異世界
姉ちゃんの場合、一回ちゃんと起きてから二度寝したときは、二十分ほどしたらスッキリ目を覚ますんだ。
案の定、オレが部屋の隅っこで布にくるまってしばらく待っていると、布団からニョキっと腕が二本生えてきて、うんと伸びをした。
「……っあぁー! 久しぶりによく寝た! クロ、食べられるもの見つかった?」
えぇー!? フツーここは「起きたら夢でした」ってオチ期待するとこだろ? なんで目が覚めても元の世界じゃないのって、パニクるとこだろ!?
異世界にいること、フツーに受け入れちゃってるし。そして引き続きオレのこと、クロウって認識してるし。
ホントこの人、何者だよ……。
「いや、探すにしたって……、姉ちゃんこんなとこに残していけねえだろ」
「あ、そう」
軽く受け流された。
なんだよ? 断じて、ひとりでウロつくのが怖かったわけじゃないからな!
「とりあえず……、まずは、ここがどこかってとこだね」
姉ちゃんにつられて、オレも窓のほうへ目を向ける。
外の景色はさっきからほとんど変わってない。
車も人も通らない。
たまに風が吹いて、木が揺れるだけ。それがなければ絵が掛かってるみたいなもんだ。
「あ、そういえば。電波入ってるなら、スマホの位置情報で確認できるんじゃないかな」
「あっ、そっか! さすが姉ちゃんだな」
スマホを取り出して、地図アプリを開くなり、姉ちゃんの眼は鋭く細められた。
「ほぉう、これは……」
オレも一緒に画面を覗き込む。絡み合う太い線と細い線。隙間にひしめく不規則な四角たち。その一つに、オレたちの居場所を示す青丸が乗っていた。それを見てオレも思わず唸る。
「ほほぅ、これは……」
これって……。これって、つまり……。
オレは一旦スマホから顔を上げ、思い切って姉ちゃんに確認してみた。
「えっと、つまりココ、どこですか?」
「アホか!」
「……うぅっ、だってぇ。オレ地図読むの苦手なんだもん。あ、言っとくけど方向音痴ではないからな! 地図が苦手ってだけで!」
必死に抗議するも、姉ちゃんは、ハイハイ、ってな感じで。うぅー、絶対バカにしてるだろ。
「ウチのマンションだよ。つまりこの位置情報が正しいとすると、あたしたちはまだ自分の部屋にいるってことになる。ま、部屋番号まではわからないけど、外の景色からしてもここはあのマンションではなさそうだね」
そう言いながら姉ちゃんは、スマホの画面から窓の外に広がる森へと目を移す。
オレたちの住むマンションは、大学近くの住宅街にある。大学の裏に雑木林はあるものの、こんなキレイな森が青空の先までずっと広がっている景色なんて、三六〇度見回したってお目にかかれない。
それに、学生用マンションやら、コンビニやら、飲食店やらの
「てことは……、このスマホが間違ってるってこと?」
「もしくは、ウチのマンションの地下に巨大な空間があって、この外の景色もニセモノとか。それでも、あんたのその格好は説明つかないからねえ」
「うーん……? じゃあ、どういうこと?」
オレはすっかりお手上げだ。
「寝て起きたらこうなっていた。そして、スマホの位置情報はウチのマンションのまま。……このことから導き出される可能性は」
「ふむふむ、可能性は?」
さっすがオレの姉ちゃん、もう答えがわかったのか。よっ、天才学者!
「これはあたしの夢、もしくは妄想、ってとこかな」
「へ? ……いや待って! じゃあオレはどうなるんだよ? 現に今、姉ちゃんと会話してんだろ」
「だから、それも含めてあたしの妄想ってことになる」
「いやいや、オレ、ちゃんとここにいるし! 姉ちゃんの妄想とかじゃないから!」
「じゃあ、あんたの妄想なのかもね。実際、あんたは姿形が変わっている。もしかしてそれ、あんたの願望が具現化されたんじゃない?」
うぐっ……。あながち間違ってるとも言えねえ。
「まあ、哲学的な話始めたらキリがないし。とりあえずは、あんたの仮説通り、異世界ってことにしておこう」
「しておこう、って……、そんなあっさり受け入れちゃっていいのかよ?」
「夢の中だって、異世界にはかわりないからね」
そうなのか? うーん、そうなるのか?
「じゃあまずは、ここがマンションとは全く別の場所だっていうことを立証するために、外に出ようか」
「はあっ!? 外出るって、そんないきなり、危なくねえのかよ? まだここがどこかもわかんねえのに」
「ここから離れてみて、それでもGPSの示す位置が変わってなければ、コッチが間違ってるってはっきりするし」
そう言って姉ちゃんはスマホを掲げてみせる。
「それに、外に出てしばらく歩けば、さすがにこの景色が全部本物か、巨大スクリーンとかに投影されたニセモノか、判断できるでしょ」
「待てって! 危ねえよ! 外に何がいるかわかんねえし……。そうだ、一歩外に出たら、廊下にはゾンビがウヨウヨしてたりするかもしれねえんだぞ!? ここは忘れ去られた病院とかで、なんかの怪しい人体実験が失敗して……」
「ゾンビ? ……そしたらまあ、仲間にでもなっとけばいいんじゃない? 郷に入れば郷に従え……って……」
オレの制止を気にもせず、姉ちゃんはガチャリとドアノブを引いた。
その足元に、そいつはいた。
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