第15話 浮かべた笑みの意味

「____『是非我が校の文化祭に参加していただきたく存じます』、か」


 教室の隅の席に座る男は、手元の紙に書かれた文を読み上げると小さい笑みを浮かべた。

 紙には大きく「案内状」と書かれている。その差出人は「篠崎高校」……もとい「橘美琴」だ。その名前を目にした男の笑みが深くなる。


「リン、どうした?すげー笑ってるけど」


 そんな彼に声を掛けてきた金髪の男、池ヶ谷 昌介いけがや しょうすけ。リンと呼ばれた少年_____林道 誠也りんどう せいやは案内状から視線を外し、彼の名前を呼びながら返事を返した。


「やあ、昌介。さっきまで女子と喋ってたのにどうしたんだ?」

「いや~……なんか連絡先交換しろってうるせーから逃げてきた。んで?何で笑ってたんだよ」

「特に理由はないよ。まあ、強いて言えば……楽しそうな予定ができたから少し喜んでいただけ」

「楽しそうな用事?あ、もしかしてそれのことか?」


 池ヶ谷の視線が案内状に移る。林道は一言、「ああ」とだけ答えて紙を渡した。

 彼は何でもない顔をしていたが、池ヶ谷はその案内状に書かれた名前を見て思わず顔を引き攣らせた。


「し、篠崎高校……?な、なあ、リン。この篠崎って、まさか……あの篠崎財閥の……?」


 顔を真っ青にして尋ねる池ヶ谷に、林道は間髪入れず「まさか」と否定した。


「あの篠崎財閥が高校を設立したとなればニュースにでもなるだろう?何も話題になっていないのだから、ただ名前が一緒なだけさ」

「そ、そうか……?でも……」

「篠崎なんて名前、いくらでもいるだろう。……昌介、君は少し神経質になり過ぎだ。真琴の件で不安になるのは分かるけれどね」

「い、いや……そういうわけじゃ……」

「気にすることはない。真琴は死んでいないし、ただ精神を壊しただけだ」

「えっ、精神壊してんの!?」

「そう。だからむしろ、余計なことを喋らない状態になったことを喜ぶべきだ。そうだろう?」

「……そうだよな……。俺、ちょっと心配し過ぎてたわ。悪い悪い」


 ホッとした様子の池ヶ谷を横目に案内状へ視線を戻す林道。

 ____本当は知っている。篠崎高校を設立したのが篠崎財閥であることも、その高校のトップにいるのが篠崎美琴であることも。だが彼らにそれを言うつもりはなかった。


「(言ってしまったらつまらない)」


 自分達がいじめた男が関わっている高校だと知れば、彼らはきっと「行きたくない」と断るだろう。それではつまらない。役者に勝手に降りられては困るのだ。林道の求めているものは、あの舞台上にあるのだから。


「(それに、もまだ舞台に上がっていないことだしね)」

「_____誠也!」


 林道がそんなことを考えていると、近くから可愛らしい女子の声が聞こえてきた。林道は「やあ」と軽く挨拶しながら視線を移す。


「どうしたんだい、苑原そのはら


 苑原と呼ばれた少女は楽しそうに目を輝かせながら林道と池ヶ谷の間に立った。


「誠也が楽しそうにしてるから、どうしたのかなって思って」

「おいしずく、俺のことはどうでもいいのかよ?」

「もう!そんなこと言ってないじゃん!いつもそうやってすぐ拗ねて……」

「二人とも、喧嘩しないようにね」


 彼女は苑原 雫そのはら しずく。サッカー部のマネージャーであり、常に林道達と一緒に行動している女だった。シルクのような美しい白髪に、月のような黄金の目。その美貌と落ち着いた性格は池ヶ谷達からかなり気に入られている。


「それでそれで?誠也は何で笑ってたの?」

「さっき昌介にも言ったんだけど……文化祭の案内状が来てね。楽しみだなと思っていただけだよ」

「案内状?どこから?」

「篠崎高校。最近出来た新設校だ」

「……篠崎……」


 篠崎の名前を聞いた途端、暗い表情を浮かべる苑原。その様子を見た池ヶ谷は慌ててフォローに入る。


「ああいや、篠崎つってもあいつとは何の関係もないから!ただの偶然!だからそんな暗い顔すんなって」

「え……そ、そうなの?ごめん……やっぱり気になっちゃって……」

「お前が気にする必要ねーじゃん。気にせず忘れろって」

「……でも……私が我慢していれば、篠崎くんは自殺なんてしなかったかも……」

「それは違うよ」


 苑原の言葉をハッキリと否定する声が響く。林道達が視線を移した先にいたのは、三人の男だった。

 先程苑原の言葉を否定した緑髪の男が眼鏡を上げながら前に出る。


「あんな下衆野郎の為に、苑原さんが我慢する必要なんてどこにもない。悪いのは全部あいつなんだから」

「和樹くん……」

「だよねぇ。むしろ何で死ななかったの?って感じ!」

「か、薫くん。それは言い過ぎだよ……!」


 樋口 和樹ひぐち かずき佐原 薫さはら かおる。彼らもまた、林道達と同じサッカー部のメンバーだった。彼らは真琴のことを良く思っていないらしく、彼の話題が出るとこうして好き放題言いまくっている。

