第17話 恋バナ……?
「………………」
「………………」
…………気まずい。だけどその気まずい空気を生んでいるのは紛れもなく俺だ。橘は優しいやつだから、女子が苦手な俺に気を遣って話しかけないでくれているんだろう。俺はそれに甘えてずっと無言でついて行ってるだけ。
馬鹿野郎!男なら女子が楽しめるような話題の一つや二つ出せよ!……いや、それができてりゃ苦労しないんだけど……。
「…………」
でも、橘なら……どんな話題を出しても笑顔で答えてくれるだろうか。所々詰まっても、あの優しい笑顔で「ゆっくりで大丈夫ですよ」と待ってくれるだろうか。
「(…………って、そういうところがダメなんだって!!)」
すぐ橘の優しさに甘えようとすんな!俺の馬鹿!!と、とにかく橘が楽しめそうな話題を……。
…………って言ったって何も思いつかない。女子が喜ぶ話ってなんだ?スイーツとかオシャレとか?でも俺そういうの興味ねぇし、面白いと思ってないのに無理矢理話したって橘もつまんないだろうし……。
____ああくそ!こういう時に霧野がいれば困らねぇのに!!
「…………あ、の…………た、橘って……何で…………せ、生徒会を……作ろうと思ったんだ……?」
考えに考えた末、絞り出して出た話題はそれだけだった。我ながらどうでもよすぎる話題で思わず頭を抱えた。何で相手が答えづらい話題をわざわざ出すんだよ、俺の馬鹿野郎!!いくら優しい橘でも苦笑いもんだろ!
だけど橘はまったく嫌な顔をせず「そうですね……」と考える素振りをした。
「やりたいことがあったから、でしょうか」
「やりたいこと……?」
「実は私、率先して動いたり、中心になって何かをしたりするの得意じゃないんです」
「い……意外、だな……」
橘は気付けばいつも人に囲まれてる。男女関係なく、誰かが傍にいるイメージだ。あまりにも当たり前のような光景だから、小学校や中学校からそういうポジションなのだと勝手に思い込んでいたが。
「ふふ。これでもシャイなんですよ?私」
冗談めいた声色で目を細めて笑う橘。その笑みにまた胸が締め付けられた。顔が熱くなっていくのが分かって余計に恥ずかしくなる。
「だけどずっと思っていたんです。高校生になったら、みんなを引っ張っていけるような人間になりたいって。だからちょっと怖かったけど……先生達に頼んで生徒会設立の許可を頂いたんです」
「……凄いな、橘は」
橘は、やりたいことやなりたいものに全力で向かっていけてる。だけどそれに比べて俺は……いつまで経っても立ち止まったまま。女子に対する苦手意識を克服したいってずっと思ってるくせに、結局高校生になってもこうして情けない姿を見せてばかりで。
どうすれば橘みたいになれるんだろう。どうすれば……。
「…………松葉さん」
「_______はあっ!?」
ずっと前を歩いていた橘は俺に駆け寄り、そっと手を握った。その温かさと感触に顔が沸騰するくらい熱くなるのが分かった。心臓も破裂しそうなくらい痛い。
「あ、あああ、あのっ、橘!?」
「誰にだって苦手なことはあります。私だって他にもいっぱい苦手なことあるし……だから落ち込まないで。ゆっくり克服していけばいいんですから」
「橘…………」
“まあまあ、霧野さん。そういうことはゆっくり改善していきましょう。無理に急かしても負担が掛かってしまうだけですし”
橘は俺のペースを大事にしてくれる。いつだってその柔らかい笑みで肯定してくれる。それがたまらなく嬉しい。今までどんな女子と関わってもこんな気持ちになったことないのに、どうしてだろう。
「……橘は……本当に優しいな……」
「私は優しくなんかないですよ。松葉さんも霧野さんも買い被り過ぎです」
「かっ、買い被りなんかじゃない!た、橘は……誰よりも優しいと……思う……!!今まであって来たどんな奴よりも……」
「………………」
褒めたというのに、橘は少し複雑そうな顔をして……俺からスッと離れて前を向いた。
「…………我ながらよくやってるな」
「……?橘……?」
