第13話 復讐の同志

「と、いうわけで」


 大量のアンケート用紙を机に置いて腕を組む。


「体育祭はかなり好評だったぞ」


 そのアンケートは体育祭についてのもの。後日、生徒達に体育祭の評価をしてもらったのだ。多少改善点は見られるものの、それを上回るほどの好評っぷり。これは大成功と言っても過言ではないだろう。

 今井と瀬戸もアンケートを見て「おお……」と少し嬉しそうに声を漏らした。


「これで生徒会の評価も上がっただろ」

「ようやく俺が正しく評価されるってわけか」

「何言ってるの瀬戸。あんなに目立ったんだからしばらく告白ラッシュになるよ」

「……めんどくせぇ」

「目立ちたいっつって全力出したのはお前だろ……」


 どう考えても自業自得だ。


「体育祭が成功した……となれば次は文化祭だ」

「は?もう文化祭の話をするのか?」

「流石に早くない?文化祭って10月とか11月にやるもんでしょ?今から四、五か月もあるけど」

「あのな……体育祭の時も言っただろ?うちは新設校だから何事も慎重に、確実にやらなきゃいけないって」


 普段から気を付けておくのはもちろん大事だが、一大イベントは特に力を入れないと。

 普段の学校生活……つまり日常の細かいところを見ている生徒は少ない。大体がイベント事に目を向けている。そのイベントが上手くいかなかった場合、普段ちゃんとしていてもヘイトが向いてしまう可能性があるのだ。そうならない為にも事前に準備しておくことは必須。


「体育祭の時と同様、実行委員を決めてクラス事の出し物を決めといてくれ」

「出し物ねぇ」

「先に言っとくが!文化祭は体育祭と違って他の高校や中学校、なんなら保護者も来れるんだからくれぐれも変な出し物は絶対に_____」


 と、そこまで言ってあることに気付く。

 ……そうだ、文化祭は中学生も来れるようにしている。なんなら新設校ということもあって、いろんな学校に案内状を出す予定だ。そしてその対象には_____真琴が通っていた学校もあったはず。


「…………」

「……?橘、どうした?」

「やだなあ。そんなに心配しなくても変な出し物にはしないって」

「違ぇよ。を思い付いただけだっての」

「「良いこと?」」


 奴らが来るという確証はない。だが林道の友好的な態度からして、私が案内状を出したと知ればおそらく来るだろう。癪だがこの際なりふり構っていられないんだ。


「初めての文化祭を盛り上げる、最高の計画だ」


 こんな絶好の機会……利用しない手はない。


「あらら、悪い顔しちゃって」

「もしかして……復讐関連か?」

「そりゃそうでしょ。こんな凶悪な顔する理由、それ以外ある?」

「合ってるけど一言多いんだよ!……まあそういうわけだから、出し物も林道達に向けたやつにしたい。のでなんとか頑張って誘導してくれ」

「俺達に丸投げかよ……」

「急に雑だなあ」


 そんなこと言われても「頑張ってくれ」としか言えないんだからしょうがないだろ。まあ、それは私にも言えることだけど……。どうやって出し物を誘導するか考えとかないとな。

 しばらく三人で話し合って候補を出そうかと考え始めた時、ふと時計を見て少し慌てる。やべっ、もうこんな時間か。


「ま、すぐに提出しろとは言わない。一か月待つからいくつか候補出しといてくれ」

「え、もう帰るの?橘のことだから残って考えると思ったのに」


 鞄を肩にかけながら立ち上がる私に、不思議そうな顔をして聞く今井。


「別に急ぎじゃないし……なによりこの後、行く所があるんだよ」

「行く所?」

「弟が入院してる病院。面会時間も決まってるからその為にもさっさと帰りたい」

「病院って……弟くん、何かあったの?」


 今井の問いに「はあ?」と言いたくなったが、おそらく今井が言いたいであろうことを察する。「入院するほどのいじめがあったのか」とかそんなことかな。

 そういえば、今井達には真琴が精神を壊していること説明してなかったっけ。というかそこまで説明する必要もないと思ってたし。


「……いじめられて追い詰められた末に屋上から飛び降りたんだよ。命に別状はないけどな。ただ……。…………精神を壊して半分植物人間状態になってる」

「自殺未遂、か……そこまで酷いいじめだったんだな」

「……まさかそこまでやってるとはね」

「……私だって、真琴が引きこもりになったくらいだったらいじめっ子達を殴るなり訴えるなりして済ませてる。だけど……真琴は自殺しようとした。もうそんなぬるいやり方じゃ終われない」