 そんな二人を横目に黙りこくっている男が一人。林道はそんな彼に声を掛けた。


しゅん、どうしたんだ?具合でも悪いのか?」

「えっ……あ、ああいや、何でもない」


 須藤 俊すどう しゅん。彼も当然サッカー部のメンバーなのだが、彼は他のメンバーと違い、真琴の話題が出ると黙ってしまう。それが嫌悪からなのか罪悪感からなのかは定かではないが。


「何だよ、もしかして訴えられるかも~って心配してんのか?」

「いや、別にそういうのじゃ……」

「そんなに心配しなくても大丈夫!あの件はリンが解決してくれたし!ねっ?」

「ああ。真琴の件を知っているのは校長とサッカー部だけだ。口止め料も払っているし、漏れる心配はない」

「流石金持ち!やっぱ持つべきものはリンだよな!」


 実のところ、林道は篠崎財閥と並ぶのほどの有名な大金持ちだった。その名を聞けば誰もが驚くほど。だからこそ、真琴が自殺未遂をした事件も容易に隠蔽できたのだ。


「…………そうだな」


 変わらず暗い顔をする須藤。しかし池ヶ谷達は気にも留めず案内状の話へ話題を変えた。


「リンが行くなら俺も行こうかな~?」

「僕も僕も!」

「なっ……!ず、ずるいぞ!僕だって行きたい!」

「俊くんは?行く?」

「……ああ」

「てか結局全員じゃん。雫も行くだろうし」

「勝手に決めないで!行くけど!」


 ガヤガヤと騒ぐ五人を張り付けたような笑みで見つめる林道。それに気付いているのは須藤だけだった。

 ____須藤は林道という人間を恐れていた。いつも柔らかい笑みを浮かべていて、みんなを引っ張ってくれる存在。皆、彼のことをそんな風に評価していた。しかし須藤は知っている。その笑みが嘘っぱちであることも、他人に微塵の興味も持っていないことも。いつも考える。騒ぐ自分達を見て林道は何を思っているのだろう、と。滑稽だと笑っているのか、それとも何をしていようとどうでもいいのか。

 何も読めないその表情が、須藤は酷く怖く苦手なのだ。


「____須藤」

「っ……!!」


 他の四人が聞こえないほどの声量で林道に呼びかけられる。その呼び方に冷や汗が流れた。

 これは須藤以外の四人も知っていることだが、林道は基本的に須藤達のことを名前で呼ぶ(苑原は何故か例外だが)。しかし林道は時々彼らのことを苗字で呼ぶことがある。彼が苗字で呼ぶ時は、機嫌が悪い時か良からぬことを考えている時のどちらか。つまり、どっちにしろ須藤達にとっては避けたい状態なのだ。

 今の話の流れでどうして不機嫌になったり良からぬことを考えるのかは分からなかった。しかし今、重要なのは林道の機嫌を損ねないことただ一つ。須藤は言葉選びを間違えないよう、必死に頭を回転させた。


「さっきからずっと暗い顔をしているな。そんなに真琴のことが気になるか?」

「いっ……いや……その……」

「ふふ、まあ無理もないか。君は真琴と仲が良かったようだからね」


 それはお前もだろ、と言いかけた口を閉じる。須藤は、どうして林道が真琴をいじめていたのか、その理由を知らない。聞いたこともないし聞こうと思ったこともない。

 林道にとっていじめは、ただの暇潰しなのだろうと……そう思ったから。


「だけど後悔しても遅いぞ。君は真琴をいじめた。裏切った。_____自殺の後押しをした。その事実が消えることはない」

「………………」

「罪悪感を感じてるんだろうけれど……真琴を心配する資格が君にあるかい?」


 被害者面するなよ、という林道の言葉に言い返せず黙り込む須藤。その様子を見て、林道はただ薄っすらと笑うだけだった。


「______なんてね。悪いな、俊。あまりにも暗い顔をしているからちょっとからかいたくなってしまった」

「……いいよ、別に……」

「それに_____今更後悔したところで舞台からは降りられないのだから」


 林道の言葉の意味を聞こうとして_____やめた。林道の思考や言葉なんていくら考えたところで理解できやしないことも分かっていたから。


「ふふ……本当に楽しみだね」


 林道は案内状を愛しそうに見つめながら柔らかな笑みを浮かべた。

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