何を言っているのか聞こえなくておずおず声を掛ける。だけど振り返った橘はいつもの笑みを浮かべていて。
「ふふ、そう言って頂けて嬉しいです。……あんまりお喋りばかりしていても良くないですよね、行きましょう」
「お…………おう……」
______それが何だか、少し怖く見えた。
自分でも馬鹿だと思う。橘は誰もが認める聖人で、彼女を怖いだとか悪人だなんて言うやつはきっといない。俺自身、橘のことはす、す……好き……だし……。優しくて良い奴だと思ってる。
それなのに……時々、今みたいに怖く思ってしまう時がある。多分俺が女子に慣れてないからそう思うんだろうが……不思議だな……そういうのとはまた違う気がする。
本当馬鹿だな、俺。橘が怖い奴なわけないのに。
◆ ◆ ◆
「ごめんなさい、遅くなってしまって」
段ボールを抱えて松葉と一緒に生徒会室に戻った。霧野にも謝りつつ作業に入る。すると霧野が松葉のほうを気にしながらこそっと耳打ちしてきた。
「なあ、橘さん。松葉とどういう話をしたんだ?」
「え?えっと……どういう話、とは?」
「橘さんも知っている通り、松葉は女子に対して人見知りするだろう?ちゃんと橘さんと話せたのか心配でな」
「ああ、なるほど……。むしろ松葉さんから話しかけてくれましたよ」
どうせ喋りかけてもビクビクされるだけだし面倒だからと喋らず行くつもりだったが、まさか松葉から話しかけてくるとはな。あれは少しビックリした。無理に喋ってたのか、他の女子より関わってるから何とか話せたのか、それは分からないけど。
「松葉から話しかけるなんて……これは相当惚れているな……」
「はい?」
「ああいや、何でもない。一つ聞きたいことがあるんだが……橘さんは松葉のことをどう思っているんだ?」
「…………はい?」
急にそんなことを聞かれて間抜けな声が出る。
何を言い出すかと思えば……松葉のことをどう思ってるか?なにふざけたこと聞いてんだこいつ?
困惑する私とは反対に、霧野は「突然すまない」と少し照れた様子を見せた。
「特に意味はないんだ。少し気になっただけで……」
「は、はあ。どう思っているかと言われても……大切なお友達だと思っていますよ?こんな私のことを優しいと言ってくださる人ですし」
「と、友達……」
……何でこいつが残念そうな顔してるんだ。
「えーと……じゃあ、橘さんは好きな人とかいるのか?」
「す、好きな人?」
「はっ!ま、まさか……今井か!?」
「まさか!今井さんはお友達ですし、そもそも好きな人なんていません」
「そ、そうか。なら好きなタイプとかあるのか?」
……何だこいつ。恋バナでもしたいのか?そんなタイプだっけ……いや、そんなタイプか。元から女にだらしないし。
それにしても好きなタイプか……。無難に言うなら「優しい人」とか?あとは「誠実な人」とでも言っておくか。そうしたら霧野、今井、瀬戸は候補から外れるだろう。どいつも誠実からはほど遠い。
「そうですね……優しくて誠実な人、でしょうか」
「優しくて誠実……」
「やはりいつまでも自分に一途であってほしいですから」
「そうか!それなら松葉は対象になるということだな?」
「…………そ……そう、なるん……ですかね……?」
思わず「は?」と言いかけて何とか呑み込む。
さっきから何なんだよこいつ。松葉のことやたら推してくるけど……私と松葉に付き合ってほしいのか?私に惚れただのなんだの言ってたこいつが?どういう心境の変化なんだ。いや、知りたくもないけど。
大体、松葉はそんな気ないだろ。他の女子よりは心を開いてるのかもしれないけど、恋愛とかそういうのではない気がする。
「無理強いはしないが……できれば松葉のことを気に掛けてやってくれ」
お前は親か。
「え、ええ……もちろん。松葉さんは大切なお友達ですから」
こんな面倒なことになったのは今井のせいだ。全部あいつのせい。
考えるのも面倒になった私はそう思うことにした。そもそも、今の私にそんな浮かれた話は必要ないんだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます