第209話 天秤


第049日―3



「あ、ハーミル、ちょっと待って!」


止める間も無く、ハーミルがベッドの上の掛け布団を、思いっきり取り去った。

そこには当然、小さく丸くなっているメイがいるわけで……


「……ハーミル、おはよう」

「メイ、おはよう……じゃな~~い!」


ハーミルの絶叫が響き渡った。




数分後、うなだれて座る僕達二人の前に、ハーミルが仁王立ちしていた。


「で、何していたのかしら、お二人さん?」


僕は努めて平静を装いながら、言葉を返してみた。


「何もしてないよ」

「何もしてないなら、なんでメイが来てないって嘘ついたの?」

「いやその……つい……」


まさか、ハーミルが嘘をついているんじゃないかって話をしている最中に、当の本人がやってきたから、慌てて、取りつくろった返答をしてみただけ、なんて説明するわけにいかない。

それにこの状況下だと、ハーミルこそ嘘ついていたんじゃないの? って言い返せば、話がエスカレートして、もはや収拾つかなくなるだろう。

というわけで、僕は結果的にしどろもどろな言葉しか返す事が出来ないわけで。


ハーミルが煮え切らない僕にではなく、メイに問い掛けた。


「大体、なんでメイが、カケルの布団の中にいるのよ?」

「ハーミルが……急に来たから……」


どうやらこちらも、僕とあまり変わらない精神状態のようだ。

ただしメイの場合、ハーミルが嘘をついているのでは? と思ったきっかけが、自分のストーキング行為だったわけで、ある意味、僕よりも動揺しているのかもしれない。


ともあれ、ハーミルの顔が険しくなった。


「ま、まさか、二人して……!?」


ハーミルの言葉に、メイがチラッと僕の顔を見てから、真っ赤になってうつむいた……って、え?


「ちょ、ちょっと、メイ!?」


ここは別段、赤くなってうつむく場面じゃないよね?

慌てる僕を尻目に、ハーミルの瞳にみるみる内に涙が溜まっていく。


「二人とも……酷いじゃない……」

「ハーミル?」

「何も、私の家の中でそんな事しなくても……」

「えっ?」


メイの様子を目にして、すっかり何かを勘違いしてしまったらしいハーミルをなだめるのに、それからたっぷり、30分以上掛かってしまった。



ようやく落ち着いたハーミルが、改めて問い直してきた。


「……つまり他愛も無いお喋りしていたら、急に私がたずねてきたから、勢いでメイは来てないって答えちゃったっていうのね?」

「そ、そうだよ。ごめんね。メイと二人っきりで部屋にいるとこ見られたら、ハーミルが誤解するかもって思って」

「本当に誤解されるような事はしてないのね?」

「してない。してない。ね、メイ」


僕は同意を求めるため、メイに話を振った。


しかし……


「うん、別にやましい事はしてないわ」


そう言うとメイは、僕にそっと身を寄せてきた。

それを目の当たりにしたハーミルのテンションが、再度跳ね上がる。

対照的にメイの方は澄まし顔のまま。


……


もしかしてメイ、わざと?

ハーミルの反応見て楽しんでいる、とか?


「メイ。ここはふざけていい場面じゃないよ」


ささやきながら、メイをそっと引き離した。

しかしメイは軽く落胆したような顔で、囁き返してきた。


「別にふざけているわけじゃないんだけど」


一方、僕達の様子を見ていたハーミルが、再びうつむいて、今度はとうとう、大粒の涙をポロポロ流し始めた。


「私だって、カケルが別の世界に連れ去られて……全然寝られなくて……なのに……」


僕は慌てて、ハーミルに言葉を掛けた。


「ハーミル? ちょっと、本当にごめん。何だか分からないけど、きっと僕が悪いから、お詫びにハーミルの言う事、何でも聞くよ」


うつむいていたハーミルの肩が、ぴくっと動いた。


「何でも?」

「うん、何でも。ハーミル、何か僕にしてもらいたい事って無いかな?」


ハーミルが上目遣うわめづかいになった。


「じゃあ明日は、一日私に付き合って」

「なんだ、それ位。お安い御用だよ」

「メイ抜きで」

「いいよ」


ホッと一息つこうとしたところで、メイに袖を引っ張られた。

視線を向けると、今度はメイの瞳に涙が溜まっている。

僕はメイに囁いた。


「ハーミルは明日で休暇終わりだからさ。最終日くらい、ハーミル孝行させてね。その代わり明後日からは、ちゃんとメイのために時間作るから」



こうして、すっかり機嫌が直った感じのハーミルと、逆にしょんぼりしてしまったメイの二人は、それぞれ自分達の部屋へと戻って行った。



――◇―――◇―――◇――



場面変わって、深夜の結社イクタス本部……


巨大なクリスタルが浮遊する広目の書斎のような場所で、サツキ、イクタス、そしてミーシアの三人が話をしていた。


「ほう……カケルが“謎の店主”に関心を示していた、と?」


イクタスの言葉に、ミーシアがうなずきを返した。


「ええ、なんだか妙に、“謎の店主”の事を知りたがっていたわ」


ミーシアは結社イクタスの面々に、今日の午後、カケル、ハーミル、メイの三人が冒険者ギルドまで、自分を訪ねて来た事を既に伝えていた。


「このタイミングで“謎の店主”にこだわりを見せる、と言う事は、やはりカケルの拉致された世界での経験が影響している、と見るのが妥当じゃろうな」


そこで言葉を切ったイクタスは、サツキの方を向いた。


「サツキ。そろそろ真実をカケルに……」


それをサツキがやんわりとさえぎった。


「その件に関しては、私に一任してくれるという事になっていたはず」

「まあ、それはそうじゃが……」


イクタスが言いにくそうに言葉を継いだ。


「しかしいずれ分かる時が来るぞ? それが先延ばしになればなるほど、お互いつらくなるとは思わぬか?」

「私に万一の事があっても、『彼方かなたの地』にはもう一人の私がいる。カケルならきっと大丈夫だ」


イクタスはなお少しばかり何かを言いたそうな雰囲気を見せた後、話題を変えてきた。


「ところでサツキ。カケルに与えたあの腕輪、実際はどのような由来なのじゃ?」

「ただ、紫の結晶と組み合わせる事で、所持者の霊力を飛躍的に増大させる事が出来る代物しろもの、という事しか分からぬ」

「おぬしが元々所持しておったのじゃろう? 自分で造ったわけではないのか?」

「どうであろうな……? 霊力を保持しておった頃の私なら、造ろうと思えば造れたとは思うが。実際なぜ私があの腕輪を所持していたのかは、さっぱり思い出せぬ」


二人の会話を黙って聞いていたミーシアが言葉を挟んできた。


「カケル君、私達に全てを話してくれているわけじゃ無いわよね?」


イクタスが、ミーシアの言葉を肯定した。


「そうじゃろうな。カケルの判断と言うより、あのシャナと言う娘の判断と思うが」

「シャナちゃん、見た目とは裏腹に、なかなかしたたかな子ね」

「わしも全く同じ意見じゃ。我等との対応、『彼方かなたの地』への扉が閉まる前後の行動、いずれを取っても、ただの15歳のエルフの娘では無い事は、明らかじゃ」

「彼女とは、ゆっくり話がしてみたいわね……」

「ちと機会を作ってみるとするか……」

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