第205話 偽者


第049日―Y2



狭い通路を埋め尽くすように、モンスターの集団が勇者達に襲い掛かってきた。

しかし勇者達は、見事な連携で次々とそれらを倒していく。

モンスターの断末魔の叫び、詠唱の声、血の臭い……

凄惨な戦闘が続く狭い通路で、ナイアは微かな違和感を抱いた。


「おかしい……」


モンスターの集団は、湯水のように大量に押し寄せて来るものの、その攻撃は単調であった。

そして先程の広間で勇者達と交戦したナブーも【彼女人形】も姿を見せていない。

ナイアは北の塔で、メイが時間稼ぎの為に次々召喚し続けたゴーレムと対戦第35話した時の事を思い出した。

彼女は傍で敵と戦うアレル達に声を掛けた。


「こいつら、元からここに配置されているにしちゃ、数が多すぎる。もしかしたら何者かが召喚し続けているモンスターなのかもしれないね」

「この先の広間に、僕等を入れたくない事情でもある、と?」

「まあ、確かめてみるさ」


ナイアはアレルにそう声を掛けると、モンスターの集団の中で、手薄そうな場所の一点突破を試みた。

彼女は自身の使い魔達をうまく陽動に使い、ついにモンスターの集団をかわし、その先の広間に転がり込む事に成功した。

広間の中はそれまでの通路と違い、昼間のように明るかった。

大きな明暗差に、ナイアの目が一瞬くらんだ。

しかし彼女はすぐに周囲に使い魔達を集めると、態勢を立て直した。

広間の中もモンスター達で充満していた。



あちこちで沸き起こるモンスターの断末魔の叫びと血の臭い……?



ナイアはもう何度目かになる違和感を抱いた。

この広間へは、自分が一番乗りだった。

勇者アレル達は、まだ通路でモンスターの集団と戦っている最中のはず。

ではこの場でモンスターに断末魔の叫びを上げさせ、血の臭いをまき散らしているのは、一体、何者?


辺りを見渡したナイアは、広間の中央に、高さ数m程の巨大な鏡のような物体が置かれている事に気が付いた。

そこから続々とモンスター達が這い出してきている、

という事は、あの鏡のような物体が、ここへ次々とモンスターを呼び込む召喚門のような役割を果たしていると言えそうだけど……


そこまで考えたところで、ナイアは彼女らしくもなく、一瞬、固まってしまった。


召喚門の傍で、一人の少女がモンスター達と戦っていた。


薄紅色の短髪。

動きやすさを重視した軽装鎧。

その顔!

その姿!?


