第2話 謎の彼女

「頑張ってるね」

振り返るとそこには、少女が一人こちらを向いて立っていた。

見たところ年齢はボイドとそう変わらない、銀髪で、片方の目を髪で隠している。もう片方の目はきれいな赤色で強気な雰囲気が見てとれる。本来ならここで、女子にあまりなれていないボイドなら緊張して何も喋れなくなるのだが

「誰だ、お前は」

普通に、というか少しきつめの口調で聞いた。

「誰だと思う」

目の前の彼女は微笑みながら聞き返してきた。

「はぐらかすな、何故ここにいる」

「何故っていちゃ駄目なのかい」

「ここは俺の精神世界だ、俺しかいない筈だ」

「でも私はここにいる」

「その理由が分からないから聞いているんだ」

ここはボイドの精神世界、ボイド以外誰もいる筈がない。唯一干渉出来るのは術者の先生だけだが、見た目が違う、あの先生は若いがそれでも26だ。さすがに15や17に見違えることはない、もう一つ可能性があるとすれば、ボイドが二重人格者だということ。過去にも精神魔法をかけられてもう一人の自分と会って対話したという記録が残っている。だが、ボイド自身二重人格の自覚はないし、仮に二重人格だったとしてもここまではっきり姿は表せない。二重人格の人でもう一人の自分と会ったという人も、みんな姿はおぼろげだったと言っている。理由としては、ひとつの身体には一つの魂が普通で二つ以上は宿らない。もう一人の自分も一つの魂の一部で主格の自分と比べたら存在感がないのでおぼろげな姿になる。

「君は先生でもないし、もう一人の俺でもない」

「そうだね~」

「ならお前は一体何者なんだ、何で俺の中にいる」

「ん~、出来ればそれは答えたくないかな」

答えたくない、ということは自分が何者か分かっているということになる。その上で答えたくないということは何か理由があるのだろう。

「分かった、理由は聞かない。だがせめて名前は聞かせてくれ」

彼女は少し悩むようにして、

「そうだね、私もいつまでもお前呼びは嫌だし」

そう言うと、自分の胸に手を置いて

「私はフィル、魔法の知識だけなら誰にも負ける気はしない」

「そうか、俺は…」

「あぁ知ってるよ、ボイドでしょ」

「そうだ、ちなみに残念ながら魔法は使えない」

「それも知ってるよ、どんだけの間君の中にいたと思ってるの」

それは一切言われてないから何も知らないのだが、

「その口振りだと長い間俺についてたみたいだな、いつからいた」

「それは秘密~」

「…そうか」

やはりというか、彼女はボイドのこと結構詳しく知っているみたいだ。

「そういえばあれ知ってるか、『汝我求めん』の続きの祝詞」

「……そうやって私がいつからいたかさりげなく聞く気でしょ」

どうやらバレていたようだ。ちなみに今の祝詞はボイドがまだ小さい頃、今はいない幼なじみと一緒に考えた魔法で、結局完成しなかったがもしこの魔法が完成していたら魔法使いが途端に無害に変わるほどの効果を持ったものだった。

つまりこの魔法の祝詞の続きを知っていたなら、少なくても10年はボイドの中にいたことになる。

「私のこと、そんなに信用できないかな」

彼女ーフィルが不満そうな目でこちらを見てくる。どうやら下手に探ったことが嫌だったらしい。

「すまない、少なくても精神世界にいきなり出てきて自分のことをよく知っているやつに会うのは初めてでね」

皮肉っぽくそう言うとフィルは少しムッとした表情になる。だが何も言わずにボイドのそばに近づいてきた。何をする気だという目で見れば「そんなに睨まないで~」と言い、ボイドの手を取る。本当に何がしたいんだと思い聞こうとした時、

「精神魔法に対する訓練をしているんでしょ、だったらコツを教えてあげる」

「なん…」

「何で知ってるかって?私は君のことをよーく知ってるよ、君自身が知らないようなことまでね。」

ボイドはそう言われて考えていた、あの日のことを。

あまり記憶には残っていないがボイドには女の子の幼なじみがいた、ずっと仲良く遊んでいて彼女の家に居候することもあった。ずっと仲良く過ごしていく、自然とそう思っていた、あの日までは。その子の家に居候になっていたとき、事故が起きた。ボイド以外は助からず幼なじみもその両親も死んでいた、その日のことがよく思い出せない。何回も思い出そうとしたが少しも思い出せないのだ。

