目覚め
まぶしい。
目を閉じたままでも、朝日がまぶたの裏まで差し込んでくる。
そろそろ起きないと。
でも、なんか……、身体が重い。
気だるさに任せて、まどろみの中に身を委ねていると、近くでかすかな吐息が聞こえる。
まぶたをうっすらと持ち上げる。細いあごと首筋が見えた。姉ちゃんだ。
ああ、あのまま寝ちゃったのか。
「んっ……、ううーん……」
目を開けたついでに、もう起きてしまおうと、オレは伸びをしようとして——
ゴンッ
「ぅわイデッ!?」
ベッドから転がり落ちたオレは、思いっきり尻もちをついた。
「いってええぇ……」
とっさに腰をさすったオレは、何かがおかしいと気付いた。
今まで姉ちゃんのベッドで一緒に寝ることは時々あったけど、寝ぼけて端から落ちたことなんて、一度もない。
それに、自分の身体に触れているはずなのに、この奇妙な違和感は何だ。
さらには、尻に感じる冷たい床板の感触。
「うおっ!? なんじゃこりゃ!」
見下ろしてオレは、文字通り跳びあがった。
なんだ、この身体は。
腕が、脚が、伸びている。
見覚えのない、しっかりとした胸板に、腹筋、そして、……あ。大事な部分までモロ出しでした。お恥ずかしい。
って、そんな場合じゃない!
オレは立ち上がって、あたりを見回した。
知らない部屋だ。少し古びた感じで、壁や床はところどころ傷んでいる。そのくせ不思議なことに、ホコリや蜘蛛の巣に覆われているわけではない。
年月を経て朽ちかけてはいるが、丁寧に手入れされている、みたいな。
まるで、帰らぬ主を待ち続けているように……。
使われていない証拠に、部屋の中の家具らしきものは、どれも白い布ですっぽりと覆われている。
「ここ、どこなんだよ……」
見たこともない部屋だけど、ひとつ、ハッキリとわかることがある。それは――視線の高さが、今までと全然違う!!
高い所から見下ろすようなこの感じ。なんか、優越感だ!
って、喜んでる場合じゃないか。
オレはもう一度部屋を見回して、自分より背丈の低い家具に目を付けた。形から察するに、たぶんドレッサーだろう。
意を決して、かけられていた布を取り払う。
「うおっ!? なんじゃこりゃ!」
鏡に映っていたのは、長い胴体、長い腕、それに長い髪の男だった。
ちなみに全裸だ。
問題はそれだけじゃない。髪は銀色。瞳は濃紫。日本人離れした——ってか、地球人からも離れてない??
「なんだよ、こいつ……?」
思わずそちらへ手を伸ばすと、向こうも手を伸ばしてきた。
そして鏡面に触れる。ということは、これは不思議な鏡とかじゃなくて、普通にオレ自身が映っているってことか?
ペタペタと自分の身体を触ってみると、鏡の中の男も同じ動きをした。
ついでに男の象徴を握ってみる。うん、間違いない。やっぱりこの長身銀髪紫眼の男が、今のオレなんだ。
もしかして、これが異世界転生というやつだろうか。
オレはこの男に転生したのか?
そういえば、さっき目覚めたときに、この姿だった時の記憶をほんの少し思い出したような……思い出さないような……?
「あっ、そうだ、姉ちゃん!」
オレが寝ぼけていたのでなければ、姉ちゃんもこの世界に一緒に来ている。さっき見たのは、ほんの一部かつ一瞬だったけど、姉ちゃんも別人に転生してんのか?
ベッドのほうを振り向くと、女の人が気持ちよさそうに眠っていた。
良かった、姉ちゃんだ。瞳の色まではわからないけど、顔は元のままみたいだ。
いや待て。オレも急に身体がデカくなったんだ。姉ちゃんは、逆にちっちゃくなってたりして? それとも半魚人とか、背中に羽が生えてるとか……。
オレだってこんなファンタジー満開の見た目なんだ、何があっても不思議じゃない。
恐る恐る布団の端を持ち上げて、そっとめくってみる。
よし、服は着ている。
オレはそれだけ確認すると、姉ちゃんの全身をすっぽり覆い隠していた布を一気に引きはがした。
中から現れた姿に、オレは――
「この人、何者ォ!?」
思わず叫んでしまったオレの声に、その人はうっすらと目を開けた。
それを見て、オレは確信した。
そこにいたのは、セミロングの黒髪、黒い瞳、白い肌、緋色のカットソーに濃紺のジーンズ、杢グレーのロングカーディガン、それにカーキのコートを着た——間違いない、昨日帰ってきた時のまんまの姉ちゃんだ。
異世界転生(?)して、オレは見た目がすっかり変わっちまって。部屋も全然違うし、窓の外の景色とかも、絶対日本じゃないだろって感じなのに……。
なんで姉ちゃんだけ何も変わんないんだよ!?
