第10話 林道という男
分けた紙の枚数を確認して小さく頷く。
「よし、完璧だな」
「……やっと終わったか」
「悪かったって。今度何か奢ってやるよ」
「奢りなんて要らない。どうせなら小説を買ってくれ」
「…………まあいいけど」
飯より小説かよ。まあ別に本一冊くらいいいけどさ。
呆れながらも帰るために鞄を持ってドアに向かう。廊下の窓から外を見てみると、さっきよりも少し陽が落ちているようだった。今から真琴のお見舞い、間に合うかな……。
◆ ◆ ◆
「そういえば……お前とこうして帰るの、初めてだな」
「ああ、確かに。今までは各々勝手に帰ってたもんな」
「……やっぱり一人で帰るのが一番良いな。本が読めない」
「お前……歩きながら本を読むなよ。事故るぞ」
こいつ、いつか本に集中し過ぎて轢かれるんじゃないだろうか。
「…………あ、本屋だ」
ふと視界の端に本屋を見つけて足を止める。
さっき本買うの約束したし、ここに置いてあったら買ってやるか。そう思って瀬戸から本の情報を聞いて中に入る。
「すみません、これください」
目的のものを見つけた私はさっさとレジに向かい会計を済ませた。これで貸し借りは無しだな。
本が入った袋を手に本屋を出た____その時だった。
「_____あれ?美琴さん?」
「………………は……?」
突然後ろから名前を呼ばれ、聞き覚えのない声に疑問を抱きながらも振り返る。そして____その血のような赤い髪が視界に入った瞬間、思わず固まってしまった。まるで時間が止まったような、呼吸できているのか分からないような。
____本当に、心臓が止まったかと思った。
「……お前……は…………」
……調査の結果、真琴をいじめていたのはサッカー部の五人。
一人目は
二人目は
三人目は
四人目は
そして、五人目は。
「お久しぶりです。僕のこと覚えていますか?」
_____いじめの主犯である、
「…………うん、覚えてるよ。林道誠也くんだよね」
他の連中は全く会ったことがないから、調べて出てきた基本情報くらいしか知らない。だけどこいつは一度だけ会ったことがある。まだ真琴が元気だった頃に家に遊びに来ていたことがあった。その時に挨拶したっきりだ。
あの時は「真琴に仲の良い友達ができて良かった」なんて能天気なことを考えていたが……まさかこいつが真琴のいじめの主犯になるとはな。
……どうして、なんて聞くつもりはない。どんな理由があったとしても許す気は微塵もないから。
「覚えてくださっていたんですね。良かった」
「……君こそ。私のこと覚えてたんだね」
「もちろんですよ。ふふ、こんなところで美琴さんに会えるなんて嬉しいなあ。美琴さんも本を買いに?」
「……ええ、まあ」
「美琴さんも本を読むんですね。何だか意外だな」
「……いや、私が読むわけじゃないの。友達にね」
「友達の為にわざわざ?美琴さんはお優しいですね」
……何でこいつはこんなにも普通に喋れるんだろう。真琴をいじめたくせに。真琴を自殺まで追い込んだくせに。
“『○月×日。林道くんから「そんなにつらいなら死ねばいい」と自殺を勧められた。姉さんが悲しむから嫌だと断ったら林道くんは「じゃあお姉さんがいなくなれば死ぬ気になるのかな」と笑った。怖い。何を考えているのか分からない。』”
______私をダシに、真琴を追い詰めたくせに。
「……?美琴さん、どうしました?」
何で平気そうな顔ができるんだ。何で、何で!
「…………林道くんはさ……真琴のこと、覚えてる?」
「……真琴?」
どうしてか、気付けばそんなことを聞いていた。
林道は私の問いに首を傾げ、少し考え込むと____変わらない薄ら笑いで「さあ?」と答えた。
「聞き覚えがないですね。美琴さんのお知り合いですか?」
「………………は?」
林道の言葉に思わず耳を疑った。
「サッカー部員……ではないですよね?部員の顔と名前は全員覚えてますから、僕が覚えていないということは部員ではないはず……」
「………………」
…………何を言ってるんだ?こいつは何を言ってる?
