1.伝承のはじまりと不思議の館の検証 ~Analysis of Origin of the Legend and the Secret of the Maison~

扉がひらく


 はじまりは突然だった。

 それは何の変哲もない、金曜の晩だった。別に日付が13日ってわけでもない。


 いつものようにオレは部屋でひとり、姉ちゃんの帰りを待っていた。


「姉ちゃん、まだ帰って来ないなぁ……」


 今日こそ晩メシ一緒に食べようと思って、帰って来るまでガマンするつもりだったのに。結局、空腹に負けて先に済ませてしまった。

 そうなるともう、何もすることが見つからない。


 欠伸あくびをして、カーテンの隙間から外を覗く。周りの建物は次々に窓の明かりを消して、取り残された街灯がボンヤリと夜の街を照らしあげている。

 時計を見れば、すでに短い針がてっぺんを通り過ぎてしまっていた。

 あ、深夜過ぎてるから、これって金曜じゃなくて土曜になるのか?


 その時、玄関のほうで音がした。オレは急いで駆けつける。

 ガチャガチャという音に続いて、うすくドアが開いた。その隙間から、まずは片足が、それから上体、そして全身が滑り込んできた。フラフラとした足取りで近づいてくるこの人こそ、オレの姉ちゃんだ。


 金曜といえば、姉ちゃんくらいの年頃の独身女性なら彼氏とデートに行ったりなんかして、華やかなアフターファイブを楽しんでくるもんなんだろうけど。

 研究が恋人の姉ちゃんは、そんな華やかライフとは無縁だ。

 足元がおぼつかないのも、お酒飲んできたからとかではない。そもそも、ザルだから酒に酔わないし。


 明日は休日でちょっと寝坊できるからって、夜遅くまで仕事ギュウギュウに詰め込んで、クタクタになって深夜過ぎに帰宅する。これが、オレの姉ちゃんの通常運転だ。


「姉ちゃん、おかえりっ!」

「あっあぁー、今日もつっかれたぁ。……あ、クロ。ただいま」


 案の定姉ちゃんは、ゾンビのように部屋の中を彷徨いながら、いつものルーティーン、冷蔵庫常備のゼリー飲料を腹に流し込む/拭き取りシートでメイクを落とす/加湿器に水を足して稼働する、の三点を同時進行でこなしていた。

 ほぼ無意識でやっているらしいから畏れ入る。ちなみに、エアコンはオレがいるからつけっぱなしな。


 できればもう一息頑張って、服を着替えるとかしてくれたらいいんだけど。姉ちゃんはその前にベッドに倒れ込んでしまうのだ。

 いや、オレが着替えさせるとか、ムリだろ!?


「おおい、寝るなぁーっ」


 頬っぺたペシペシ叩いてみるも、こりゃ一向に起きる気配無いな。


「姉ちゃーん? そのまま寝たら風邪ひくぞ? てか、せめてコートくらい脱げよ」

「んんっ……、なに……」


 うぉいっ!? ムギュッてすんな! 

 油断した。オレは寝ぼけた姉ちゃんに捕らえられていた。小柄なクセに、意外と力は強いんだ。


「は、離せぇーっ! 姉ちゃ――うぎゃ!」


 突如、視界が奪われる。両側から迫り来る圧迫感。


 これを足して導き出される答えは――そう、オレは姉ちゃんの腕から抜け出せず、谷間で窒息しそうになっていた!


「ぐぐ……ぐるじいって! 姉ちゃーん!? やめろー!」

「んー、クロ……」


 うぎゃあ! はーなーせぇーーー!

 うあっ! むにって、やわらかいの触った……。い、今のは不可抗力だからな!?


 オレの抵抗は意味をなさなかったけど、結局、眠気が姉ちゃんの腕を少しばかり緩めてくれて。


 ようやく息をついて顔を上げると、


「クロウは、あったかいね……」


 ああ……ったく。

 しゃあーねえ。風邪ひかれても困るから、布団くらいかけといてやるか。


 足元にたたんであった布団を肩まで引っ張り上げると、姉ちゃんはすでに寝息を立てていた。

 こうして大人しく寝ていれば、可愛いもんなのに。


 そのまま姉ちゃんのそばでゴロンと横になったら、なんかオレまで急に眠くなってきて。


「おやすみ、姉ちゃん……」


 こんな近くで眠ったら、同じ夢でも見られるんじゃないか。

 薄らいでゆく思考の中で、オレはふと、そんなことを思っていた。


  

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