第203話 険悪


第048日―8



ジュノの想い、シャナの想い、そしてメイの想い?



――◇―――◇―――◇――



カケルとメイの二人がシャナのもとを去り、20分程過ぎた頃……

息せき切ったジュノが、ノックも無しにいきなりシャナの区画に飛び込んできた。

手にクロスボウを構え、臨戦態勢のジュノに対して、シャナはのんびりした口調で問い掛けた。


「そんなに慌ててどうしたの?」


ジュノはそれに答えず、クロスボウを油断なく身構えたまま、慎重に辺りを見回している。


「ここに“あなたの敵”はいないはず。一体、何と戦おうとしているの?」


シャナの言葉に少しハッと我に返った感じのジュノが、シャナを睨みつけながら問いただしてきた。


「ここに、カケルとメイが来ていただろ?」


シャナが小首をかしげた。


「見ての通り、誰もいない」


しかしジュノは激昂した声を上げた。


「嘘だ! 俺は知っているんだ。お前ら、本当はこの世界を滅茶苦茶にしたんだろう!?」

「? ごめんなさい。あなたの言っている意味が分からない」

「お前らが滅茶苦茶にしてくれたせいで、父様や母様、それに兄様第88話はっ……!」


ジュノがなおも何かを叫ぼうとした時、物音を聞きつけたらしいクレアの侍女達が、シャナの区画をのぞき込んできた。


「何かありました?」


彼女達は、シャナとクロスボウを構えるジュノを交互に見て、不審そうな顔をした。


「大丈夫。私がジュノにクロスボウを見せてもらっていただけ」


シャナはそう話すと、ジュノの方を向いた。


「夜遅くまで騒ぐと皆が迷惑する。そろそろお開き」


ジュノはまだ何か言いたげであったけれど、シャナにうながされ、しぶしぶと自身の区画へと戻って行った。

それを確認したクレアの侍女達も、それぞれ帰って行った。



皆が去り、一人になったシャナは、そっと目を閉じた。


自分と救世主とを『彼方かなたの地』へ直接“迎えに来た第195話”4人の人物。

その中にジュノの姿もあった。

彼女は理由や経緯は不明だけど、『彼方かなたの地』で“何か”を視たか聴いたに違いない。

それが彼女の一連の不自然な行動に繋がっているのだろう。

しかしそれが、具体的に何なのかはまだ分からない。

いずれにせよ、もう少し情報を集める必要がある。

彼女について救世主に報告を上げるのは、その後だ。


救世主は、その能力はあの魔神と化した元女神と並ぶといえども、心は17歳の少年だ。

そんな彼を、私達は私達自身の身勝手さのみで、つまり彼の意志を無視する形――ポポロやエレシュとそうした問題は、事前に散々話し合ったけれど――で、救世主としてあの世界に召喚してしまった。

にもかかわらず、彼は私達の期待をはるかに上回る形で、世界を文字通り救ってくれた。

だから今はただ、ゆっくりと休暇を楽しんで欲しい。


魔神との戦いは、まだ終わっていない。

自分が救世主と共にこの世界へとやってきたのは、きっと運命。

この先、何が起ころうとも、私は私の全てを懸けて、今まで通り救世主を支え続けよう。


シャナは一人、決意を新たにした。



――◇―――◇―――◇――



視界がグニャリと切り替わると同時に、僕はメイと一緒に、再びハーミルの家の中、僕の部屋へと転移していた。

大体、1時間弱、この場所を留守にしていた計算だ。

その間に、もしハーミルあたりが僕達の不在に気付いていたら、少し(説明が)面倒な事になる。

僕はメイに、自分の部屋へ戻るように伝えた後、その辺の様子を探る意味もあって、ハーミルの部屋を訪れてみる事にした。



「ハーミル、いる?」


ハーミルの部屋をノックすると、すぐに扉が開かれた。


「カケル? どうしたの?」

「いや、ちょっと。ハーミル、何しているかな~って」

「なになに? もしかして寂しくなって来ちゃった、とか?」


ハーミルは、若干嬉しそうな雰囲気で僕を部屋に招き入れてくれた。

どうやら僕とメイがこの家を抜け出していた事には、気付いていなさそうだ。


ハーミルは僕を椅子に座らせると、茶菓子を出してくれた。


「カケルは明日、行きたい所ある?」

「そうだね……確か、ハーミルのお父さん、サーカス団が来ているって話していたよね? それ、見に行ってみたいかな」

「ふっふん。そう言うと思って、これ!」


ハーミルは喋りながら机の引き出しを開け、何か薄い板のような物を3枚取り出してきた。


「チケット、もう手に入っているんだ」

「凄いね、いつの間に?」


僕がハーミルと一緒にここへ帰ってきたのは夕暮れ時。

その後、わざわざ買いに行ってくれた、とかだろうか?


