館の奥にて
「……タダじゃ帰さねえって、姉ちゃん、今度はカネとる気かよ?」
「当たり前でしょうが。今日のは試作品の市場調査みたいなもんだけど、ちゃんと商品化したらそりゃあ代金いただくよ」
おっさんたち(+ガキ一名)が帰ってしまうと、広い家はなんか寂しくなる。静かな廊下を、オレと姉ちゃんは二階の寝室へ向かった。
それにしても、突然現れたどこの誰ともわからない連中を家にあげるなんて、ホントこの人、肝が据わってんなあ……。相手は武器持ってたんだぞ?
「そのためにも、商品開発には手を抜けない。あの四人の結果では、試作品No.7が良さそうだね。とはいえ、これではまだn数が小さすぎる。やっぱり次は、近くの町を探して街頭試飲会でもやってみようか」
「
「この場合、被験者の数のこと。たった四人の意見で、この世界の人たちの好みを決めつけることはできないでしょ。それに、今回は男性ばかりだったから、女性の被験者もほしい」
この世界の人たちの食文化や味覚はわからない。試作した酒を現地の人に試飲させてみたいと姉ちゃんが言い出した矢先に、都合よくやってきたのがさっきのおっさんたちだ。
最後は酔い潰されてたけどな。あれで冒険者を名乗ってたんだから、この世界も平和なもんだ。
「にしても、アイツら……。あたしが言った例えのまんま、『〇』に試作品No.3、『△』にNo.6……って入れやがったな。これじゃあダブルブラインドの意味ないっての!」
この家には、まあ、お手伝いさんみたいなのがいる。マークを付けた銀のゴブレットに、試作品の酒を注ぎ分けたのはソイツらだ。
どれにどの試作品が入っているか、底のマークを見るまでオレや姉ちゃんにはわからない。
見た目に違いがないように。酒の量も、温度も一定にするように――姉ちゃんのこだわりは細かいから、オレもちょっとアイツらに同情する。
「まあまあ、素直なのがアイツらのいいとこだし」
オレは慌てて姉ちゃんをなだめた。
姉ちゃん怒らせると、雷が落ちる。いや、雷魔法じゃなくて、キツーイお小言だ。
難しい言葉を理路整然と並べるから、オレ的にはそっちのほうがコワイ。
「あとは法律関係と、価格設定かな……」
「ゲッ、法律? また難しそうなジャンルだな。そんなんまで必要なのか?」
「日本だと、無免許でお酒つくるのは法律違反だからね。こっちの世界でそのへんクリアしてるか確認しとかないと、後でややこしいことになるかもしれないし」
そう、オレと姉ちゃんがこの異世界にやって来たのは、まだほんのひと月ほど前のこと。それまでは、日本でごく普通の暮らしをしていた。
姉ちゃんが勤める大学近くの小さな町で、ごく平和に暮らしていたんだ。
姉ちゃんの仕事は理系の研究者、いわゆるリケジョってやつだな。まあ、本人はその言葉が嫌いらしいけど。
有名大学で難しい研究をしている、普通の日本人。酒量は並じゃないけどな。
でも、あいつらが言ってたような、恐ろしい魔女なんかじゃない。
優しいオレの姉ちゃんだ。
血のつながりはないけれど、親に見捨てられてひとりぼっちだったオレのことを、本当の家族のように大事にしてくれた。
オレだって、元いた世界ではこんな姿じゃなかった。黒髪サラサラショートヘアが自慢だったんだ。銀髪紫眼って、ファンタジーが過ぎんだろ。
まあ、背が高くなったのは、ちょっと嬉しかったりするけど。
「あとは飲酒の年齢制限についても調べないとね。クロって、こっちの世界だと何歳になるのかなあ?」
「オレはオトナだ。成人男子だ!」
「そうだ。いっかい、あんたの遺伝子解析もしてみたいんだよね。元の世界のクロとの相同性とか、今のクロは、どの人種に近いのかとか。でもそれは、人類学とか、そっちの方向に行きそうだし……やっぱりしばらくは保留かなあ」
ああ、姉ちゃんがまた別次元に飛んでっちまったよ。
「それより今は、商品開発だね。まずは今回の予備実験をもとに、次の実験デザインと、今後のストラテジーを組み立てないと。帰ったら早速データ入力と、課題の洗い出し。忙しくなるよ!」
まったく。異世界ライフを満喫してやがる。
「それにしても……異世界とか、魔法とか。科学者のクセによく平気で受け入れるよな。オレは未だに信じらんねえよ」
「科学者が頭の固いやつばっかりだったら、未だにみんな地球が宇宙の中心で静止してると思ってる。コペルニクス的転回を受け入れる柔軟性も、科学者には必要なんだよ」
寝室につくと、姉ちゃんは白衣を脱ぎ捨てて、ブラウスの胸元を緩めた。
そうしてオレたちはまた、異世界の扉をくぐる。
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