第204話 侵攻


一方、勇者達は……



――◇―――◇―――◇――



第049日―Y1



カケルが『彼方かなたの地』を経由して、この世界へと戻って来た翌日。


寒風吹きすさぶ、極寒の地。

およそ命と呼べる物全てを拒絶するかのようなこの場所に、今、5人の男女――勇者ナイア、そして勇者アレル、イリア、ウムサ、エリス――が立っていた。

と、やおらアレルが手に持つ両刃剣――彼が勇者である事のあかしを示す聖剣――を振り上げた。

美しい意匠がほどこされたその聖剣に、聖なる力が宿っていく。

アレルはそのまま、一見、何も存在しない虚空目掛けて聖剣を振り抜いた。



―――パリン!



ガラスが砕かれるような音と共に、最後の結界が破壊された。

そして遂に彼等の眼前に、巨大な黒い城塞がその姿を現した。

ナイアがつぶやくように言葉を発した。


「あれが魔王城……って事でいいのかな?」


つぶやくように発せられたナイアの言葉を、上空を旋回する銀色のドラゴンが念話で肯定してきた。


『そうじゃ。歴代の魔王達に与えられてきた、彼等のまき散らす恐怖と力の象徴じゃ』



―――魔王城



禍々しいオーラを放つその威容は、耐性を持たぬ者の心を凍り付かせると伝えられてきた、魔王の御座所。

勇者達は長らく、この地に至る道を探り続けてきた。

しかしそれは巧妙に隠されており、その手掛かりは皆無と言って良い状態であった。


数日前、状況が変わった。

かつて勇者ダイスと共に魔王ラバスを倒した、と伝えられた神竜、銀色のドラゴンが、突如、勇者達の前に姿を見せたのだ。

銀色のドラゴンは魔王城に至る道と、それを守護する結界について、勇者達にその詳細を語った。

彼等はそのアドバイスに従い、今日、ついにこの地に至ったのであった。


「いよいよだね」

「ああ、いよいよさ」


アレルの言葉を受けて、ナイアは舌なめずりしそうな位、残酷な笑みを浮かべた。



―――オオオォォン!



上空で銀色のドラゴンが咆哮を上げた。

同時に、地上の勇者達に向けて、銀色のドラゴンからの警報が届けられた。


『モンスターの群れが押し寄せるぞ』


直後、魔王城から数十にも及ぶ巨大なモンスター達が解き放たれた。

勇者達は、直ちに戦闘態勢に入った。


「さぁ~て、今日は大盤振る舞いだよ!」


ナイアが聖具のタリスマンを握りしめ、自身の使い魔達全てを召喚した。

そして彼等と供に、モンスターの群れ目掛けて突撃を開始した。

アレルも仲間達に声を掛けた。


「エリス、いこう。イリア、ウムサ、援護を頼む」


仲間達の詠唱、そして聖剣の持つ力を開放する事により、強力なバフを得たアレルとエリスも、ナイアに負けじと、モンスターの群れ目掛けて突き進んだ。

上空を舞う銀色のドラゴンも、凄まじい威力のブレスで、地上のモンスターの群れを焼き払って行く。


1時間も経たないうちに、巨大なモンスターの群れは全滅した。


勇者達はそのまま、魔王城へと突入した。


「勇者達だ! 奴らを何としてでも阻止するのだ!」


魔王城を守る魔族達、そして彼等が使役するモンスターの群れが、勇者達に次々と襲い掛かってきた。

勇者達はそれを排除しながら、前進していく。

やがて彼等は、大きな広間のような場所に到達した。

異形の怪物を模した彫像が建ち並ぶその広間の中央で、モンスターの大群を従えたナブーが待ち構えていた。

彼の傍には、霊力を操る事が可能なホムンクルス――【彼女人形】――も立っている。


「おのれ、勇者どもめ! 神聖なる魔王城にまで押し入って来るとは!」


以前の戦い第90話でナイアに右腕を切り落とされていたナブーは、忌々いまいまにそう叫ぶと、凶悪な魔力を解き放つための詠唱を開始した。

そうはさせじと、突っ込もうとした勇者達目掛けて、【彼女人形】が殲滅の力を放った。

広間では、たちまち乱戦が始まった。


思いの外、統制の取れたモンスター達の攻撃と、絶え間なく繰り出される【彼女人形】の殲滅の力。

一瞬の隙をつかれたナイアは、ナブーの魔力の直撃を浴びてしまった。


全身を襲う激痛!


やがて彼女は、意識を失ってしまった……

…………

……

…………

どれほど意識を失っていたのであろうか?

