祭りに行ったことないなんて……友達がいない私でさえも行ったことあるのに?いやでも、クラスメイトから信頼されている様子を見る限り友達がいなかったということは無さそうだけど……。

 家が厳しかったとか?……それならあり得ないこともない。だが調べた結果、こいつは普通の家庭なうえに家庭内の問題は一切無かったはず。一緒に住んでいるのは両親ではなく親戚の老夫婦だが、だからといって虐げられている様子も無さそうだった。なら一体……?


「言っておくけど、おじさんやおばさんは関係ないよ。あの人達に気を遣って何も頼み事してないのは俺の勝手だからね」

「……エスパーかよ」

「大袈裟だなあ。君のことだし、推薦する生徒の家庭事情を調べるくらいやってるだろうなって思っただけだよ。家庭内で何か問題がある生徒を入れて、学校まで巻き込むいざこざが起きたら困るもんね?」

「……まあな」


 私は極力、毒親がいる生徒は入れないようにした。どうでもいいことで学校に来られたら面倒だし、対応も処理も全部私がしないといけないからな。復讐以外にあまり時間や労力を割きたくない、というのが本音だ。


「まあ……行ったことないやつくらいいるか……。それなら存分に楽しめ。他人に迷惑さえかけなきゃそれでいい」

「母親面?」

「テメェが他人に迷惑かけるようなやらかしをしたら同じ生徒会である私まで印象悪くなるだろうが……!考えて行動しろボケ……!!」

「あはは。可愛い顔が台無しだよ?」

「…………死ね」


 こう言いつつも、今井がそんな馬鹿な奴じゃないことくらいは分かっている。私はともかく、自分が損をするようなことはしないだろう。……いや、復讐に私の力が必要なら私にとって損なこともしないか。

 ……それにしたって不快なのに変わりはないが。


「そういえばさっき、瀬戸が来ないだろうって言ってたけど……多分来るんじゃないかな?」

「はあ?あいつ面倒くさがりだし、どうせ適当な理由つけて断ってるだろ」

「いやいや、意外と祭り大好きっ子かもよ?」

「んなわけないだろ」


 あいつが祭好きだなんて、そんなことあるわけない。




 ◆    ◆    ◆




「何だ、お前も来てたのか」

「………………」


 目の前の男を視界に入れた瞬間、思いっきりため息を吐いた。「何だ急に、失礼だな」なんて文句を言われたが知ったことじゃない。


「瀬戸、お前……本当に祭好きだったのかよ……」


 私の言葉に、瀬戸は怪訝そうな顔をした。


「何の話だよ。そんなこと言った覚えないぞ」

「俺が言ったんだよ。瀬戸は祭り大好きっ子なんじゃない?って」

「適当言うな。別に夏祭りが好きで来たんじゃない」

「じゃあ何で……」

「射的とか金魚すくいで目立てるからに決まってるだろ」

「…………ぶれないな、お前」


 相変わらずの理由だった。だけどそれで目立つって難しいし、何より地味じゃないか?……まあ、瀬戸がそうしたいならいいけど……。

 それより、と瀬戸が私をジロジロ見て口を開いた。


「お前、浴衣着てきたんだな。めんどくさがって着ないと思ってた」

「クラスの女子に浴衣で来てほしいって頼まれたから仕方なく……。そういうお前らこそ浴衣着てるじゃん」

「まあ、俺達も似たような理由だよ。せっかくの夏祭りだから浴衣で来てほしいってさ。浴衣なんて持ってなかったから急いで買っちゃったよ」

「本当に夏祭りの経験ないのか……」

「あれ?瀬戸に言ったっけ?」

「クラスの女子から聞いた」

「お喋りだねぇ」


 まさか生徒会が揃うとは……。

 ……いや、待てよ?生徒会で揃ってるってことは……クラスメイトと関わらず素で過ごせるかもしれない。今井達がいるなんてめんどくせぇと思ってたけどこれは意外と良いかも……?


「それじゃあ私と一緒に_______」

「悪いがクラスメイトと回る約束してるから。またな」


 瀬戸は私の言葉を遮ってクラスメイト達の元へ向かってしまった。その場に残ったのは今井だけ。

 ……よりによって今井かよ。まだ瀬戸のほうがずっとマシだった。……まあ、でも。


「あれ?橘は行かないの?」

「……クラスの奴らの相手をするより、お前と過ごしたほうが多少マシだからな」

「素直じゃないなあ」

「うるせぇ」


 高校生なんて男女限らず恋愛話に一等興味がある時期。私と今井が少し離れたところで話していたら、クラスの奴らはきっと「二人はそういう関係なのかも」と勝手に気を遣って話しかけてこないだろう。こいつとそういう関係だと勘違いされるなんて本当なら嫌だが、静かな時間を過ごす為ならそれくらい我慢してやる。

 遠くで騒いでいるクラスメイト達を眺めていると、今井が何か思いついたのか「ちょっと待ってて」とどこかへ走って行った。

 少し経って、両手にりんご飴を持った今井が帰ってきた。


「はい、これ」

「え?何でりんご飴?」

「夏祭りといえばりんご飴って聞いたんだけど……」

「どこでだよ……。あ、いやそれよりお金だな。悪い、返すわ。いくら?」

「別にいいよ。俺が勝手にしたことだし」

「いや、そういうわけには……」

「じゃあ、お礼しないのとお礼にキスするの、どっちがいい?」

「う……わ、分かった。……あ……ありがとう……」


 まさか今井がそんなことをしてくれるとは思ってもいなくて、お礼の言葉が少しぎこちなくなる。

 ぎこちないままかじったりんご飴が何だかすごく甘くて、気持ち悪いような、苦しいような、よく分からない感情が胸を満たした。……今井に親切にされて気持ち悪いと思ってるんだ。きっとそう。


「……っていうかいいのかよ」

「うん?何が?」

「お前、夏祭りを体験したくて来たんだろ。なのに屋台回らずここにいるなんて勿体ないじゃん」

「いいんだよ、これで。言ったでしょ?どうでもいい人と過ごすなんて嫌だって。どうせ同じ時間を過ごすなら好意を持ってる相手がいいと思うのは当然のことじゃないかな」

「下手くそ。嘘吐くならもっとマシな嘘吐けよ」

「まだ信じてくれないの?悲し~」


 ……やっぱりこいつと一緒にいるんじゃなかった。ストレスが溜まっていく。何でこいつは生徒会のメンバーなんだろう。そうじゃなければすぐにでも(社会的に)殺してるのに。

 今井のからかいにイライラしつつ、ふと思い出した「あること」を聞いてみることにした。


「そんなことより。ちょっと気になってたことがあるんだけど」

「気になってたこと?」

「夏祭りで聞くことじゃないだろうけど……」

「いいよ。俺が答えられることなら」

「……お前、前に言ってたよな?「復讐したい相手がいる」「そいつに人生をめちゃくちゃにされた」って。でも、常にヘラヘラして人をからかってるようなお前が人生めちゃくちゃになったなんて少し信じられなくて。だから、今井が良ければそのことをもっと詳しく知りたいんだ」


 今井が通っていた中学校ではいじめは無かった。そして親戚に虐待されているということもない。至って普通の人生を送っているように見える。だからこそ復讐したいほど誰かに何かをされたという話にはあまり信憑性がないのだ。

 今井は少し考え込むと______あの時と同じ暗い表情を浮かべて口を開いた。


「まあ……それくらいならいいよ。どうせ終わったことだし」


 手元のりんご飴を一口齧り、重々しい雰囲気で話し始めた。

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