真琴を覚えていない?いや、そもそも知らない?そんなわけがないだろ。真琴はお前らに苦しめられてたんだ。お前が主犯だって日記に書いてたんだ。覚えてないなんて、知らないなんて、そんなの______許されるはずがないだろ。
「…………まえ…………お前っ!!!」
「えっ?み、美琴さん?」
「____おい、何してる!」
怒りのあまり我を忘れて林道の胸ぐらを掴もうとした……その時。後ろから腕を掴まれたせいでそれ以上進むことは叶わなかった。一体誰が邪魔してるんだと勢いよく振り向くと。
「……瀬戸……!!」
そこには、焦ったような様子の瀬戸がいた。
「戻って来るのが遅いから何してるのかと思って様子を見に来てみれば……お前、なに掴みかかろうとしてるんだ?」
「うるさい、離せ!!こいつはっ……こいつはなあっ!」
「おい、落ち着け!こんなところで暴れたら目立つぞ……!」
瀬戸の言うことは最もだった。ここで目立ってしまったら「篠崎高校の人間は粗暴だ」なんて噂を流されてしまうかもしれない。そうしたら今後にも関わる。
それでも……それでもこいつが許せなかった。真琴の苦しみを笑われているような気さえして。
「あの……美琴さん?どうしてそんなに怒っていらっしゃるんですか?もしかして僕、何か気に障るようなことを……?」
「はあ……おい、お前。橘の知り合いか何だか知らないが、とりあえず今日は帰ったほうがいい。今日の橘は少し……いや、だいぶ気が立ってるみたいだ」
「……あなたには話しかけていないんだけど。……まあいいか。美琴さん、すみません。今日のところは失礼します。____またお会いしましょう」
「!!おいっ!待て!!」
申し訳なさそうに去っていく背中を追いかけようと踏み出すが、やっぱり瀬戸の力には勝てずその場に留まったまま。そうして奴の背中はどんどん遠くなって行った。
行き場のない感情をどうすることもできず、拳を強く握りしめて俯く。
「行ったか……。おい橘、お前どうしたんだ?普段から口は悪いが……ここまで感情的になることなんてなかっただろ」
「………………」
「……弟関連か?」
「……ああ」
止められたことに対して怒りはまだあるが、瀬戸に迷惑をかけたことは事実だ。それにいずれ林道を知ることになるだろうし……素直に話しておいたほうがいいかもな……。
「……さっきのやつ、弟のいじめの主犯なんだよ」
「主犯……あれが?」
「一度しか会ってない私のことは覚えてるくせに、真琴のことは一切覚えてないなんて抜かしやがって……!!だから……思わず殴りそうになって……」
私のことなんて覚える必要ないのに……クソ野郎が。
「……ごめん。ついカッとなって……」
「別にいいが……。それにしてもさっきのやつ、何考えてるかよく分からないやつだな。笑ってるのに目は笑ってなかったし」
「…………そうだな」
確かに林道は何を考えているのか全く分からないやつだ。他の四人に比べるとかなり難しい。……だけど、それでも一つだけ分かっていることがある。
それは、やつにとって真琴のいじめは『お遊び』だったんだろうということ。恨みがあったわけでも嫌っていたわけでもない。ただ遊んだだけ。「暇だから」、「憂さ晴らしに」、「何となく」。そんなクソみたいな理由でいじめてたんだろう。
……上等だ。そっちがそういう態度を取るなら、こっちだってそうしてやるさ。
「(お前らの人生を______生徒会の『お遊び』で壊してやる)」
◆ ◆ ◆
「…………」
少年は先程までの出来事を思い出しながら歩いていた。後ろを振り向くがそこそこ歩いた為、自分に相当の怒りを向けていた彼女の姿は見えなくなっていた。
_____しかし。
「……ふふ。美琴さん、すごく怒ってたな」
彼女の表情を思い出して笑みを浮かべる林道。
学年が上がってからというもの……いや、厳密に言うと真琴が自殺未遂をしてからというもの、美琴と接触する機会は全く無かった。無理矢理機会を作ろうと思えば作れたが、林道はそれを望んでいなかった。
彼が求めるのはあくまで偶然という名の運命だけ。必然や絶対といったものは要らない。何もかも思い通りにして生きてきた彼にとって『決まったこと』などつまらないだけ。
だからこそ、美琴ともできるだけ『偶然』出会えるようにしていたのだ。
「あんな顔が見れるなら、真琴を追い詰めた甲斐があったというものだ」
篠崎真琴。己の欲の為に利用されてしまった可哀想で哀れな少年。自分さえいなければ幸せな人生を送れていただろうに、とまるで他人事のように林道は彼を哀れんだ。
「それにしても……橘、か。美琴さん、何をするつもりなんだろう」
自分の知っている彼女の名前と男が呼んでいた名前が一致しないことに疑問を抱く。決して自分が勘違いしているわけでも間違えて覚えたわけでもない。林道は、美琴が高校で偽名を使っていることをすぐに察した。その行為の意味を考える。
……だが、すぐにそれを止めた。
「まあ、何でもいいか。いずれは分かることだ。」
林道はいつもより楽しそうな笑みを浮かべ、高鳴る胸を押さえながら帰路へと着いた_____。
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