第210話 洞窟


第050日―1



翌朝、朝食後、手早く支度を整えた僕は、ハーミルと共に家を出た。

ちなみにメイはとくにごねる様子も見せず、すんなりと僕達を送り出してくれた。

もしかしたら事前に、ハーミルから何か言い含められていたのかもしれない。

それはともかく、二人で並んで通りを歩きつつ、僕はハーミルに話を振った。


「今日は約束通り、ハーミルの行きたい所に付き合うよ。どうしようか?」

「実はさ、アルザスの街に行って冒険の依頼受けてみたいんだけど、良い?」

「もちろん。なんか、ハーミルらしくて良いね」

「二人っきりで冒険って、ヘルハウンド第68話狩り以来だよね~」


うきうきと話すハーミルを見ていると、なんだか僕まで楽しくなってきた。

やはりハーミルは、元気が一番似合っている。



僕達は昨日同様、転移の魔法陣経由でアルザスの街に降り立った。

そのままハーミルとの会話を楽しみつつ、ぶらぶら歩いていく事十数分。

冒険者ギルドの建物が見えてきたところで、僕はその場に似つかわしくない一人の少女の存在に気が付いた。

年齢は10歳位であろうか?

とても裕福とは言えない身なりのその少女は、ギルドの建物の入り口付近で、通りかかる冒険者達に何かを話し掛けては邪険に追い払われていた。

僕はその少女を目線で指しながら、隣を歩くハーミルにささやいた。


「あの子、どうしたんだろう?」

「ん?」


当然ながらハーミルもその少女を視界に収めたはず。

しかしなぜか、彼女はあまり関心の湧かなさそうな顔をしている。

その事に軽い違和感を抱いたけれど、自然に足を止めてしまった僕は、その少女の行動をそっと観察してみた。

その間も、少女は冒険者と思われる人々に次々と声を掛けていたけれど、あまり相手にはされていない様子であった。

見かねた僕はその少女に近寄り、声を掛けてみた。


「こんにちは」

「!」


声を掛けられると思っていなかったのか、その少女は思った以上に驚いた感じで振り向いた。


薄汚れた血色の良くない顔。

ぼさぼさに伸びた髪。

ぼろ布のような衣類の間から延びる枯れ枝のように細い手足。

彼女の瞳には、うっすら涙が溜まっていた。


僕は出来るだけ相手を安心させようと、笑顔で問い掛けた。


「どうしたの?」


少女が、値踏みするような視線を向けてきた。


「お兄さん、冒険者ですか?」

「うん、まあ一応」

「一人ですか?」

「ううん。もう一人いるよ」


口にしながら、僕はハーミルの方に視線を向けた。

少女は僕とハーミルの顔へ交互に視線を向けながら、おずおずといった感じで切り出した。


「あの……私達の村を助けてくれないでしょうか?」

「君達の村?」

「はい、実は……」


しかし少女が何かを話し始めようとしたタイミングで、僕はハーミルに袖を引っ張られた。


「カケル、ちょっと……」


そしてそのまま少し離れた場所に僕を誘導してから、小声でたずねてきた。


「どういうつもり?」

「どういうって?」

「もしかしてあの子の話、聞いてあげようかな~とか思っている?」

「うん、聞くだけ聞いてあげようよ。困っているみたいだし」


ハーミルはしばらくの間、僕の顔をまじまじと見つめてきた後、何故か大きく嘆息した。


「まあいっか。お人好しなのも魅力の一つだし、別に大した事にはならないか」

「えっ?」


ハーミルの言葉の意味を図りかねていると、少し離れた場所から様子を伺っていたらしい少女が、不安そうに問い掛けてきた。


「やっぱり、ダメ……でしょうか?」

「あ、ダメじゃないよ。話してみて」


少女が語ったところによると……


少女の村は、ここから徒歩で三日程かかる場所にある。

最近、その村の近くの洞窟にモンスターが住み着き、度々村人を襲うようになった。

モンスター退治は、本来は冒険者ギルドへ依頼するのが一般的。

しかし少女の村は貧しく、冒険者ギルドに依頼を出せる程の余裕はない。

困った村人達は手分けして、近隣の村や街で、助けてくれそうな冒険者達と直接交渉する事にした。

少女もモンスター退治を引き受けてくれそうな冒険者を探して、アルザスの街までやって来た……


「助けてもらえるなら、精いっぱいのお礼をさせてもらいます」


語り終えた少女が、深々と頭を下げてきた。

僕はハーミルに顔を向けた。


「ハーミル。ヤーウェン郊外の陛下の軍営には、いつまでに戻れば良いの?」