「んっ……、んん」
すぐに閉じられてしまったまぶたが、ピクピクと動き、そして再びゆっくりと持ち上がって……しまった、オレ素っ裸だ!
「うわわっ、待って! まだ目開けんな!」
オレは慣れない身体を駆使して素早く動き、姉ちゃんの焦点が合うまでのわずかな時間に、床に落ちていた白い布をなんとか身体に巻き付けた。
「ん……、誰……?」
目が覚めてベッドに起き直ると、部屋の中をぐるりと見まわした姉ちゃんの視線はオレにとまった。
まあ、そりゃ、そうなるよな。まるっきり別人だし。
オレだって「コイツ誰!?」って鏡見て思ったよ。
うわ、なんて説明したらいいんだ? 「目が覚めたら異世界転生していて、オレはこんな姿になっていました」? 誰がそんなん信じるよ?
姉ちゃんはベッドを下りて、オレの目の前までやってきた。そしてオレの顔を、髪を、全身を上から下までつぶさに観察する。
うっ……、なんか、恥ずかしいな。
ドレッサーから奪った布で全身覆っているのに、なんか、裸を見られてるような気分だ。
「あのっ……、オレは、えっと……」
何かしゃべらなきゃ、と思うんだけど。それらしい言い訳というか説明的なものが見つからない。
そういえば、声だって全然違うんだ。どうやってオレだと説得すりゃいいんだ?
「……もしかして、クロ?」
「えっ!? な、な、なっ……何でわかるんだよ!?」
慌てふためくオレをよそに、姉ちゃんはすでにオレへの興味を失って、部屋の中を調べ始めていた。
オレが避けていた他の家具まで、次々と布を引っぺがして、おまけに
「で、ここ……どこ?」
「オレもわかんない……。てか、たぶん、異世界なんだと思う……。起きたらこうなってて。たぶんオレ、コイツに転生したんだ」
「ふーん。異世界、ねえ……」
いや、もっと驚けよ!? こうなっちゃったオレですら、自分の言ってること信じらんねえのに。
すると冷静に見えた姉ちゃんが、突然アッと声をあげて慌てだした。
「てか、実験! 実験どうすんの! 今日データとらなきゃいけないのに。これ、どうやってラボに行くの!?」
「落ち着いて、姉ちゃん! 今日土曜だってば。てか、それどころじゃねえだろこの状況!」
「アホかっ! 研究職に土日の概念なんてないわ! 銀行が休みでも、培養細胞は二十四時間三六五日休んじゃくれないっての!」
……あ、ハイ、そうでした。姉ちゃん、土日祝日関係なしに仕事に出かけていくもんな。
「あぁ……、えっと、とりあえず……電話電話。あ、良かった。スマホ、ポケットに入れっぱなしだった。てかココ、圏外かな」
「まあ、Wi-Fiブンブン飛んでる感じじゃあ、なさそうだよな……」
べつにWi-Fiが見えるわけじゃねえのに、オレはなんとなく窓の外へ目をやった。
針葉樹っていうのか? ツンツンした大きな木がいっぱい、ずっと向こうまで続いている。深い深ぁーい森の奥、って感じだ。
そうでなくても、異世界だしな。Wi-Fiなんてあるわけねえよな。
「いや、それが……」
姉ちゃんの声に、オレの視線は部屋の中に引き戻される。
え、もしかして、飛んでんの?
昔でいうところの、バリ3ってやつ?
姉ちゃんはそのままスマホを操作して、どこかへ電話をかけた。
「あー、平野くん? 悪いんだけどさ、今日のぶんの実験、ひとりでやれるかな? そーそー、この前やったのと、まったく同じ要領で。……ん? あー、まあ、そんなとこ。いや、大した風邪じゃないから。うん、ダイジョブ、気合で週明けまでには治す。うん、悪いね。じゃあ、よろしくー」
通話終了。
姉ちゃんはスマホをポケットにしまうと、清々しい顔してベッドに戻った。
「よし。これで目下最大の問題は解決したし。あー、二度寝でもしよっかな」
「いやいやいやいや! もっとデカい問題が山積みだと思うんですけど!?」
「ん、朝ご飯? 適当に探しといで。あ、ついでに酒がないか探してきてねー」
ひらひらと手を振って、布団の中に潜り込む。
「いや、違うだろ! ここがどこなのかとか! 元の世界に帰れるのかとか! って、おぉい、寝るなぁーっ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます