第11話 初めての体育祭

 あちこちで鳴るピストルの音に、密かに眉を顰めてテントの中からグラウンドの様子を眺めた。近くでバンバン鳴らすなうるせぇ。


「それは近くにいる橘が悪いんじゃないの?」

「考えてること読むんじゃねーよキモイな」

「酷いなぁ。顔に出てるから分かりやすいだけだよ」

「お前達隣で痴話喧嘩するなよ」

「痴話喧嘩じゃねーよふざけんな」


 イラっとして瀬戸の脇腹を軽く突く。

 今日は体育祭当日。そこそこ日が照っている中、いろんな生徒の協力のおかげで無事開催することができた。

 ……え?もう二か月経ったのかって?まあ二か月間特に何も無かったからな。全カットだ。


「それにしてもこの二か月間、ずっと暗い顔してたね。何で?」

「あ?……別に何でも……」

「林道とかいう弟のいじめの主犯に会ったらしいぞ」

「おいこら瀬戸!」

「……林道?」


 今井は林道の名前を聞いた瞬間、少しだけ目を見開いた。だけどすぐにいつもの胡散臭い笑みに戻る。


「それで?橘のことだからその子に掴みかかったりしたんじゃない?」

「なっ……」

「凄いな、今井。掴みかかって殴ろうとしてたんだ、こいつ」

「……しょうがないだろ。真琴のこと覚えてないなんて言われて冷静になれってほうが無理だっての」


 冷静さを失っていたのは認めるけど……。


「気持ちは分からなくもないけど……今日くらい忘れなよ。せっかくの体育祭なんだからさ」

「……まあ、そうだな。目の前のことに集中しないと」


 体育祭を成功させて生徒会の評価を上げる。今やるべきことはそれだ。林道のことは後で考えればいい。


「それでは生徒会長、橘美琴さんからの挨拶です。橘さん、よろしくお願いします」

「ええ、ありがとう」


 壇上に上がって体育委員の子からマイクを受け取る。

 挨拶なんて面倒だし今井や瀬戸に任せたかったが、生徒会長が何もしないってのも変な話だ。最悪、サボってるとか言われたら困る。今後の為にも橘美琴の印象は上げておかないと。

 視線と注目が集まる中、いつもの笑みを浮かべて話し始めた。


「生徒会長の橘美琴です。晴天の中、こうして無事体育祭を開催できたのは他でもない皆さんのおかげです。本当にありがとうございます。言うまでもないことでしょうが……怪我無く安全に、全力で楽しみましょう」


 運動した際の怪我ならいいが、喧嘩や揉め事で怪我なんてされたらウチの評価が下がる。それだけは絶対にするなよ、という忠告の意味も込めて言ったのだがおそらく誰もそのことは気付いてないだろう。まあいい、それに関しては教師に任せるか。既に数人には生徒の管理を頼んであるし。

 色々話し終えた私は一礼し、体育委員の子にマイクを返して壇上を降りた。「模範的なスピーチでつまんないな~」なんて抜かす今井にムカついたので脇腹を軽く殴っといた。


「借り物競争は午後だからだいぶ暇だな……確かお前らは100m走とリレーに出るんだっけ?」

「ああ。部活対抗リレーが無いならこういうところで目立たないとな」

「まだ言ってんのかお前……。ま、暇だししょうがないから応援してやるよ」

「へえ?可愛く「頑張ってください♡」とか言ってくれるの?」

「今井さん、頑張ってください♡」

「分かった分かった、俺が悪かったから思いっきり足を蹴るのは止めてくれない?」

「面白がって調子に乗るからそういうことになるんだぞ」




 ◆    ◆    ◆




「生徒会長。もうすぐ午前のプログラムが終了しますが、昼食が許可されている場所はこのリストに載っている分で間違いないでしょうか」


 前日までにやらかしやミスが無いよう徹底的に仕事していたおかげでまあ暇だった午前。聞かれたことや確認に来た放送委員に答えるだけの仕事に眠くなってあくびをしていたら、体育委員の子が昼食の場所の確認にやって来た。ああ、もうそんな時間か。

 ちなみに今井や瀬戸は100m走にて無事一位を獲っていた。特に瀬戸はクラスメイトから「瀬戸内くん凄いね!」と褒められたことが嬉しかったのか生徒会のテントで「やっと俺の才能に気付いたか……」とドヤ顔をかましていた。


「で?昼食はどうすんだ?サッカー部の連中で食うのか?」

「まあそのつもりだけど……なんだったら橘も来る?」

「……は?」


 今井の提案に目を丸くする。

 はあ?サッカー部の集まりに来いって?


