第14話 文化祭の準備

「それでは文化祭の出し物を決めたいと思います。案がある人は手を挙げてください」


 再び復讐を誓ったあの日から一か月。私は気持ちを切り替えて文化祭の準備に取り掛かることにした。とりあえずクラスの出し物はみんなで話し合って決めることに。ま、何になろうが復讐に利用させてもらうけどな。


「はいはい!私はカフェが良いと思います!」

「お、いいじゃん!俺もそれで!」

「えー?せっかくならお化け屋敷にしようよ!」

「いやいや、ここは出店にしようぜ?」


 様々な意見が飛び交い、どれがいいか熱く語り合っている。定番どころばかりだな……まあいいけど。

 でもお化け屋敷は結構いいかもな。相手に恐怖を与えられるのは中々高得点だ。


「橘さんは何か希望とかある?」

「え?」


 突然話を振られ、困惑の声を上げる。どうやら女子達は私の意見も聞きたいようだ。


「そうですね……。…………劇とかどうでしょう?」


 少しの間考え込み、思い付いたものを口に出す。私の回答に、クラスメイトは「劇?」と首を傾げた。


「せっかくの初文化祭ですし、少し凝った劇をやるのはどうかなと……。脚本も私達で考えてみるとか楽しそうじゃないですか?」


 満面の笑みを浮かべて提案してみる。

 劇か……我ながら良い案かもしれない。だけどただの劇じゃつまらないな。それこそ復讐に絡めたものがいい。林道達が顔を真っ青にするような、そんな内容の。


「劇か……いいじゃん、楽しそう!」

「流石生徒会長!」

「それでいこうぜ!」

「え……みなさん、いいんですか……?」

「もちろん!普通に楽しそうな内容だしね」

「……ありがとう。それでは2組の出し物は劇に決定で」


 黒板に書かれた「演劇」の文字に密かにほくそ笑む。まさかこうも簡単に思い通りにいくとはな。


「それで、脚本はどうするんだ?みんなで考えるっつったって、俺はそういうの苦手だし……」


 前の席に座っていた三宅に聞かれ、少し考え込む。フリだがな。

 脚本は演劇をすると決まった時から既に考えてある。……正直、本当にその内容でいくかどうか迷ったけど……本気で復讐したいのなら、あいつらに目にものを見せてやりたいのなら……迷わずやるしかない。


「あ、そうだ!でしたら、脚本は私に任せてください」

「橘に?」

「実は昔からお話を考えるのが好きでして。どうしてもやりたい内容など無ければ私に任せていただきたいんですが……」


 私の提案に、クラスメイトは各々目を合わせて相談し合っている。だけどその表情に戸惑いや嫌悪はない。_____結果は分かりきっている。


「もちろんいいよ!」

「生徒会長なら良い話書いてくれそう」

「橘さんにお任せします!!」

「みなさん……ありがとうございます」


 体育祭や普段の行いで信頼度を上げているとはいえチョロ過ぎて逆に心配になるな。そんなんで社会に出て大丈夫かよ?

 ……と思ったが、よくよく考えてみれば私がそういう人選をしたんだっけ。失念していた。









「と、いうわけで無事決まったぞ」

「俺のところも決まったよ。瀬戸は?」

「なんとか……まあ、王道なものだからそう苦労もしなかったが」


 よしよし、出だしは順調のようだ。


「出し物を決めたはいいけど……ちゃんと利用できるの?」

「できるから任せたんだよ」


 もちろんやろうと思えば生徒会の力で出し物を無理矢理決定することはできた。だけどそれじゃあ一部の生徒は不満を持つだろうし、なによりこんな序盤からそんな絶対的な力に頼ってるようじゃ復讐なんてできない。これが最善だろう。