彼女が意識を取り戻した時、辺りは静けさを取り戻していた。


「ここは……?」


そこは、明らかに先程まで乱戦が繰り広げられていたあの広間では無かった。

天井や壁が、ほのかに燐光を発する幅数m程の通路の様な場所。



もしや、どこかに強制転移させられた?



ナイアは以前、ナブーが苦し紛れに放った魔力を浴びて、南半球にまで飛ばされた事を思い出した。

用心深く身を起こした彼女は、近くにアレル達も倒れている事に気が付いた。

気を失っているらしい彼等を一瞥いちべつした後、ナイアは慎重に魔力の感知網を広げてみた。

すると十数m程上方、一つ上の階層に、先程までいたあの大きな広間が存在する事が感知出来た。



1階層だけ、強制転移させられた?



その事に、ナイアはかすかな違和感を抱いた。

彼女は胸元のタリスマン聖具を握りしめた。

すぐに、現在生き残っている使い魔達を全て招集させる事に成功した。

彼女が使い魔達をタリスマンの中に戻した直後、目を覚ましたらしいアレル達も身を起こした。


「っつ! ここは?」


いぶかる様子を見せるアレル達に、ナイアが声を掛けた。


「アレル。あんたらもあの広間から転移させられたのかい?」

「転移? 僕は戦闘中、後ろから魔力の攻撃を受けて、気が付いたらここにいたって感じだよ。そういうナイアも?」


ナイアは言葉を返すことなく、アレル達の様子を慎重に観察する様子を見せた。

彼女の用心深い性格をよく知っているはずのウムサが、苦笑しながら口を開いた。


「ナイア殿。もしかして、我等をお疑いかな? しかしいくらなんでも、この短時間で我等が偽物にすり替わったりは不可能ですぞ」


しかしナイアはウムサにではなく、アレルに問い掛けた。


「アレル。聖剣の力を見せてもらっても良いかい?」

「もちろん構わないよ」


アレルはうなずくと、手の中の聖剣に力を込めた。

それは勇者のみがそれと分かる、聖なる輝きを放った。

聖剣の備える効果で、アレルの仲間であるイリア、ウムサ、エリスの身体もバフを受けて輝き出した。

ナイアはそれを確認すると、ようやく警戒を解いた。


「あんたらだけに身のあかしを求めるのは、不公平だからね」


ナイアは胸元のタリスマンを取り出すと、力を込めた。

タリスマンもまた、聖なる輝きを放った。

アレルがその場の皆に声を掛けた。


「ともかく、皆無事そうで良かった」



5人は善後策を協議した。


「状況に若干違和感はあるけれど、ここはまだ魔王城の中って理解で良さそうだ。なら、当初の予定通り、このまま最深部、魔王の玉座を目指そう」


一同はナイアの言葉にうなずいた。


歴代の魔王は、皆、魔王城を拠点としてきた。

その構造は、それぞれの時代で相違があるものの、歴代の魔王城に唯一共通する特徴があった。

それが【玉座の間】である。

伝えられるところによれば、玉座の間には、移動不能な黒い水晶が浮遊しているという。

その黒い水晶こそ、魔王の力の源。

黒い水晶を破壊された時、魔王は、魔王として与えられていた全ての力を失うとされていた。

そしてその黒い水晶を破壊できる唯一の存在が、勇者である。

そのため、歴代の魔王達は、必ず玉座の間の“手前”で勇者達を迎え撃ってきた。

ある者は勇者との直接対決で敗北し、またある者は勇者との戦いで隙をつかれて玉座の間に入り込まれ、黒い水晶を破壊されて敗北した。

黒い水晶の存在が、魔王をこの城に縛っているとも言えた。


一同はナイアを先頭に、再び通路を進みだした。

通路の幅は数m。

5人は前後に散開し、さらにその前後をナイアの使い魔達が警戒の目を光らせる。

何者にも遭遇しないまま、数百m程通路を進むと、やがて前方に光が見えてきた。

どうやら、明るい広間の様な場所に通じているらしい。


「また、誰かさんが待ち構えているかもしれないからね」


ナイアは、アレル達にそう声を掛けると、何体かの使い魔達を、前方に見える広間と思われる場所に向かわせた。

同時に魔力を展開して、前方の感知を試みた。


と、前方から大量のモンスター達が、こちらへと押し寄せてくるのが感じられた。


「みんな、お出迎えだよ!」


ナイアは残りの使い魔達全てを呼び出すと、直ちに戦闘態勢に入った。

アレルとエリスもそれぞれの武器を構え、イリアとウムサは詠唱を開始した。

狭い通路で、彼等は再び乱戦の渦に巻き込まれていった。




――◇―――◇―――◇――



次回、勇者達は不可思議な状況に巻き込まれる事に……



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る