「まあ、明日の朝までに戻れば良いと思うわ」


モンスターが棲みついてしまった洞窟、つまり少女の村の近隣までは、歩いて三日程かかるって話だから……


「さすがに間に合わないか……」


転移すれば今日中に往復出来そうだけど、僕は知らない場所への転移は不可能だ。

かといって、ここでメイを呼び出して、彼女の転移魔法で僕とハーミルの送迎をしてもらうのは、激しく何かが間違っている……ような気がする。


悩んでいると、少女が声を掛けてきた。


「あの……馬車で来ているので、今から出発すれば、夕方には到着出来ます」


それなら、帰りは僕の霊力で転移すれば、期日までに戻れそうだ。


僕は改めてハーミルに提案した。


「ねえハーミル。助けてあげようよ」


なんか気乗りしない様子だったし、断られるかな?


チラッとそんな事を考えたけれど、ハーミルは意外な言葉を返してきた。


「分かったわ。よく考えたら、これはこれでちょっと面白そうだしね」


少女はレミアと名乗った。

彼女は僕達を、街を出てしばらくいった場所に止まっている馬車の所に案内した。

馬車の御者台には、一人の老人が腰かけていた。


「レミア、お帰り。そこの方々は……」

「冒険者の方々よ。私達を助けてくれるって」


僕とハーミルが挨拶すると、老人は笑顔になった。


「有り難うございます。さっそく案内しますぞ。さあ、お乗り下され」


僕、ハーミル、そしてレミアの三人を乗せた馬車は、目的地目掛けて疾走し始めた。

幌の隙間から見える景色が、結構なスピードで後ろに流れて行く。

道々、僕達は村を襲うというモンスターについて、レミアに聞いてみた。


「どんなモンスターか、よく分らないんです。いつも現れるのは夜中で、襲われた人は、皆殺されてしまうので……」


どうやら、目撃者はいないという事らしい。


僕は涙ぐむレミアをなぐさめた。


「安心して。僕とハーミルとで、必ずそのモンスターは退治するから」


ハーミルは剣聖と畏怖されるほどだし、僕もそれなりには強いはず。

魔王クラスならともかく、その辺の野良モンスターにおくれを取る事は無い……はず。


途中何度か休憩を挟みながら、夕暮れ時、馬車はようやく目的地に到着した。



そこはごつごつとした岩肌がき出しになった、赤茶けた崖の下であった。

何度か崖崩れでも起こったのであろう。

地面のあちこちに、大きな岩が転がっている。

その崖の壁面に、洞窟の入り口が開いていた。


老人が怯えたような表情で、洞窟の入り口を指さした。


「あそこがモンスターの棲家すみかですじゃ」


僕はハーミルに声を掛けた。


「行こうか?」


ハーミルは黙ってうなずきを返してきた。


僕は老人とレミアには馬車の中で待つよう伝えて、ハーミルと連れ立って馬車を降りた。

そして慎重に、洞窟の中へと足を踏み入れた。

洞窟の中は文字通り、真っ暗であった。

僕は霊力の感知網を広げつつ、霊力を使って明かりを作り出そうと試みてみた。

すぐに僕達の少し上に、僕と一緒に移動してくれる柔らかい“光源”が出現した。

明りに照らし出されたハーミルの顔に、驚きの表情が浮かんでいた。


「この明かり……カケルって、魔力持っていなかったよね? もしかして霊力使ったの?」

「うん、そうだよ」

「前、こういうのって出来ていたっけ?」

「まあ、今までは試す機会が無かったというか……」


以前の自分なら、霊力をこんな風には扱えなかっただろう。

ハーミルに詳しくは伝えられないもどかしさはあるものの、あの世界での経験が僕を成長させた。


少し感傷にひたっていると、突然洞窟全体が揺れ始めた。

天井から、ぱらぱらと細かい破片が落下してくる。

落盤かもしれない!


「ハーミル!」


僕は咄嗟にハーミルを抱えて、霊力の盾を展開した。

緊張の中、事態の推移を見守る僕の腕の中で、意外にも冷静そうなハーミルがボソッと呟いた。


「やっぱり、こうなるか……」

「えっ?」


どういう意味だろう?


しかしハーミルの呟きの意味を理解する間もなく、凄まじい振動と轟音が襲って来た。



―――ゴゴゴゴゴォォォ……



地響きは数秒ほどで収まった。

しかし振り返った時、入り口方向は完全に土砂で埋め尽くされていた。



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