「橘のクラスは何にするんだ?」

「オリジナルの劇だ。復讐相手が察せられる程度の内容のな」

「復讐に向けて動くわけだな」

「ああ。……あいつらなら必ず来る。それを利用しない手はない」

「ついでに、来年の生徒会メンバー候補を探すんでしょ?」

「余裕があればな」


 私の目的は復讐。生徒会メンバー候補なんて後回しで良い。こんな最高の機会を中途半端にするなんて絶対に嫌だからな。


「ちなみに俺のクラスはお化け屋敷だ。自分の手を汚さず相手を怖がらせられる最高の出し物だろ?」

「俺のところは占い。ちなみに占うのは俺だよ」

「占い?またマイナーなものを選んだな」

「いやいや、意外とお化け屋敷よりも精神攻撃できるかもよ?」

「お前ら……本当良い性格してるな……」


 今井がニヤリと悪い笑みを浮かべる。瀬戸は相変わらずほとんど表情が変わっていないが……どこか楽しそうにも見える。全く……こいつらは本当に楽しそうでいいな。私も気楽にやってみたいよ。

 にしても、こういう時は2人と別のクラスで良かったと心底思う。同じクラスだと少し動きづらいし。


「(それじゃあ、手伝ってもらうやつを決めるか……)」


 そうだな……そこそこクラスから人気を得ていて私の手伝いを任されても不思議じゃない、それでいて私に対して友好的な……疑うことを知らなさそうな、そんな人間を指名したい。

 ……なんて、そんな都合の良い人間がいるわけがないか。


「…………ん?」




 ◆    ◆    ◆




「手伝い?」


 首を傾げると、橘さんは「ええ」と小さく頷いた。どうやら、文化祭の出し物の準備を手伝ってくれる人を探しているらしい。その手伝いに選ばれたのが俺、ということか……?

 確かにうちのクラスは演劇で、その主役は俺になるかもしれないという話だった。だから、というのも少し不思議な話だが。


「何故俺に……?」

「霧野さんはクラスからの支持が厚いので、適任かと」

「初耳だが……」

「何だかんだで、信頼されていますよ」

「そうなのか……?」


 何だか納得できなくて首を捻るが、橘さんは相変わらず天使のような笑みで「そうですよ」と肯定してくれた。……橘さんがそう言うなら信じるか。


「それに、霧野さんになら大事な準備も任せられると判断したんです。良ければ手を貸してもらえませんか?」

「そういうことなら、まあ……。……ん?待てよ?」


 ふと、俺の脳裏にある可能性がよぎる。


「手伝いということは……橘さんと共同作業を!?」

「まあ、そういうことになりますが……」

「よっっっしゃ!!!」

「……そこまで喜びます?」


 ふふ、と笑う橘さんは本当に綺麗だった。その綺麗さに、松葉の言ってた『怖さ』は感じない。

 あいつは何故か、橘さんの笑みに対して「少し怖い」と怯えていた。理由を聞いても「上手く言えないけど、何となく」なんて曖昧な言葉ばかり。だけどあの松葉がそこまで言うなら橘さんには何かあるのかも……?なんて少し気に掛けていたが。

 やっぱり松葉の思い違いじゃないか。彼女の笑みに悪意も下心も感じない。まぁ松葉は女子が苦手だからな……疑心暗鬼になるのも仕方ないか。


「それで……霧野さん、いいですか?」

「もちろんです!橘さんの為……ああいや、文化祭の為に!全力で働きます!!」


 手を掴んで笑いかけると、彼女は困ったように笑い返した。


「ありがとうございます。では放課後、生徒会室に来て下さい」

「作業はそこで?」

「はい。ではまた後で……」


 橘さんは頭を下げて去って行った。もうすぐ昼休みも終わるし、同じクラスなんだから一緒に帰ればいいのに……。まあ、橘さんは生徒会長だから忙しいのかもしれないな。それなら仕方ない。


「ふふ……放課後が楽しみだな!」


 少しでもお近づきになれたら嬉しいのだが……それはまだ気が早いだろうか?




 ◆    ◆    ◆




「手伝いだあ?」

「そう」


 今井は相変わらず何を考えているか分からない笑みで頷く。

 どうやら、文化祭の出し物が決まったからその手伝いをしてくれる奴を探しているらしい。うちは確か占いのくじ引きだったよな?その準備を手伝ってほしいってのは分かるんだが、それで何で俺が選ばれるんだ……?