そこには全身傷だらけになりながら、モンスターの群れと死闘を演じる、【もう一人のナイア】がいた。



ナイアが唖然として見守る中、【もう一人のナイア】はモンスターと戦いながらも、じりじりと召喚門に迫っていた。

その時、アレル、イリア、ウムサ、エリスの四人も、モンスターの群れを排除しつつ、広間に突入してきた。


「ナイア……!?」


アレル達もまた、使い魔達を従え、呆然とたたずむナイアと、傷だらけになりながらも召喚門に迫る【もう一人のナイア】、二人の姿を目にして固まっている様子を見せた。

直後、【もう一人のナイア】は召喚門の破壊に成功した。

そしてあれほど充満していたモンスターの群れも、溶けるように消えて行った。

力を出し尽くしたらしい【もう一人のナイア】は、それを見届けると、その場で床に崩れ落ちた。


「ナイア!」


アレル達が【もう一人のナイア】に駆け寄ろうとした。

しかしそれをナイアが止めに入った。


「待ちな!」

「なぜ止めるんですか?」

「あいつはあたしの偽者だ。これは何かの罠に違いない」


アレルはナイアの顔をじっと見つめながら、言葉を返してきた。


「とにかく彼女は召喚門を破壊してくれた。そして気を失っているようだ。彼女が敵なら、行動に矛盾が無いだろうか?」

「気を失っている振りして、あんたを巻き込んで自爆するつもりかもしれないじゃないか。モンスターの中には、化けるのが上手い奴もいるって聞くよ」


エリスがナイアを鋭い目で見つめながら、言葉を挟んできた。


「勇者ナイア。あなたの言葉は、そのままあなた自身にも跳ね返るぞ。あなたが偽者でないという証拠は?」

「あたしはさっき、聖具のタリスマンで身のあかしを立てただろ?」

「私達はあなたが広間に飛び込んでいった時点で、あなたを一度見失った」

「あたしを偽者扱いする気かい!?」


やや気色ばむナイアに、ウムサが声を掛けた。


「わしが調べてこよう。怪我をしておるようだし、わしの癒しの術が役立つであろう。それに防御の加護をかけて対処すれば、自爆されても死にはせんさ」


ナイアは尚も何かを言いかけた。

しかしアレル達が、ウムサの意見に同意を示すのを見て、押し黙った。



【もう一人のナイア】に近付いたウムサは、彼女の様子を慎重に観察している様子であった。

そしてどうやら彼女に危険は無いと判断したらしい彼は、癒しの術を展開するための詠唱を開始した。

やがて【もう一人のナイア】が目を覚まし、顔をしかめながら身を起こした。


「つつっ……ウムサのじいさんか。無事だったんだな」


【もう一人のナイア】は、そうウムサに声を掛けた後、辺りを見渡して怪訝そうな顔になった。


「あたしの頭がおかしくなってなけりゃ、あそこにもう一人あたしがいるように見えるんだけど?」


【もう一人のナイア】の視線の先にいるナイアに目をやったウムサの顔が強張こわばった。


「すると、あなたも自分が勇者ナイアである、と?」

「何言ってんだい? って、そうか、あんたらからしたら、私かあいつかどっちかが偽者って事だね」


【もう一人のナイア】は、胸元のタリスマンを取り出し、それに力を込めた。

タリスマンが聖なる輝きを……放った!?


ナイアにとっては、それはあり得ない情景だった。

大きく目を見開く彼女に、アレルが問い掛けてきた。


「これは……どういう事だろうか?」


ナイアは舌打ちをしながら、自身のタリスマンを握りしめた。


「しょうがない。聖なる輝き位、何度でも見せてあげるさ」


しかしそれは、裂帛れっぱくの気合と共に斬り掛かってきた【もう一人のナイア】によって妨害された。

ナイアは【もう一人のナイア】の斬撃を寸前でかわすと、使い魔達を配して直ちに反撃に移ろうとした。

そんな二人の間に、アレルが割って入った。


「二人とも落ち着いて。状況も分からないのに、戦ってどうする?」

「アレル、どきな。どのみち偽者混ざっていたら、魔王と戦うどころの話じゃ無いさ」

「気が合うねえ、偽者さん。上手く化けたつもりだろうけど、偽者が本物の勇者にかなうとでも思っているのかい?」


二人はアレル達の制止を振り切って戦い始めた。

二人の技量は拮抗して見えたが、使い魔達を従えているナイアの方が、次第に優勢となっていった。


「やっぱり偽者は詰めが甘いねぇ。本物だったら従えているはずの使い魔達、どうしたのさ?」


ナイアが使い魔達を使用しない【もう一人のナイア】に、あざけるような言葉を投げ掛けた。

【もう一人のナイア】が、顔をゆがめて言葉を返してきた。


「なるほど、このためだったんだね」

「何の話だい?」

「最初に転移させられた場所で、あたしの使い魔達が罠に引っ掛かって全滅した。最初は、少しでもあたしの戦力をいどこうって魔王の魂胆だと思っていたんだけどね。まさか偽者に使い魔までつけて、あたしを陥れようとしているとは、さすがに気付けなかったさ」

「言い訳なら、もっとうまいの考えときな!」


ついにナイアが、【もう一人のナイア】の手の中の剣を弾き飛ばした。

舌打ちしながら後ろに飛びのいた【もう一人のナイア】は、魔法の詠唱で対抗しようと試みた。

しかしそこへ、ナイアの使い魔達が殺到した。

ナイアが【もう一人のナイア】にとどめを刺すため駈け出そうとしたところで、アレルが立ちはだかった。


「戦いを止めるんだ!」

「どきな。邪魔するなら、たとえあんたでも容赦はしないよ」


アレルが厳しい表情で告げてきた。


彼女もう一人のナイアのタリスマンは、聖なる輝きを放った。聖具の保持者が倒されるのを見過ごすことは出来ない」



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