 きっと林道達は殴っても訴えても反省しないし改心しない。いじめていた男が自殺未遂をしてもケロッとしているような連中だ、普通のやり方じゃ効かないことは分かりきっている。

 それなら同じような方法でやるしかないだろ?理不尽にいじめられるつらさ、苦しさ、そして____犯した罪の重さ。全てを嫌というほど分からせてやるんだ。


「_____ねえ、橘」


 林道達に対して怒りを燃え上がらせていると、今井が同じように鞄を持って立ち上がった。


「俺も一緒に病院行っていい?」

「…………は?」

「ちょっと弟くんの顔が見たくなってさ。いいでしょ?」

「お前……何企んでんだ?真琴に何かしやがったら殺すぞ」

「いや短気すぎでしょ。まあ安心してよ。真琴くんには何もしないって誓うから。決して茶化したり害を及ぼす為に行くわけじゃない。信じてほしいな」

「…………」


 こいつ、初めて話した時は全く興味示さなかったくせに……なんなら「弟のこととか知らないし」とか抜かしてたくせに。今更何だよ。

 ……まあいいか。何か妙なことをしようとしたらぶん殴ればいい。


「チッ……変な事したらマジで殺すからな」

「はいはい、分かってるよ」




 ◆    ◆    ◆




 受付の人と少し話してから病室へと向かう。その間、今井はずっと無言のままだった。


「……ここだ」


『篠崎真琴』と書かれている病室をゆっくり開く。大きいベッドに横たわる真琴。その姿は何度見ても慣れない。……慣れたくなんてないけど。

 椅子に座って真琴の手を握る。だけど握り返してくれることはなく、虚しさと寂しさが襲ってくるだけ。そもそも真琴が起きていること自体かなり珍しいことで、看護師さんや先生いわく常に寝ているらしい。もし起きていてもずっと宙を見つめ続けるだけらしいが……。

 それでも生きているだけいいと思わないと。


「……なあ、今井」


 私はずっと引っかかっていたことを聞くことにした。今井のことだからきっと真面目に答えることはないだろうけど……それでも、誰かに吐き出したかったから。


「いじめは、いじめられる側にも問題があるってよく言うだろ?いじめられるような何かをしたんじゃないかって」

「そうだね」

「お前は……その主張を正しいと思うか?」

「…………」


 もしかしたら、真琴がサッカー部の子達に何かしてしまったのかもしれない。真琴は何も悪くない完全な被害者だ、なんて、私が信じていたいだけの自分勝手な妄想かもしれない。

 そう何度も思った。だけど……。


「もし正しかったとしても……真琴に何か問題があったんだとしても……いじめていい理由にはならないはずだ……!相手を傷付けたくなるほどの嫌なことをされたんなら、文句言って、喧嘩して、縁でもなんでも切ればいいだろ!?自殺させるほど追い詰める必要がどこにあるんだよ……!!」


 そこまでする必要がどこにあった?直接文句を言えばいいものを、数人で寄ってたかっていじめる必要がどこに?


「…………」


 今井は少し黙っていたけれど、ふいに「何言ってるの」と口を開いた。


「そんな馬鹿みたいな主張、正しいわけがないでしょ。どんな理由があったとしてもいじめは肯定されるべきじゃない。それは君にも言えることだけど」

「…………分かってるよ。私の復讐は……正しいことじゃない。言っとくが、私は自分のやろうとしていることが正義だなんて思ってない。どんな理由があろうと、他人の人生をめちゃくちゃにするなんて許されることじゃない。だから……この復讐が終わったらちゃんと罰を受けるよ」


 自分のやったことには責任を持つべきだ。だから……全てが終わったら、真琴の精神状態が戻ったら……必ず罪を償おう。


「……君って思った以上に復讐に向いてない性格してるよね」

「……え?」

「いや、なんでもない。それより勘違いしないでほしいんだけど、俺は別に君を責めたいわけじゃないんだよ。俺が言いたかったのは……弟くんや自分に非があるなんて考えなくていいってこと。いじめた側が100悪いのは当然でしょ」


