第5話 影の薄い男
「……こ、これ、き……昨日言ってたメンバーのリスト……だから……」
次の日。
朝早くから生徒会室でくつろいでいると、顔を赤くした松葉がやってきて紙を差し出した。昨日渡した紙だろう。一日で書いてくるなんて早いな。しかもどうチーム分けしたかも書いてある。律儀な奴だ。
ずらっと並んでいる名前を眺めながらそんなことを思う。
「みっ、見といてくれ……!じ、じゃあ!!」
「あ、松葉さ……」
声をかけようと顔を上げると、松葉はもう既にいなくなっていた。どんだけ女が苦手なんだよ。
呆れながらも再び紙に目を通す。さっきも他の部の部長達がやって来て結成の許可を取りに来たが、他の部に比べてサッカー部だけ異様に人数が多いのは数えなくても分かる。運動部……特にサッカー部は人気だと聞くがそれにしたって多い。これは覚えるのも時間がかかりそうだ。
「えーと?
一番下に書いてあった名前を見て固まる。この名前って……。
「入るよー」
ちょうどいいタイミングで今井が入ってくる。
……相変わらずムカつく笑顔しやがって。何でこいつはいじめっ子じゃないんだろう。いじめっ子なら遠慮なくぶん殴ってるのに。
「あはは、物騒なこと考えてない?怖いなあ」
「当然のように人の考えてること読むな、気持ち悪い。それよりこれ」
手元の紙を見せて一番下の名前を指差すと、今井は「ああ」と思い出したように声を上げた。
「サッカー部のメンバーが書かれた紙かあ。それがどうかしたの?」
「お前の名前も入ってるんだけど」
「ああ、中学の頃はサッカー部だったからね。それに君……」
ずいっと今井の顔が近付く。
「サッカー部に何か嫌な思い出があるんでしょ?昨日、そう顔に書いてあった」
「…………」
「もしかして、弟をいじめた奴らがサッカー部だったとか?」
「うるさい黙れ。それ以上喋ったら殴る」
「おお、怖い怖い」
肩をすくめて笑う今井を睨むが、どうせこいつには効かないのだろう。諦めて再び紙に視線を落とす。もう一度名前を見直して……ふと気付く。
さっきは全く目に入らなくてスルーした名前。
「
こいつは確か、入試でもかなり点が高かったやつ……だったような。
「瀬戸内がどうかした?」
「お前……知ってるのか?」
「昨日ぶつかったからね」
影が薄いんだよね、なんて笑う今井を横目にその名前を見つめる。
頭が良くて、影が薄い……中々に良い人材だ。あまり目立ちすぎるメンバーを集めても動きづらいし……。うん、悪くない。是非とも欲しいな。
「今、朝練してるか?」
「してるけど……もしかして会いに行くの?」
「ああ」
私は紙を机に置いてすぐにグランドへと向かった。
◆ ◆ ◆
グラウンドに行くと部員全員がこちらを見る。あまりの視線の多さに少し居心地が悪くなるが、帰るわけにもいかないので仕方なく笑顔を浮かべる。ま、生徒会長が部活見に来たら普通ビックリするよな。
「すみません、お邪魔します」
「橘さん!俺のことを見に来てくれたんだな!」
「霧野、パス」
「痛いっ!!」
相変わらず漫才やってるな、あの二人。
「あれ、橘?」
二人を眺めていると、金髪の男子に話しかけられた。こいつは確か……同じクラスの。
「三宅信二さん、ですよね?」
「おう。覚えてくれてたのか」
「当然です。同じクラスですから」
「ありがとな。で、どうした?見学か?」
「ええ。サッカー部の部員が多いので少し気になって。練習の邪魔はしませんから」
「そうか。ま、ゆっくりしていけよ」
三宅は「じゃ」と手を振って練習に戻って行った。私は三宅の言葉に甘えてベンチへ座って見学することにした。
瀬戸内雪がいるかどうか注意深く探す。だけどそれらしい男は見当たらない。もちろん瀬戸内の見た目なんて知らないし、影が薄いのなら尚更見つかりにくくて当然だろう。だけどそれにしてもそれっぽいのが居なさすぎる。
めちゃくちゃ地味な人がいるわけでもないし……ああくそ、情報が少なすぎる。もっと今井に聞いておけばよかったな。
面倒くささと後悔から小さく舌打ちをした、その時だった。
「そこ、退いてくれないか」
「…………え?」
突然頭上から男の声が聞こえて、驚きで咄嗟に顔を上げる。するとそこには死んだ目をした銀髪の男が立っていた。男は何かを指差していて、その先は私のすぐ横のようだった。
「荷物あるだろ。そこは俺の座っていた所だ」
「え……あっ、すみません!」
この荷物こいつのだったのか。そう思いつつ慌てて横にズレると、男は黙ったままベンチに腰掛けた。すると彼が首にかけていたタオルがヒラリと地面に落ちる。
わざわざ拾うのも面倒だったが、落ちるところを見ていたのに何もしないのは流石に……と慌ててそれを拾う。
「あっ、落ちました…………よ……」
タオルのタグに書いてあった名前が目に入って、思わず口角が上がった。やっと見つけた……今日の本命。
「あなたが瀬戸内雪さんですか」
私が名前を呼ぶと瀬戸内は驚いたように少しだけ目を丸くした。
「珍しいな、俺のことを知ってるなんて。……いや、生徒会長だもんな。それぐらい当然か」
「ええ。同じ学校の生徒を把握できず、生徒会長は名乗れませんから」
笑顔のままそう答えると、男は「そうか」とだけ言ってグラウンドを見つめた。
何にも興味なさそうな顔……。私も、サッカーも、きっとどうでもいいのだろうな。ただ何となくそこにいるだけ。何となくやってるだけ。夢はないけど他人にあれこれ言われたり強要されることを嫌う。自分の意思はちゃんとある。だけど自分の意思を突き通すほどのモノにまだ出会えていない。……そんなところか。
うん、やっぱり生徒会に欲しいな。もちろん、ただ黙って私の言うことを聞く人間がいてくれたら助かるが、それだけじゃ意味がない。今井のように自分で考えて動ける人間も必要だ。
「少しお話しませんか?」
「断る」
「あら、何故?」
「今は練習中だ」
「あなたは休憩中でしょう?……それとも……私と話をするのは嫌ですか?」
他と違ってほとんど表情は変わらないけど、考えてることは何となく分かる。私と話をするのが嫌なんだろ?なんなら関わりたくないとすら思ってる。
「……嫌だって言ったら諦めてくれるのか?」
「いえ?」
「…………面倒くさいんだな、生徒会長って」
瀬戸内は深いため息を吐くとグラウンドを見つめたまま口を開いた。
「俺は猫かぶった女が嫌いだ。まさにお前みたいな女が」
瀬戸内の言葉に期待が膨らむ。
冷静で頭が良いうえに勘まで良いのか。____ますます欲しくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます