第16話 松葉の恋

「みなさん、お手伝いありがとうございます。松葉さんも、女子が苦手だというのに来てくださって嬉しいです」

「…………おう」


 相変わらず目を合わせない松葉。こんだけ関わっててまだ慣れねーのかよ、と呆れつつも早速準備に取り掛かる。

 今井と松葉は占いの館っぽい小物や装飾を作り、瀬戸と堀内はお化け屋敷の設計図から決めるらしい。

 私と霧野は劇の小物の制作はもちろん、一日で書き上げた脚本の添削もする予定だ。任されているとはいえ、演じる人間が不快に思ったり不満を持ったりすると困るからな。主役を演じる予定の霧野が問題ないと判断すればクラスメイト達も特に文句は言わないだろう。


「もう脚本を仕上げたのか!?流石橘さん!」

「いえいえ、そんな……それで、霧野さんに添削をしていただきたいのですが……」

「分かった!任せてくれ!」


 霧野は真剣な面持ちで本をペラペラ捲り読み込んだ。反応見るにそこまで悪くないようだが、話が進むにつれて困惑しているような表情を浮かべている。

 そして大体読み終えたのか、霧野は顔を上げて私に本を返した。その表情はまだ困惑のままだ。


「読み終わった。内容は素晴らしいと思うが……」

「何か問題が?」

「その……何故こういった内容になったのか気になってな。俺はてっきり、童話のような話だと思っていたものだから。まさか……いじめを題材にした作品だとは」


 いじめ、という単語に今井と瀬戸が少しだけ反応した。

 そう。脚本の題材は「いじめ」だ。それも妄想や捏造ではない、事実そのもの______真琴に対するいじめの内容だ。サッカー部のことや名前などは変えているものの、主人公である真琴の名前はそのまま使っているし、いじめの内容も全く同じものだ。文化祭の劇でやるにはかなり重い内容だろう。だけどあいつらに目にものを見せてやるにはこうするしかない。お前らのいじめを知っている人間がいるんだぞ、という警告を兼ねているからな。

 もちろん、そのせいでこの学校への入学を拒否する可能性があるが……おそらく林道の性格上逃げずに来るだろう。そして直々にいじめの内容を知っている人間を排除しようと考えるはずだ。林道さえ来ればこっちのもの。他の連中は後で始末すればいい。


「仰る通り、少し文化祭の劇にはそぐわない内容かもしれないのですが……最近、いじめに関するニュースが多いでしょう?この前も高校でのいじめが問題視されていましたし……なので、注意喚起も含めてどうかなと。もちろん重くなり過ぎないようコメディ要素も入れる予定ですが……」

「そうか……俺は良いと思うが……。…………」

「……まだ問題が?」


 本を見つめたまま何か真剣な表情で考え込む霧野。


「いや、問題とかそういうのではなくて……ただ、やけにリアルな内容だなと思っただけだ」

「………………」

「いじめの内容が詳細に書かれているが、どれも想像上の事とは思えないほどリアリティがある」

「……褒めていただけて嬉しいです。頑張って書いたのに、リアリティがないなんて言われてしまったら悲しいですから」


 真琴が書いた日記には相当詳しくいじめの内容が書かれていた。それこそ、読むのもつらくなるほどのものあった。だけど逸らしてはいけない。真琴がどういう目に遭ったのか、どんな苦しみだったのか。私は全てを受け止めなければならないのだから。


「それで、霧野さんには真琴という少年の役をしていただきたいんです」

「推薦してくれるのは嬉しいが……本当に俺でいいのか?主役なんて大層な役……」

「ええ。2組の中で一番安心して任せられるのは霧野さんですから」


 クラスメイトから多少の信頼を得ているこいつが中心となって動けば、生徒達もそこまで不満を持つことなく動いてくれるだろう。まあ、一人一人完全に把握してるわけじゃないから賭けみたいなものだがな。


「他の役はまた話し合って決めましょうか。今からは小物の制作に取り掛かりましょう」

「あ、まずいな」


 段ボールを取ろうと周りを見渡していると、今井が突然声を上げた。


「段ボールが足りないかも」

「あー、確かに……もうちょっと持ってくりゃ良かったな。しょうがねぇ、取りに行くか」

「うーん……だけど作業を止めるわけにもいかないから、俺はここにいるよ。橘と行ってきたら?」

「は、はあっ!?なっ、ななっ、何で橘と!?」


 今井の提案に顔を真っ赤にする松葉。

 こいつ……また面白がって面倒な提案してきやがって。


「今井さん、私は関係ないでしょう」

「でも段ボールはみんなで共有して使ってるわけだし、取りに行かないと橘達もいつまで経っても作業できなくて困ると思うけど?」

「……では瀬戸内さんも、」

「めんどくさい。それに三人も要らないだろ」

「ほらほら、作業時間減っちゃうよ?」

「…………行きましょうか、松葉さん」

「……お、おう…………」


 舌打ちしたくなる衝動を抑えて生徒会室を出る。

 ああくそ、また今井のペースに乗せられてしまった。しかも面倒なことに、段ボールが置いてある空き教室までそこそこ距離がある。走るわけにもいかないし……ああもう、本当面倒なことしてくれたな……!