 今井の口からそんな言葉が出てくるとは思わず、驚きで固まる。

 いつもあんなにヘラヘラしてるのに、今は真剣な顔してるし……何だか今井じゃないみたいだ。


「それで?林道……だっけ。そいつがどうして弟くんをいじめたのかは知ってるの?」

「……知らない。けど多分……暇潰しとか、お遊びとか、そんなくだらない理由なんだろうなと思ってる。なんなら理由すらないかもしれない」


 真琴のことを忘れていたくらいだ、恨みや怒りではないだろう。


「それはないよ」


 私の考えを今井はすぐに否定した。あまりにもハッキリとした声で言うものだからまた驚いてしまった。


「そんな適当な理由で……それこそ何も考えずいじめるなんてあり得ない。必ず何かしら深い思惑があってやってるよ。……案外、俺達が理解できないような気持ち悪い理由だったりしてね」

「……お前、まさか林道のこと知ってるのか……!?」


 まるで林道のことを知っているかのような口ぶりで話す今井に恐る恐る問う。

 こいつが通っていた中学校は林道とは全く別の所だ。同じサッカー部だったとはいえ、あんなに距離の離れた中学校同士が練習試合をするというのも不思議な話だ。つまりこいつが林道と知り合う確率はかなり低い。

 だけどもし知っているのなら……どうして知っているのか、どうやって知り合ったのかを聞く必要がある。



“……林道?”



 あの時の反応がなら______……。


「……あはは、そう怖い顔しないでよ。俺はただ、頭の切れる子なら理由もなく誰かをいじめたりしないだろうなって思っただけ。林道なんて名前聞いたこともないし、そんな珍しい名前なら絶対に覚えてるよ」

「……本当だな?」

「嘘吐いてどうするのさ。まあ、今のは誤解を招くような言い方をした俺が悪いけどね」

「……そうか」


 ……もし今井の言っていることが本当でも嘘でも、私の疑いはしばらく晴れないだろう。だってこいつは普段から冗談や嘘を平気でいうやつだから。

 ____でも……いじめのことを話す今井は真剣な表情をしていた。いつもの今井なら笑いながら「橘ってそんな風に弱気になることあるんだね」とか言いそうなのに。


「(……少しなら……信用してもいいのかな……)」


 人の不幸で飯食うようなやつだと思ってたけど、今井は私が思っている以上にそこそこまともな人間なのかもしれない。少なくとも……さっきまでの今井を見ていたらそう思ってもいいような気がする。


「…………そうだな……。大事な真琴くんに会わせてくれたわけだし、少し話しておこうかな」

「急にどうした?つーか話すって何を……」

「俺が橘の復讐に手を貸してる理由だよ」

「……!!」


 復讐に手を貸す理由って……確か……。



“面白そうだからさ。君の傍にいると退屈しなさそう”



 そう、そんな単純な理由だったはず。だけどこの言い方からして、本当の理由は違っていたのか。


「もちろん「面白そう」っていうのも本当だけど……俺も橘と同じだからだよ」

「……同じ?」

「復讐したい相手がいるってこと」

「…………え……」


 復讐、という単語にまた固まる。

 今井が……復讐?全然そんなイメージないのに。というか、私と同じこと考えてたなんて思いもしなかった。ただ興味本位で手を貸してるとばかり……。

 今井はフッと笑うと真琴を見つめながら話を続けた。


「いや、復讐はちょっと大袈裟かな。でも……そいつに人生をめちゃくちゃにされたのは間違いない。一時期はひっそり生きていこうとしてたけど……このまま好きにさせるのは癪だし、見返して泣かせてやろうと思ってね。その為にも君の力を借りようと思ったんだ」

「そんな理由が……。あー、聞いていいか分かんないけど、その復讐相手って……?」

「それは内緒。っていうか橘の知らない人だし」

「あ、それもそうか」


 つまり、「お前の復讐に手を貸すから俺の復讐にも手を貸せ」ということか。それは別に構わないけど……。


「ま、そういうことだから期待してるよ。俺の予想を超えるような、最高に楽しくて面白い復讐をしてくれるって」

「……はっ。舐めんな」


 いつもの笑みでそう言ってのけた今井に笑い返す。言われなくたって全力で復讐してやるさ。

 そう、全ては________真琴の為に。

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