「いやどう考えても迷惑だろ。喋ったこともない女子と弁当を一緒に食べるなんて気まず過ぎるだろうし」

「え~?じゃあ君、ボッチ飯で過ごす気なの?」

「友達の一人や二人いるわふざけんな殺すぞ……!!」

「あはは、冗談だって。でも別に気にする必要ないんじゃない?サッカー部には君のクラスメイトがいるし、松葉とか霧野みたいな知り合いもいることだし。そこまで気まずいことも無いと思うけど」

「それは……まあ……」


 確かにちょこちょこ知り合いはいる。霧野や三宅は毎日挨拶してるし、松葉に関しても廊下ですれ違う度挨拶してるから一応友達と呼べる……はず。それはそれとして気まずいことには変わりないだろ、と思うけど。


「まあ、いいんじゃないか?気まずいなら俺達と喋っていればいい」

「はあ……人の気も知らないで……」


 ……まあ、二人がそこまで言うなら行くか。









「と、いうわけで。すみませんがご一緒させていただきますね」

「なっ、な、ななっ……!!」


 教室に着いてサッカー部のみんなに笑顔で挨拶すると、近くにいた松葉が顔を真っ赤にしてフリーズしてしまった。軽く予想はしていたが、まさか本当にフリーズするとは。


「お邪魔してしまってごめんなさい。今井さんがと言うので……」

「別にどうしてもとは言ってないけどね」

「私は何度も断ったんですけどしつこく誘われたので、それならと……」

「今井、女子を強引に誘うのはあまり良くないぞ」

「君には言われたくないかな」


 しおらしく言うと霧野に注意される今井。ざまあみろ、私をからかうからこういうことになるんだよ。


「しかし、橘さんと一緒に過ごせるのはかなり嬉しいな。橘さん、良ければ是非一緒に食べませんか?」

「お誘いありがとうございます。ただ、もう今井さんや瀬戸内さんとご一緒する約束をしていて……」

「いいじゃん、霧野も一緒に食べれば。瀬戸は?」

「別にいいけど」

「じゃあ決まり。いいよね?橘」

「……もちろん!人は多ければ多いほど楽しいですから」


 気を遣うのが面倒だからと断ろうとしたのに、今井はそんな私の気も知らず了承してしまった。……いや、多分……というか十中八九分かってて了承したんだろうな。私の困る顔を見る為にわざと。

 チッ……まあいい。こいつらに媚びを売っとくのも悪くはない。お前の嫌がらせも利用してやる。


「せっかくだ、松葉も来いよ」

「___は!?お、俺!?い、いや、俺は別に……」

「いいからいいから!」


 霧野に強引に誘われてやって来た松葉。私は何人増えようが誰が来ようがさして気にしないが……。


「っ……!」


 ……松葉はそうでもないらしい。私を見て目を逸らしてしまった。

 女子が苦手なのは知ってるけどそこまで?目も合わせられないなんて、普段の学校生活どうしてんだよ。


「本当にごめんなさいね。せっかくサッカー部で集まって食べてるのに、部外者がこうして来てしまって……」

「いえいえ!お気になさらず!「どうしても」と誘われて来たのなら仕方ない」

「霧野さんはお優しいんですね……今井さんも少しは見習ってほしいですよ。あまりに強引なものだから……」

「!!ま、まさか……今井!お前も橘さんのことが好きなのか!?」


 霧野のよく分からない勘違いに、思わず私のほうが「はあ?」と言いそうになった。もちろん、普通は「そこまでしつこく誘ったということは好意があるのかも」と考えるのだろう。

 だけど今井が私に好意を持つなんてあり得ない。天地がひっくり返ってもない。今井が私に構うのは、単に面白いからってだけ。そこには好意も嫌悪もない。それが一番厄介なんだけど。