 意図が分からず首を傾げる。


「何で俺なんだ?」

「君、周りからの信頼厚いでしょ?サッカー部のキャプテンだし」

「どういう選び方だよ……。いやまあ、別にいいけど……手伝うにしても部活がない日しか無理だぞ?」

「別に構わないよ。生徒会室もそう頻繁に使えるわけでもないし」

「……生徒会室?」

「そ。細かい作業は生徒会室でやる予定なんだ」


 文化祭の準備を生徒会室で?よく分かんねぇな。

 いや、それよりも。生徒会室に行くということは……。


「…………橘……」


 ポツリとあいつの名前を呟く。……生徒会室ってことはあいつも……まあ、いるよな。あいつと一緒に作業……。

 考えれば考えるほど顔が熱くなる。


「ん?何か言った?」

「!!い、いや!何でもねぇ!」

「ふーん、そう。で、どうするの?」

「……いいよ、引き受ける」


 俺はクラスメイトとして力を貸すだけだ。決して橘は関係ない。


「そっか、ありがと。なら明日の放課後、生徒会室に来てね」

「もう作業すんのか?」

「あんま時間ないしね。ま、生徒会長の都合次第かなあ」

「………橘も……いんのか?」


 気付けば、そんな質問をしていた。我に返って慌てて口を押える。俺、今……何て言った………?


「橘?もちろんいるけど……。橘に用でもあるの?」

「い、いや!!そういう、わけ、じゃ……」

「ああ、そういや松葉って女子苦手なんだっけ。どうしても気になるんだったら本人に言いなよ」

「お、おう……」


 小さく頷くと今井は「じゃあね」と去って行った。もうすぐ昼休み終わるってのに帰らねぇのか?……変な奴。

 ……つーか最近、橘のことばかり考えてる気がする。初めはただ、女子が苦手だからだと思っていた。あいつを見かける度に気になるのも、すれ違う度に胸が締め付けられるのも、全部そのせいだって。


「…………そういうのじゃない、よな……多分……」


 普段鈍いと言われる俺でも分かる。この感情の名前も、意味も。ただ分からないフリをしてるだけだ。



“松葉さん”



 __________いつまで経っても、あの笑顔が頭から離れない。




 ◆    ◆    ◆




「…………何でニヤニヤしてんだよ。気持ち悪いな」


 生徒会室で瀬戸と一緒に今井を待っていると、奴はいつも以上に嫌な笑みを浮かべながらやって来た。「おもちゃを見つけた」みたいな顔に少し寒気を感じる。何でこんなに楽しそうなんだ?こいつ。


「……まあいいや。で、二人とも誰を誘った?」

「俺は堀内を誘った。クラスの中で一番言うこと聞きそうだったし」

「俺は松葉だよ。クラスで信頼されてるし、扱いやすいしね」

「私は霧野。チョロいし言うこと聞きそうだったから」

「……みんな理由が似たり寄ったりだな」

「ま、疑い深い奴らじゃなくて楽だわ。助かる」


 堀内とはほとんど関わっていないからあまり知らないが、瀬戸が誘ったということは相当なお人好しなんだろう。松葉も、私に対して過剰に反応するだけで他は特に問題ない人間だ。


「いや~、松葉と会うの楽しみだね」

「はあ?何で松葉?」

「あれ、気付いてないの?君って意外とそういうことには鈍感だったり?あ、それとも……気付かないフリをしてるだけかな」

「だから何のことだよ……松葉がなんか言ってたのか?」

「…………」


 今井は驚いたように目を丸くしていたけど、すぐにいつもの笑みに戻って「さあ?」と立ち上がってドアに向かった。意味が分からず瀬戸に目を向けるが、「俺に聞くな」とでも言いたげに首を横に振られた。

 ……一体なんなんだ、あいつ。

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