第6話 俺のもの

「ふふ、あなたと今井さんぐらいですよ、そんなこと言うの」

「だろうな。……お前の笑顔は綺麗だが不気味なんだよ。作り物感が半端ない」

「へえ……そう見えるんですか」

「まあ、お前が猫被ってようが猫被ってなかろうがどっちでもいいけど。俺には関係ないし」

「まさか。大いに関係ありますよ」


 そう言うと視線をグラウンドから私へと移した瀬戸内。やっとこっちを見たな。


「瀬戸内さん。放課後、ぜひ生徒会室に来て下さい」


 彼の目をじっと見つめる。一瞬、手を握ろうとして……やめた。

 こいつに色仕掛けをしたって効かないだろうし、最悪セクハラだなんだのと言われそうだ。今井や瀬戸内のようなタイプには小細工なんて通用しない。むしろ返り討ちにされるだろう。

 それなら正々堂々とやるしかない。


「あなたとゆっくりお話がしたいんです」

「……お前の言うことを聞く義理が俺にあるか?」

「ないですね。けれど大事なのは義理があるかどうかではなく、あなたが私の話に興味があるかないかでは?」

「…………」

「待っていますよ、瀬戸内さん」


 こそっと耳打ちし、瀬戸内が口を開く前にベンチから離れる。

 返事は聞いていない。だけど……彼ならきっと来るだろう。私のことを嫌いだとかなんだとか言っていたが、それでも『橘美琴』を作り続ける私に少し興味を抱いたようだった。いや……厳密に言えば、片鱗を見せた『篠崎美琴』に興味を抱いた、と言ったほうが正しいか。

 どっちにしろ、瀬戸内雪にとって私の存在は「得体が知れないが興味を引く女」となっているだろう。……それで来るなら、瀬戸内も中々変わったやつだがな。それこそ今井と変わらない。


「……普通じゃなきゃ、復讐の手伝いなんてさせられないけどな」


 生徒会にまともな人間なんて要らない。要るのは、『復讐を楽しめる人間』だけだ。だから……『篠崎美琴』も必要ないんだ。罪悪感を抱いて、自分を責めて生きるような弱い人間なんて。

橘美琴』は違う。私は復讐を楽しむクズになりきる。他人の苦しみも悲しみも関係ない、関わる人間全員を駒として扱う……そんな最低な人間に。


「(……そこまでやらなきゃ弱音を吐いてしまいそう……なんて、きっと充が聞いたら悲しむだろうな)」


 けど大丈夫だよ、真琴。何があってもお姉ちゃんが復讐を遂げてみせるから。例えどんなものを背負うことになったとしても……。




 ◆     ◆     ◆




 窓からグラウンドを眺めていると、ゆっくり扉が開かれた。振り返ると、相変わらずの仏頂面で扉を閉める男の姿。

 私は窓から離れ、朝と同じ笑顔で彼を迎え入れた。


「待っていましたよ。______瀬戸内さん」

「…………」

「サッカー部は活動しているみたいですが……参加しなくていいんですか?」

「待ってるって言ったのはお前だろ」

「ふふ、そうでしたね。そちらのソファにどうぞ」

「……さっさと済ませてくれ」


 瀬戸内は「こっちも暇じゃない」とため息を吐きながらソファに座った。私も向かいのソファに座り、コーヒーを彼の前へ置いた。砂糖要りますか?と尋ねると無言で一気に4個も入れる瀬戸内。いや入れすぎだろ。どんだけ甘いのが好きなんだ。


「で、話って何だ」


 コーヒーを一口啜った瀬戸内が口を開く。私も同じように一口啜り、一拍置いて話し始めた。


「____あなたは影が薄い。声を出しても、手を上げても中々気付かれない。ぶつかられて初めてその存在を認識される。……悲しいですね」

「おい、喧嘩売ってるのか?」

「でもその実、誰よりも目立ちたいと思っている」


 図星だったのか、黙り込む瀬戸内。


「誰かの人生に大きな影響を与えたいと思っている。良い影響か悪い影響か関係なく。その人が不幸になろうとどうでもいいんですよね?自分の好奇心と承認欲求を満たしたり、大きな爪痕を残せればそれで」

「…………」

「他人に流されたくない。命令されたくない。だけど強い意志があるわけでもない。夢もない。ただ、面白そうだからやるだけ。ただ、好奇心を抱いたからやるだけ。自分の行動によって他人がどうなるかなんて考えもしないしどうでもいい。まったく、世界が自分中心に回ってるとでも思ってるんですか?……まあでも、今までうまく生きてきたからこそそんな思考になれるのでしょうね」

「…………」

「______傲慢な人」


 瀬戸内を一言で表すなら、きっとこの言葉以外ない。こんなにも傲慢で自分勝手な人間はいないだろう。しかも無害そうな面を下げて。そうしてうまく世の中を渡って来たんだろうな。


「……結局何が言いたい。ただ説教をしたいために呼んだのか?」

「瀬戸内さん」


 ゆっくり手前にコーヒーを置いて、ニコリと笑う。


「もし、五人の人間の人生を狂わせられるかもしれない……と言ったら、どうします?」

「……は?」


 瀬戸内は怪訝そうに眉を顰めた。


「それはどういう……」

「あなたにとっては一切関係のない人間達です。でもやり方によっては、あなたの手で五人の人生が終わるんです。普段は誰にも認識されない、地味で影の薄いあなたが。何の関係もない、顔も名前も知らない人間をどん底に叩き落すことができるんです」


 その言葉がこの男にとってどれだけ甘美なものか、私には分かっている。そう、私についてくればお前のその歪んだ心を満たしてやれるんだ。それが分からないほどお前は馬鹿じゃないだろう。


「瀬戸内雪、生徒会に来いよ。退屈はさせねーし、多少はお前のやりたいようにやらせてやれる。な?美味い話だろ?」

「…………それがお前の本性か?」

「本性なんてモンじゃねーよ。それより返事だ。私の駒になれば、少なくとも今よりは楽しい毎日を送れるぞ?私は優しいからな、簡単に使い捨てることもない」

「……ふん。どっちが傲慢なんだか」


 瀬戸内は小さくため息を吐くとソファにもたれかかった。気のせいか、口角がほんの少しだけ上がっているように見える。


「お前の言うこと全部は聞かないぞ。やりたくないことはやらない」

「いいさ。言ったろ?「多少はお前のやりたいようにやらせてやれる」って」

「……そうか」


 少し思考して……ふう、と瀬戸内が息を吐いた。


「確かに、お前と一緒にいれば退屈しなさそうだ。……仕方ないから生徒会に入ってやる」

「……ふっ。お前ならそう言ってくれると思ってたよ。これでお前は私のモノ……期待してるぞ、瀬戸内」

「……気に入らないな」

「は?」


 突然立ち上がった瀬戸内は机に置いてあったペンを手にすると、私の右手を掴んで引っ張った。そしてそのままペン先を手の甲に立てる。くすぐったくて力いっぱい引っ張るが流石に力で勝てるわけもなく、そのまますらすらと何かを書かれてしまう。

 そして書き終えた瀬戸内はペンを元に戻すと、ふん、と鼻を鳴らしてずいっと顔を寄せた。


「言っておくが、俺はお前の犬にはならない。好きに操れると思ったら大間違いだぞ。それと訂正しろ。______俺がお前のモノになるんじゃない、お前が俺のモノになるんだ」

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