「ちょっとなにぼーっとしてるの、せっかくコツを教えてあげるんだからしっかりしなさい」

「あ…あぁ、すまない」

フィルに言われて意識を記憶からフィルに戻す。そしてここで疑問が一つ

「何で君は俺が知らないような知識まで持っているんだ」

そう、仮に昔からボイドの中にいたとして見たものや感じたもの、知識もボイドが今まで得たものを共有しているだけの筈。何故、今突然現れたフィルがボイドが知らないようなことまで知っているのか、おかしいところである。

「さぁ、何ででしょう」

フィルは笑ってそう返してきた。こうなったらもう話さないだろう、今のところフィルについて得られた情報は、昔からボイドの中にいたということ、魔法の知識がボイド以上のこと、それ以外にボイド自身が知らないようなことまで知っているということだけである。

(秘密が多いやつだ……)

恐らく今無理に聞き出そうとしても無意味だし、下手したら精神の深いところに逃げられて終わりだろう。

追い追い聞き出せばいいかと思いつつ、ボイドはフィルの説明に耳を傾ける。

「まず、精神魔法って言うのは相手の心、魂に干渉する魔法だってのは知ってるよね」

ボイドはうなずく、これは授業でもやったしなんなら何回もその魔法を受けている。

「精神魔法は術者の腕にもよるけど、何よりかけられた人の精神状態に大きく関わる。どれだけ肉体を鍛えても精神が弱いようだったら秒でやられる、逆を言えば精神が強ければ魔法は無意味ってこと」

「つまり今から俺の精神を鍛えると?」

「それもあるけどちょっと違う。心に高い壁を作るんだよ」

「……は?」

心に高い壁……?なに言ってるんだこいつという表情でフィルの方を見る。

「ちょっとなによその表情は、なに言ってるんだこいつみたいな顔しないでよ」

「よく分かったな」

「そんな顔されたらね……いい、もう一回言うわよ。心に高い壁を作るの」

「俺は今お前に対して壁が出来そうだ……」

「何でよ…いやまぁ、あながち間違いではないけど」

どういう意味だ、と思いそこで気づく。壁を作るということに、なんとなくコツをつかんだ気がする。早速実践してみようと集中する。イメージとしては壁を作るというよりかは、相手を拒絶して遠くにはね飛ばそうみたいな感じ、要するに「ここにお前の席ねぇーから」の状態にすればいい。

「そうそうその調子。あっ、ちなみに私を追い出そうとしたって無駄だからね、ここよりもっと深い精神で繋がってるから簡単には追い出せないし、無理やり追い出そうとしたらお互いにダメージ負うだけで追い出せないよ」

どうやら考えがばれていたらしい。彼女の言う通りコツをつかんでから彼女を追い出そうと試みたが無駄だった。なんと言うか、ぬかに釘、暖簾に腕押しみたいに手応えがいまいちない、微かに拒絶できている気はするが、結局彼女の方が強いのか拒絶するのを拒絶してくる。

「そうらしいな、無理すればなんとかなるかもしれないがリスクがヤバイし成功する確率も限りなく低い。だったらやらない方が賢明な判断だよな」

そう言うとフィルは納得したようにうなずいた。その顔にどこか安堵のような色が見えたが、恐らくボイドが無理やり追い出そうとすることを危惧していたのだろう。そうした場合、ボイドにもフィルにも両方にダメージがいく。どれほどのダメージかは分からないがフィルが危惧するぐらいだ、結構な威力なのだろう。

(とりあえず現実に戻ったら誰かに相談するか)

「あっ、別に私のこと他の誰かに相談したりしてもいいよ。君の場合相談出来る人が片手で数えるぐらいしかいないだろうけど」

笑いながらそう言ってきた。

(自覚はしているが他人に友達がいないと言われるのは相当頭に来るものだな)

ボイド自身も友達、ていうか話す相手が数人しかいないことは自覚している。ラブのことは学園で唯一の友達だと思ってるし、他に話す人といえばおばさんぐらい。そう考えて改めて自覚する。

(俺…本当交友関係狭くね…………)

分かってはいた、もちろん分かっていたのだ。幼い頃に両親は行方不明になったし、それから居候になった幼なじみのところでも事故でボイド以外助からなかったし

、学園でも最初はたくさん声かけられて有名になったりしたが今は別の意味で有名になったし、なんなら軽いいじめみたくなってたし……そう考えたところでボイドは思考を停止した。理由はただ一つ、

(これ以上考えたらもう泣きそう…)

