第8話 生徒会の目的

「おい」


 数日後。

 生徒会室のソファに寝っ転がって小説を読んでいると瀬戸が仏頂面で私の前に立って私が持っている小説を指差した。


「それ、俺の小説だろ」

「机に無造作に置いてたから、勝手に読んでもいいってことかと思って」

「そんなわけないだろ。いや、無造作に置いてたのは俺が悪いが……」

「だろ?……にしてもお前、性格悪い割に趣味が普通だな」


 SNSで誰かを炎上させて喜ぶタイプかと思ってたのに。

 そう言うと「そんなわけあるか」とため息を吐き、小説を素早く取り上げるとそのまま私の頭を軽く小突いた。地味に痛い。


「お前……生徒会長様になんてことすんだよ」

「うるさい。これはまだ読み終わってないんだ、他の奴に先に読まれるのはムカつく」

「ふーん……。ちなみに主人公の姉の正体ってさー」

「ネタバレしようとするな馬鹿」

「いてっ」


 もう一度小突かれた。しかも今度は本の角で。こいつ……いや、意地悪した私が悪いけどそれにしたって容赦ないな。


「それより」


 瀬戸は今井と同じ向かいのソファに座って口を開いた。


「いくつか聞きたいことがあるんだが」

「あ?聞きたいこと?」

「一つ目……お前の名前を知らない」

「……はあ?」


 予想外の問いに驚きで固まってしまう。名前知らないって……めちゃくちゃ初歩的なことじゃねーか。そんなこと聞かれるなんて夢にも思ってなかったぞ。

 そういう意味を込めた目を向けると、「しょうがないだろ」と瀬戸が眉を顰めた。


「生徒会長の名前なんて興味なかったし……お前だって名乗らなかっただろ」

「あー……そういえばそうかも」


 私の名前は知ってて当然、みたいな意識があったからわざわざ自己紹介しなかったな。確かに、みんながみんな生徒会長の名前知ってるわけないよな……。


「いちいち生徒会長って呼ばれるのは嫌だろ。名前は?」

「橘美琴。……本名は篠崎美琴」

「は?本名?」

「あれ、言っちゃうの?」


 驚いたように、ようやく今井が口を開いた。


「昨日はあんなに怒ってたのに」

「篠崎美琴として扱われるのが嫌だっただけだ。本名を教えるくらいは別に何ともない」

「ふーん……」

「おい、本名って何のことだ?」

「……色々あって名前を変えて入学してるんだよ。お前は生徒会メンバーだから一応教えたけど、普段は『橘』で呼んでくれ。……できるだけ『篠崎』のほうは呼ばないでくれると助かる」


 この先、計画を進めるうえで本名バレは必須になってしまうだろう。ならその時説明するより今ここでバラしておいたほうが都合がいい。できればその名前は口にしたくなかったが……しょうがない。

 瀬戸は少し考え込むと、「分かった」とあっさり承諾した。


「それで、二つ目だが……生徒会の目的が分からない」

「目的?」

「生徒会というよりはお前の目的、だな。昨日、五人の人生を狂わせられるって言ってただろ。あの時は深く聞かなかったが……あれはどういう意味だ?わざわざ俺を生徒会に引き込んだ理由は?」

「復讐だよ」


 そう返すと目を丸くする瀬戸。へえ、瀬戸ってそんな顔できたのか。


「2年後、五人をこの高校にスカウトして復讐するんだよ。だけど私一人じゃやれることが限られる。失敗する確率も高くなる。だから今井や瀬戸を勧誘したんだ」

「ああ、なるほど……お前が言ってた『駒』っていうのは、復讐のことだったのか」

「……私の問題だし、瀬戸には関係のないことだけど……それでも利用させてもらう。悪く思うなよ」

「……ふん、言ったろ。お前の言うこと全部は聞かないしやりたくないことはやらないって。俺はお前の道具や犬になる気は毛頭ない。ただ、自分の欲望を満たすために動くだけだ」