「ふふ……どうだろうね?」

「今井さん、冗談はやめてください。霧野さんが勘違いしてしまうでしょう」

「え~?冗談じゃないんだけどな」

「……霧野さん、お気になさらないでください。彼、人をからかうのが趣味なんです」

「そ、そうなのか……?」


 今井のからかいに呆れていると、黙々と弁当を食べ続けている松葉の姿が目に入った。少し気になって声を掛けてみることに。


「松葉さん、大丈夫ですか?」

「へっ!?なっ、何だ!?」

「え?い、いえ……全然喋らないので具合でも悪いのかと……」


 あまりにも過剰な反応を示すものだからこっちがビックリしてしまった。

 そんな私を見て霧野がフォローするように「ああ、気にしないでくれ」と松葉の背中を軽く叩いた。


「松葉は女子耐性が無いんだ。中学は男子校だったらしいし、兄弟も全員男らしくてな……見事に女子と関わらない人生を送ってきた悲しい男なんだ。すまない」

「何でお前が謝るんだよ!親か!!」

「中学で男子校って……わざわざ受験して行ったの?普通中学校ってそのまま案内された学校に行くものだと思うけど」


 今井の疑問に、松葉は少し言いづらそうに視線を泳がせた。


「……元々女子が苦手なんだよ……。小学校の時にちょっと色々あって……」

「へえ。トラウマ的な?」

「そこまで酷いモンじゃねーけど……まあ、そういう感じ」

「じゃあ何でこの学校に来ようと思ったんだ?共学なのは事前に分かってたし、推薦だって断れただろ」


 瀬戸の疑問は最もだ。女子が苦手でわざわざ男子校に行ったやつが、どうして高校で急に共学に来ようと思ったんだろう。元々何か実績がある学校ならともかく、うちは完全に新設校だ。自分達が一期生としてやっていかなければならない。

 それを分かっていて、どうして推薦を受けたんだ?


「そりゃ、新設校からわざわざ推薦が来たってなったら多少嬉しいし断りづらいだろ。……それに……俺だって男だ。多少苦手意識があるとはいえ、恋愛とか……その……そういうことに興味はある。だから高校で女子耐性つけようと思って……」


 松葉はそう言ってから私の顔を見て顔を真っ赤にした。

 あ、また顔逸らした。まあ今のは流石に女子の前で言うのは恥ずかしいか。


「そういう理由だったのか……。それにしてはクラスの女子と全然話せてないけどな」

「うるせぇ!!これでも頑張ってんだよ!」

「……あ、そうだ!」


 まるで「良いことを思い付いた!」とでもいうように霧野がパッと顔を上げて手を叩いた。


「お前が女子を苦手だと思ってしまうのはおそらく恐怖からだろう?嫌なことを言われたりこっちが傷付くような反応をされたらどうしようとか考えてしまって上手く話せないと見た」

「ま、まあ……大体合ってるけど……」

「それなら、まずは橘さんと仲良くしてみたらどうだ?」

「はあ!?」

「私ですか?」

「橘さんは優しいし他の女子ほどキャピキャピもしていない。女子耐性のない松葉の為に少し距離を置いて座ってくれる気遣いもある。そんな橘さん相手なら怖がらなくても喋れるようになるんじゃないか?」


 優しくてキャピキャピしてない、ね。なるほど、霧野からはそう見えてるのか。素の私と全然違うな。いやまあ違ってくれないと困るんだけども。

 今井と瀬戸はあまりの違いに笑いを堪えている様子。おいコラ、笑うんじゃねぇ。自分達が素でやってるからって他人事みたいに面白がりやがって。後で死ぬほど仕事増やしてやる。

 まだ笑いを堪えている二人に苛ついている傍らで松葉は顔を赤くしながら口をもごもごさせていた。


「た、橘は……その……なんていうか……緊張するから無理っていうか……」

「無理……」

「い、いやっ、違っ、そ、そういう意味じゃなくて!!」


 無理、という言葉に傷付いたような表情を浮かべると、松葉は慌てたように弁解し始めた。その様子が面白くて心の中で小さく笑う。

 やっぱりこいつはいろんな意味で面白い男だ。


「すまないな。松葉は多分「橘さんが美し過ぎて緊張して上手く話せない」と言いたいんだと思う」

「適当なこと言うなよ!!」

「だが実際そうだろう?」

「う……美し過ぎてっつーか……まあ……緊張して上手く話せないっていうのは合ってる、けど……」

「ほらな」

「まあまあ、霧野さん。そういうことはゆっくり改善していきましょう。無理に急かしても負担が掛かってしまうだけですし」

「橘さん……やっぱり優しい人だな」


 ただでさえ生徒会長だからっていろんな奴に話しかけられるのに、これ以上そういう奴が増えたら面倒ってだけだ。別に優しさとかそんなもんじゃない。

 そんなことを思っていると、今井と瀬戸がこっちに寄って来て小声で呟いた。


「やっぱりお前の猫被りっていつ見ても気持ち悪いな」

「別人過ぎてもはやホラーだよねぇ」

「黙れ。いつまでも笑いやがって」

「まあいいじゃん。ほら、そろそろ行かないと午後のプログラム始まっちゃうよ」

「……チッ」


 午後はリレーから始まる。それが終われば次は私が出場する借り物競争だ。その為の準備をしておかなければならない。今井の言うことに従うのは癪だが、これも体育祭を円滑に進める為……仕方なく従ってやろう。


「ごちそうさまでした。それでは私達はテントのほうに戻りますね。今井さん、瀬戸さん、行きましょう」

「……おう」

「ああ。また後で」


 松葉と霧野に挨拶をしてから教室を出る。その間にも二人がクスクス笑うのですねを蹴っておいた。

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