なんならもう涙目の状態なのである、これ以上攻撃をくらったら悲しみやら虚しさやらその他もろもろの感情が混ざって涙腺崩壊してしまう。

「ちょっ、何泣いてるのよ」

「いや、ちょっとな……」

声をかけられてボイドはフィルがいたことを思い出す

。他人にこんな情けない顔を見せたくないと思い、涙を引っ込めようとしたとき、

「あっ、まさかさっきの友達が少ないって言ったこと気にしてる?」

彼女の発言がボイドの心に1HIT。

「いや、あのね…別に友達が少なくてもいいと思うわよ。それだけ信頼できる人ってことでしょ。だから別に友達が少なくても……」

彼女の必死なフォローでさらに1HIT。そしてあんまりフォローになっていないので1HIT。計3HIT、これに対し、ボイドの心最初の一撃でK.O.寸前。さらに二擊目で心の壁粉砕、最後の止めの一撃でボイドの心…………死亡。その結果、

「はは、そうだよ……俺は友達が少ないよ、少ないっていうか一人しかいないよ…………それ以外に話せる人っていったらおばさんしかいないよ………………そうだよ所詮俺はぼっちだよ…一生これ以上友達が増えることはないんだ……いいよ…それでも……俺にはおばさんとラブがいるもの…二人もいる、すごくない…まぁ他の人は10人以上いるんだろうけど……はは……ハハハハ…」

壊れた。一人座り込んでなにやらぶつぶつ言いながら笑っている、傍から見たらただのヤバイやつである。

もっと人が寄ってこないだろう。

「いや、あの…本当にごめんね」

「いいよ…事実だもの……」

その場が静まり返る、そしてなんとも言えない空気になる。

「……じゃ、じゃあ練習を再開しましょうか」

(そうだ、今は精神魔法に対する抵抗方法について練習してるんだった)

「おう、じゃあ始めるか」

あんまりうじうじしても仕方ないだろうと思いゆっくりと立ち上がりフィルの前に向かう。そしてあることに気づく。

「なぁ、この心に高い壁を作って相手を侵入させない方法が有効なのは分かるけどさぁ」

「ん?」

「今みたいにもう侵入された後どうするんだ」

そう今はもう先生によって魔法をかけられた後なのである。練習だから精神世界でなにもしてこないが、これがもし本番の実戦だったら今ごろ精神攻撃をくらっているところである。そのときに心の中で壁を作ったとしても、もう中に侵入してきてるなら意味はない。

だからどうすればいいかフィルに尋ねたのだか、彼女の表情を見た瞬間に思わず絶望してしまった。

なにせ、彼女の表情が物語っているのだ「あれ~、どうすればいいんだっけ」と。

「お前、まさか…」

「いや、もちろん分かってるよ…今ちょっと思い出すから……」

見るからに焦ってる、これ絶対分かってない。

「…………ええっと、あれ、これどうすれば……」

もう心の声がもろに出てる、どうすれば……とか言ってる。

「えっ…こんな解決方法でいいの、でもこれ以外載ってないし……」

なんかぶつぶつ言ってる、載ってるとかなんか言ってるし。

「……よし、方法が分かったわ」

そう言うと彼女はこっちを向いた。どんな方法かと思い尋ねてみる、

「で、どんな方法だ」

「それはね……」

すごい自信満々みたいな顔をして胸をはった。どうやら本当に方法が分かったらしい。これなら心配ないだろう。

「ズバリ、気合いよ」

「……は?」

前言撤回、心配大有りだった。なんなら本日二回目の「……は?」が出てしまった、やけに自信満々の顔をしていたので大丈夫かと思ったがこんな回答が来て思わず口から出てしまった。そして深いため息をついてあまり傷つけないよう意識しながら

「そうかそうか、気合いか。うん、そうだよな、気合いがあれば大概はなんとかなるよな。でもなフィル、俺が聞きたいのはな、具体的な対処法なんだよ。分かんないなら素直に分かんないって言っていいんだぞ。俺も別に鬼じゃないからな、怒んないぞ」

そう言った。そうしたらフィルは素直に「ごめんね~本当は分からなかったんだ」とってくるだろうと考えたのだ。だが、ボイドの考えは外れた。

「嘘じゃないもん…本当にそう書いてあったんだもん」

と涙目で、いや泣きながら言ってきた。これにはさすがのボイドでも慌てた、なにせ人を泣かせたのである、それも女の子を…。普段からあんまり人と話さないボイドにとってこれは魔法の実技試験よりも大変なことだった。昔からおばさんに女の子には優しくしろと言われてきたのでなるべくそうして生きてきた。ラブが何か困ってそうなときはすぐに声をかけたし、さっきみたいに作業が多く終わりそうにないときには早く終わるように作業を手伝った。

(……こう考えると、俺ラブにしか優しくしてね)