「驚いたでしょ? って言いたいところだけど、実際は家政婦のマーサさんが、気を利かせて買っといてくれたものなんだけどね~」


ハーミルはおどけた感じで、そう説明してくれた。



1時間程、ハーミルとのお喋りを楽しんだ後、僕は彼女の部屋を後にした。

そして部屋まで戻ってきて、扉を開けたところで……って、え?


「メイ?」


なんとメイが、手持無沙汰な感じでベッドの縁に腰かけていた。

そんなメイが、笑顔で問い掛けてきた。


「ハーミル、私達が抜け出した事、気付いてなかった?」

「うん。大丈夫そうだったよ。だけどメイ、自分の部屋には戻らなかったの?」

「ごめんね。なんとなく、もう少しカケルと一緒にいたいなって。ダメ、かな?」


そう口にしながら、メイは僕の反応を確かめるような視線を向けてきた。


やはり、魔神絡みの件で心細くなっているのだろう。


そう考えた僕は、メイの隣に並んで腰掛け、優しい口調で語り掛けた。


「じゃあ、もう少しだけお話、しようか」


僕はメイに、さっきは触れなかった、数千年前の世界での面白いエピソードを話して聞かせた。

メイはニコニコしながら僕の話を聞いてくれた。

いつの間にか、日付が変わる時間帯になっていた。


「あ、もうこんな時間だ。明日は早起きして、サーカスを見に行く予定になっているみたいだから、そろそろ寝ようか」

「うん」


メイを送り出し、一人になった僕は寝巻きに着替えると、ベッドに横になった。


「今日は一日、色んなことがあったな……」


あの世界での、最後の戦い。

彼方かなたの地』での、『彼女サツキ』とシャナとの再会。

そしてこの世界へと帰って来たけれど、ついでにメイの中に存在する魔神の力の再封印まで……


とりあえず、寝よう……


目を閉じた僕は、すぐに夢の世界へといざなわれていった。

…………

……



第049日―1



翌朝、自然に目が覚めた僕は、同じ布団の中で寝息を立てている僕以外の誰かさんの存在に気が付いた。

僕は苦笑しながら、その誰かさん――と書いて当然、“メイ”ってフリガナ振るんだけど――の肩を優しく揺すった。


「メイ、起きて」

「ん……」


メイは目を覚ますと、しばらくぼーっとした後、少しバツの悪そうな顔になった。


とはいえ、これは僕としては想定内の状況だ。

メイは昨晩、色々不安を抱えていた。

今までの経験からすれば、僕と一緒に寝る、とごねてもおかしくないはずなのに、なぜかすんなり自室に引き上げて行った。

あれは寝巻きに着替えてから、改めて戻って来ようと思っていたのだろう。

ところが相当疲れていた僕は、メイが戻って来た時には既に夢の中。

そしてこの部屋には、元々鍵が付いていない。

メイはそのまま入ってきて、一緒の布団に潜り込んできて、朝までぐっすり眠っていたってところだろう。


僕は苦笑しながら、メイに話し掛けた。


「ほら、早く自分の部屋に戻らないと、ハーミルが来たら、また騒ぎになるよ?」


メイが上目遣うわめづかいで、僕の様子をうかがう雰囲気になった。


「カケル……怒っていない?」

「怒るわけないじゃない。でも今夜からは、一人で寝るんだよ?」

「一人だと不安で……」

「しょうがないな」


僕は苦笑したまま、メイの頭を撫ぜてあげた。

しかし案に相違して、メイが少しふくれっ面になった。


「どうしたの?」


とりあえずそう言葉を掛けた僕に、メイはふくれっ面のまま、言葉を返してきた。


「カケルって私の事、妹みたいとか思っているでしょ?」

「そうだよ。僕にとって、メイは大事な妹みたいな存在だ」


僕は日本に今もいるはずの、自分の家族の事を思い出した。

両親と妹。

まあ本物の妹は、メイとは色んな意味で正反対な感じだけど。


そんなことを考えていると、メイが何かブツブツつぶやきだした。


「女の子が同じ布団の中にいたら……(普通はもっと慌てるとか、ドキドキするとか)」

「え? 何?」

「何でもない。じゃあね!」


最後がよく聞き取れなかったけれど、とにかく何故か少し機嫌が悪くなったメイは、そのまま部屋を出て行ってしまった。


「う~ん、何かメイが気を悪くするような事、言ったっけ?」


しばらく首をひねってみたけれど、当然心当たりは全くない。

もしかして、昨日の精神的疲れがまだ残っていた、とかかもしれない。

とりあえず一緒に朝ごはん食べて、サーカス見に行ったら、彼女の気分も少しは晴れるかも?


気を取り直した僕は服を着替えて、皆と朝食を共にするため部屋を出た。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る