「…………ふっ。そうだったな」


 お前がそういう人間だから勧誘したんだ。……そこまで言ってくれたら罪悪感や引け目を感じなくて済む。


「……そういえば……復讐するほど憎んでるって、一体何をされたんだ?」

「…………」


 瀬戸の問いに動きが止まる。私の様子に、瀬戸は「別に無理に答えなくていい」と小説を読み始めた。……だけど、言っておかなくちゃいけないよな。

 今井と瀬戸は他の生徒達と違って、ただの駒ではない。生徒会に入っている以上仲間なのだ。となれば、復讐に利用するというよりは復讐に手を貸してもらうと言ったほうが正しい。そして……手助けしてもらう立場なら、ちゃんと目的の詳細を話しておかなければならない。

 もしかしたらそんなことないのかもしれない。だけどもう私の真面目な部分(欠点とも言う)が出てきてしまって譲れないんだ。


「……弟がいじめられてたんだよ。復讐相手はそのいじめっ子達だ」

「へえ、弟がいるのか。それにしてもいじめって……ベタだな」

「復讐理由に意外性を求めんな」


 小説や漫画の世界じゃないんだから。


「ちなみに、生徒会のメンバーは何人にするつもりなんだ?」

「あー……とくに決めてなかったな。ま、6人か7人でいいんじゃねーの?」


 そういえば、生徒会を立ち上げたはいいもののメンバーにしたい奴を片っ端から勧誘するだけで人数は決めていなかったな。正直、メンバーはいればいるほど助かるが……いすぎても管理が大変になるし、あらかじめ決めておいたほうが楽かもしれない。


「……生徒会への勧誘って、橘じゃなくて俺がやってもいいの?」

「ん?まあ、別に構わないけど……何だ?勧誘したい奴でもいんのか?」


 今井が勧誘したいなんて、一体どんな奴なんだろう。そう思って聞いてみると今井は楽しそうに笑いながら答えた。


「この前言ったでしょ?橘の笑みは中学の頃の後輩にそっくりだって。その後輩を来年、生徒会に入れたいんだ」

「ああ、そういや言ってたな……。どんな奴なんだ?」

「表向きは完璧な優等生だけど、中身は正反対。他人の不幸で飯食うような奴だよ。まあ、所謂クズってやつ?」

「へえ、橘に似てるな」

「ふざけんな。流石の私でも他人の不幸で飯食わねぇよ」


 にしても……なんか、想像してたよりもやばそうな奴だな。でもうちに欲しい人材だ。普段は優等生として生活できて、人を傷付けたり騙すことに何の罪悪感も抱かない人間。今井や瀬戸よりもゲスな人間……。ああ、想像するだけで恐ろしい。

 けど、それくらいの人間がいないと計画は成り立たない。


「橘にあいつが扱えるか……楽しみだよ」


 さっきよりも楽しそうに口角を上げる今井。

 ……なるほどな。私を試す目的もあるのか。上等だ、どんな奴だろうと私のモノにしてみせる。


「それじゃあ後のメンバーは後輩だけで、一期生は俺達で終わりか?」

「え?あー、どうだろ……。でもまあ、多すぎてもあれだし……入れるとしても1人くらいか」

「1人ね~……あっ!それなら、橘のお気に入り入れたらいいんじゃないの?」


 今井が思いついたように手を叩いた。その発言に、瀬戸は不思議そうに「お気に入り?」と首を傾げた。


「瀬戸、知らないの?橘は松葉のこと気に入ってるんだよ」

「松葉……ああ、キャプテンのことか」

「気に入ってるってわけじゃねーよ。ただ、いちいちビクビクしてて面白いってだけで……大体、あいつは生徒会のやり方についていけないだろ。復讐とか潰すとか無縁そうだし」


 馬鹿みたいに真っ直ぐで、疑うことを知らなさそうな瞳。あんな目は、悪意に晒されたことのない人間にしかできない。もはや私達とは違う世界の人間だ。そんな人間を入れたところで足手まといにしかならないだろう。

 あいつのことは利用するかもしれないが、仲間にする気はない。


「ああ……確かに正義感強そうだな」

「少なくとも今は却下。松葉のことは後でいい。それよりも、早速生徒会の仕事をするぞ」

「生徒会の仕事って?」

「ずばり…………これだ!」


 机にバンッと一枚のポスターを置く。そこには大きく『篠崎高校体育祭』と書かれていた。

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