白き魔女の館・3


 少年メイジは、魔女の様子をそっと伺い見た。


 高名な魔術師——『深淵なる森の魔女』、『白き魔女』など渾名されているから、さぞかしシワシワ白髪のばあさんかと思いきや、ツヤツヤ黒髪のお姉さまではないか。そして、師匠の言うとおり……いい乳をしている。


 メイジはもう一度魔女のほうへ目を向けると、その豊かな胸元を盗み見てごくりとツバを飲んだ。まだ見習いとはいえ、そういうお年頃なのだ。


 いや、だがそれとて、男たちを惑わせる魔女の幻術に違いない。


「おのれ、魔女め! 僕が貴様の化けの皮をはがしてやりますよ!」

「おいっ! 姉ちゃんに何をする気だ!?」


 メイジが杖を向けると、その前に魔女の弟子クロが飛び出してきた。


「ほう、まずは弟子のあなたが相手というわけですか?」

「弟子じゃねえ、弟だっつってんだろ! それに弟子ってんなら、オレより平野くんのほうがそれっぽいし」

「どちらでも良い、順番に片付けて差し上げますよ」


 二人の弟子がにらみ合うそばで、一方の師はゆでだこのように真っ赤にのぼせ、他方は顔色一つ変えていない。


 いや、むしろこの魔女……先程から冒険者たちが次々と陥落していく中、それよりも速いスピードで飲み進めているのに、顔色一つ変わらぬとはどういうことか。

 いまだ平然と酒をあおり続けている。余裕しゃくしゃくの手酌だ。


 杖を向けられても、まるで気に留めていない様子。

 もしかすると、気づいていないのか。

 酒は大の男たちを油断させる。今しがた嫌というほど学んだ。ならば魔女とて同じはず――


 だがしかし、それは魔女の仕掛けたフェイントだった。

 メイジが杖を振り上げたとたん、魔女の体から奇妙な波動が生じたのだ。危ない、こちらが魔法を発動していれば、強烈なカウンターアタックを食らっていたことだろう。


 ヴーヴヴ、ヴヴッ、ヴヴヴ……


 魔女は杯をおろすと、かわりにローブの中から波動の根源を取り出した。


「何でしょう、あれは……。もしや、あれが白き魔女の杖? あんなの、見たことないですよ」

「うおおっ、杖が光っておる。何か、とてつもない魔力を感じるぞ」


 ただならぬ気配に、師匠のケイオウもいくぶん酔いが醒めたようだ。


 魔女は手中の杖を見やると唇を歪ませた。


「お、その平野くんからだ」


 一度顔を上げてクロに伝えると、短く平たい杖に指をすべらせる。


「解析終わったって。……ハア!? 今から?」

「なんだよ、姉ちゃん。呼び出し?」

「いや、その逆。別にいいって言ってんのに、解析結果、ウチまで持って来てくれるって。つーか、データで送れよアナログ平野!」


「さっきから出てくる『ヒラノ』って、誰でしょう?」

「うーむ、魔女の仲間だろうか? 『アナログ・ヒラノ』……誰か、その名を聞いたことはあるか?」


 アクスが加わり、集まってきた他の二人にも確認をとるが、経験豊富な弓使いも、情報が資本の吟遊詩人も、首をひねるばかりだった。


「たしか、昨年の勇者名鑑に……あ、いや、違ったか? そういえば、数年前にさらわれたという他国の姫が……いや、王子? あ、違う。ああそう、アレだ、ほら……」

「師匠、知ったかぶりはやめましょうね」


 メイジが師匠の悪いクセを指摘する。他の冒険者たちも、そろそろケイオウの虚言癖には慣れてきていた。

 そんなことよりも、索敵能力の高い弓使いには気になることがあるようだ。


「察するに、魔女はそのヒラノとやらから報告を受けているような……? だがしかし、この部屋にはワシら以外の気配はない」

「もしかして、あの杖を介して、テレパシーみたいなもので会話しているのでは?」

「なんとっ! そのような魔術が使えるのか」


 一同が遠巻きに見守る中、魔女は光の消えた杖をローブにしまうと、静かに立ち上がった。


「三十分後には来るはずだから、しゃあない、いったんアッチに戻るか」


「おおおおぉ……見たこともない杖を操り、未来を語る――まさしく伝説にうたわれし『白き魔女』!」

「そうか、やはり白き魔女は実在したんだね」

「だが、残念だ……。このことを、外に知らせることも出来ぬとは。我々は、このままここで……」

「諦めるな、アクス殿。隙を見て、メイジだけでも逃がすことができれば……」

「そうか、そうだな。メイジくん、キミに託したぞ!」


 アクスの言葉に、アーチャーとリュートも力強くうなずいた。大人たちの期待が少年の細い肩にのしかかる。


「そんな! 諦めないで、みんなで一緒に逃げましょう」

「いや、我々には無理だ。キミだけが頼りなのだよ。どうか、逃げのびてくれ」

「そんなことはありません! 第一、この中で一番弱い僕一人が、運よく館の外に逃げ出せたとしても――」

「メイジ、周りをよく見るんだ!」


 弟子の言葉をさえぎって、ケイオウが厳しくさとした。

 メイジは弾かれたように顔を上げる。目に映ったものは……グロッキーな四人の冒険者たち、散乱する杯、酒宴の跡。

 そう、自分しかいないのだ。


「……わかりました。逃げ切ってみせますよ」

「おお、やってくれるか」

「深淵なる森の魔女の正体は、たしかに伝説の『白き魔女』であった——このことだけは、必ず世に知らしめします。後のことは、うわさを聞きつけた勇者たちが何とかしてくれるでしょう」


 若干他力本願に聞こえなくもないが、そこはまあ仕方ない。


 一同は決意を固めると、白き魔女に対峙たいじした。

 ちょうど魔女のほうも、クロと何やら話し込んでいたのを終えて、こちらに向き直った。そして一言、


「じゃあ、あたしたちは用事ができたから、悪いんだけどお客さんたちにはお引き取り願おうか」


 ……え?



  ×   △   ☆   〇



 そのまま魔女は、冒険者たちを玄関先まで見送ってきた。忘れ物を確認し、酔い覚ましの水と軽食まで持たせる気遣いだ。


「我々を……解放してくれるというのか、白き魔女よ!?」


 アクスが震える声でたずねると、魔女は妖艶にほほ笑んで告げた。


「次は、タダじゃ帰さないからね」



  

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