まぁ、ラブ以外に友達がいないのでそれも当然なのだが。それはさておき、今まで女の子、いや目の前で人が泣いたことがないのでどうすればいいか分からなくなる。とりあえず頭撫でておけばいいのかと思い、フィルの頭を撫でる。そうするとゆっくりと泣き止んでいった。

(はぁ、なんとかなった)

―――――――――――――――――――――

さて気を取り直して、改めて確認する。

「じゃあ、内部に侵入してきた敵を追い出すためには気合い、もとい強固な意志があればいいんだな」

「意志じゃなくても夢や目標でもいいんだけどね……」

「なるほど…」

要するに精神世界に侵入してきた相手には、強い思いが必要不可欠ということだ。だからさっきフィルは気合いと言ったのだろう。

「でも、もう侵入された後じゃ意志ではあいてを追い出しにくい。入ってこれるってことは相手の精神力が自分の精神力を上回ってるってことだから。だから必要なのは強い夢や目標、それを思い出せば精神力が上がる」

「へー、そういうものなのか」

つまり今のボイドに何か強い夢があればいいのだ。

(夢、か……)

夢がないわけではないが、強い憧れがあるかと言われれば何も言えない。夢というよりもどちらかというと使命の方がしっくり来る、別に誰かにそれになれと言われた記憶はないが、それにならなければいけないと思うのだ。

「…で、ボイドの夢って何?」

正直言いたくない、めちゃくちゃ恥ずかしい。でも言わなければずっとこのままなのでボソッと

「……伝説的な英雄になること……」

と言った。もうめちゃくちゃ恥ずかしい、顔から煙が出そうだ。

「へぇ…伝説的な英雄か」

「笑いたきゃ笑えよ」

投げやりっぽくそう言うと彼女はまっすぐこっちを向いて、

「笑わないよ、いい夢じゃない」

そう言ってくれた。なんか、これはこれでまた別の恥ずかしさが沸き上がってくるが少し心が軽くなった。

「何で英雄になりたいの……?」

「……何でだろうな、自分でもよく分かんないだけどさ、ならなくちゃいけないって思うんだよな…例えどれだけ辛い道でも……」

そう言うとフィルはどこか後ろめたそうな、でも嬉しそうな顔をした。なんだ、と思いつつ次はどうするのかと聞く。

「ええと、次はその夢をイメージして……」

「イメージして?」

「乗っ取られてたまるかーって気合いで」

「結局気合いかよ」

やはりなんでも最後に行き着くところは気合いなのかと思いつつ集中する。

(英雄になるまで……乗っ取られてたまるかよーー!)

理由は分からない、ただならなければいけない。

そうして気合いをいれると意識が遠くなっていく。

遠くなっていく意識の中でフィルの声が聞こえた。

「成功だ、じゃああっちでもよろしく」

どういう意味だ、と言おうと思ったが意識が遠のいてそれ以上考えられなかった。

―――――――――――――――――――――

目が覚めると目の前には先生がいた。

(ああ、そういえば先生の魔法に対する訓練をしてたんだった)

そう思い出すと徐々に精神世界のことも思い出してきた。フィルの言う通りにやったら成功したらしい。

先生が少し驚いたような表情をしてそれから声をかけてきた。

「よく戻ってこれましたね、さすがのあなたでも上級魔法はまだ無理だと思ってましたよ」

「はは…」

ここで精神世界で俺以外のもう一人にあったんです、と言っても恐らく信じてもらえないし、ましてやその存在から解除の方法を教わったなんて持っての他だろう。さてどうしたものかと思ったときどこからか声がした。

「――よかった、無事成功したんだね――」

ボイドは即座に周りを見るが誰も言ったような素振りは見せない。どういうことだと思った瞬間、

「――わっ――」

目の前にフィルが現れた、衝撃のあまり固まってしまうが思考は混乱していた。

(何でこいつがいるんだ、ここはもう精神世界じゃないだろう。いや、それよりも周りの人たちにどうフィルのことを説明するべきか――――)

だが、周りを見てみると何も変わらずいつも通りに過ごしていた。

(まさか、フィルが見えてないのか)

そう考えると目の前にいるフィルが

「――ボイド以外に私は見えないし、声も聞こえないよ。精神世界の深いところから浅いところに出てきただけだから現実世界に出た訳じゃないし――」

と言ってきた。とりあえずこの状況を理解し、この後どうするかしばらく悩み一つの結論にたどり着いた。

「おばさんに相談するか」

今のボイドの唯一の家族であり、この学園の校長でもあるテルに話すことにした。

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