 ◆    ◆    ◆




「……おい、今井」


 二人が出て行った後、霧野が苦い顔をしながら今井に声を掛けた。


「お前は面白いのかもしれないが、二人に迷惑だろう。今後ああいうのは止めたほうが良いぞ」

「そんな風に言われるのは心外だなあ。これは俺なりの親切だよ。松葉、橘のこと好きみたいだし?」


 今井の発言に一瞬目を丸くする霧野。しかし元から知っていたのか、それともなんとなく察していたのか、「分かっていたのか」と小さくため息を吐いた。その反応を見て今井は楽しそうに笑う。


「そりゃあ、あんなに分かりやすい態度取ってたらねぇ。他の女子に対する態度とは明らかに違うでしょ」

「やはりそうか……」

「君的には良いの?友達が同じ人を好きになるの」

「…………」


 霧野は少し考えて口を開いた。


「正直に言うと……俺としては嬉しいんだ。松葉が女子を好きになることは」

「へえ?嫌だとか嫉妬とかはないんだ?」

「全く、とは言えないが……そういう感情よりも嬉しさや安堵が勝つんだ。松葉は女子に対してはいつもいろんな意味で酷いからな、好意を持てる相手に出会えたのは良いことだ。それに俺はこの先どんな女性と出会っても好きになれるし恋愛をする機会は腐るほどある」

「自分で言うんだ」

「しかし……松葉は違う。あいつが恋愛をする機会なんて、もしかしたらこの先無いかもしれない。だから友達として応援したいんだ」

「応援、ねぇ」

「それになにより、あいつが好きになったのが橘さんで良かったと思ってるんだ。性格の悪い女子に惚れてしまっても、一度惚れたらあいつの性格上ハマっていくだけだろうからな。むしろ橘さんで安心した」

「……ふっ」


 霧野が言い終えるや否や、瀬戸内は小さく笑みを零した。それを聞き取ったのはすぐ傍にいた堀内だけ。しかし堀内にも、何故彼が笑ったのかは理解できなかった。今井も顔に出してはいないが、霧野の言葉に笑いを堪えている。

 好きになったのが美琴で良かった、なんて。本性を知っている二人からすればとてもそうは思えなかった。むしろ松葉を気の毒に思ってしまう。初恋が……いや、最初で最後の恋が美琴になってしまうかもしれないと、そう思うだけで思わず笑みが零れてしまう。


「(ああ、可哀想に。よりによって橘だなんて)」


 美琴はまだ好意を寄せられていることに気付いていない。しかし気付いたら最後、松葉も他と同じように利用しようとするだろう。惚れた相手に利用されていると知った時、彼は一体どういう表情をするのだろうか。今までに見たことがないほど絶望した表情を見せるのだろうか。

 今井も瀬戸内も、そんな未来を思い描いて胸を躍らせた。……だが。


「(でも橘って恋愛には疎いからなぁ……しばらく気付かなさそう)」


 美琴は他人の感情の詳細を読み取る能力に長けている。しかし恋愛のこととなると別だった。「真琴がいればそれでいい」と小学校、中学校と特に恋愛をしてこなかった美琴にはそういった感情がよく分からなかった。他人の恋愛はなんとなく察することができるが、自分の恋愛となると急に鈍感になってしまうのだ。

 もちろん、他人からの好意自体は察せられる。相手に好かれているか嫌われているかくらいの判別は容易にできる。しかしその好意が友情なのか恋愛感情なのか、そういった判別ができないのだ。

 なので、松葉からの好意もあまり分かっていない。特に松葉は相手が女子となるとオドオドする為、余計に「美琴に対しては特別な感情を抱いている」ということに気付きにくい。


「(俺が教えてあげてもいいけど……どうせ「松葉は誰に対してもああだろ」で終わる気がする)」


 今井に対して警戒心を抱いている彼女ならば、「今井の冗談か」の一言で終わりそうなものだ。


「うーん、残念!」

「何がだ!?」

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