第202話 教唆


第048日―7



霊力により転移してきた僕とメイを、シャナが笑顔で迎えてくれた。


「こんにちは、メイ。ここへ来てくれてありがとう。あなたの事情はカケルから少しだけ聞かせてもらった」


話しながら、シャナはメイの右手を、握手するかのように両手で包み込んだ。


「メイ、あなたの力になりたい。だからカケルに話した事、もう一度私にも聞かせて」


メイの顔が少し強張った。

彼女は僕の方に視線を向けてきた。

僕は彼女を安心させようと、笑顔で話し掛けた。


「メイ。シャナは信用できる人だよ。だから話してあげて」


メイはおずおずといった感じで、先程聞かせてくれたのと同じ内容をシャナに語り出した。

シャナはメイの話を聞きながら、僕にささやきを届けてきた。


『救世主。彼女には話すべきだと思う。私達の事を。あの戦いの事を』

『えっ? でも、あまり魔神の事を話題にすると、魔神が力をつけてしまうって……』


ポポロは銀色のドラゴンに、魔神“元”女神はその名を口にする者が増えれば力を取り戻すかもしれない、と語っていたはず。

シャナがささやきを返してきた。


『彼女は既に当事者。彼女に全てを話して、彼女の中の魔神の力を再封印するべき』


その時になって、僕はシャナとメイとの間を、繋がれた手を通じて駆け巡っている、竜気に似た何かの力の存在に気が付いた。

シャナが囁きを続けた。


『私自身の精霊の力を使って、メイの話が本当かどうか確認させてもらった。彼女は真実を告げている』


メイが語り終えると同時に、シャナはメイの手を離した。


「話してくれてありがとう。私達ならあなたの力になれる」


そう話すとシャナは、僕の方を見て小さくうなずいた。

僕は少しの間、頭の中で内容を整理した後、切り出した。


「メイ。聞いて欲しい話があるんだ」


僕はメイに、数千年前の世界で僕自身が体験した全てを話した。


セリエの事。

彼女守護者サツキ』の事。

そしていかにして、世界をいびつな形で支配していた魔神“元”女神を『彼方かなたの地』に封印するに至ったかを。


僕の話で足りない部分を、シャナが補足してくれた。


エレシュの想い。

ポポロの想い。

精霊達の想い。

そしていかにして、“救世主”を召喚するに至ったかを。


全てを聞き終えたメイは、言葉を失っていた。

そんなメイに、シャナが声を掛けた。


「メイ。恐らくあなたの中の魔神の力の封印が不安定になっている。封印を安定させれば、あなたが魔神に内側から侵食される事は無いはず」


メイは大きく息を吐いた後、シャナに言葉を返した。


「封印を安定? 私の中に存在する魔神の力を完全に取り除いたりは出来ないの?」

「それは……今は少し難しいかも。でもいつか、魔神そのものを完全に消滅させる事が出来れば……」


話しながら、シャナが僕に視線を向けてきた。

それに釣られるかのように、メイもまた、僕に視線を向けてきた。


僕は自身の心の中の決意を披露した。


「メイ。僕は、いつか必ず魔神を完全に消滅させる方法を見つけ出すよ。その時まで、少し待っていて欲しい」


メイは力強くうなずいてくれた。

彼女の瞳の中には、僕に対する確かな信頼の色が見て取れた。

僕は改めてシャナに問いかけた。


「ところでメイの中にある魔神の力の再封印って、具体的にはどうすれば良いの?」

「メイの額、彼女が宝珠を顕現する場所に手を添えて」


僕はシャナの言葉に従って、メイの額に右手でそっと触れた。


「そのまま霊力をゆっくり流し込んで。魔神の力の源を探して」


目を閉じて、右手の指先からメイの中に、霊力をゆっくりと流し込んでみた。

するとメイの額の奥に、何かの力の源があるのが感じられた。


宝珠?

いや、これは……


その正体を確認しようとした矢先、僕の視界がいきなり切り替わった。



聞き覚えのある何者かによる詠唱。

見覚えのある祭壇。

その前で、仰向けの姿勢で中空に浮かぶ一人の少女……って、えっ!?



―――ミルム!?



400年前の過去の世界。

彼女サツキ』と訪れた、後に“宗廟”と呼ばれる事になる祭壇の間。


僕は瞬時に理解した。

これは、かつてありし情景。

メイの中に眠る魔神の力――宝珠――の起源が見せる過ぎ去りし幻影。


やがて『彼女サツキ』と過去の僕自身が、祭壇に入って来るのが“視えた”。

詠唱を中断し、“僕達”に相対する魔族達。

そして過去の僕自身が、ミルムの額から伸びてきた魔神の触手に貫かれ……


魔神はミルムの身体を使い、僕の霊力を奪う事で、『彼方かなたの地』における封印を強引にこじ開け、こちらの世界へと這い出そうとしていた。

それを『彼女サツキ』が、自身の持つ力で強引に捻じ伏せた。

彼女サツキ』の光球がミルムの身体に投じられ、彼女の身体が紫の不可思議なオーラに包まれた。

這い出そうとしていた魔神の力は、声無き断末魔の叫びを残し、ミルムの額に宝珠という形で封印された……



唐突に、過去の情景は消え去った。

メイの額に添えた右の手の平を通じて、僕はメイの中に眠る魔神の力の源をはっきりと認識した。

“声”が僕の頭に直接響き渡った。



―――おのれ、異世界人。またも私の邪魔をするのか?



僕はその“声”の主を捻じ伏せるべく、霊力を極限まで増大させていった……

…………

……



――◇―――◇―――◇――



夜、ジュノは一人、自身に与えられた区画で、ベッドに仰向あおむけに寝転がっていた。

今日の午後、黒い霊晶石は衝撃的な話をジュノに伝えてきた。


かつてこの世界は、創造主である女神が直接統治する理想郷ユートピアであった。

それを“反逆者ども”が破壊し、今の混沌の世界へと変貌させた。

“反逆者ども”は女神を魔神におとしめ、今も幽閉し続けている。



―――私の栄光を取り戻す手伝いをするのなら、全てを従える事の出来る力を与えよう。



ジュノがその言葉を反芻はんすうしていると、再び黒い霊晶石が語り掛けてきた。



―――反逆者どもが、また私の力をごうとしておる。急げ。阻止するのだ。



「!?」


ジュノは飛び起きた。


「どうすれば良い?」



―――シャナと名乗る精霊の娘の部屋に行け。反逆者どもを殺すのだ。



ジュノはクロスボウを手に取ると、自身の区画を飛び出した。

そしてそのままシャナの区画の前に行くと、扉に手を掛け、中へ飛び込もうとした。

その時……



―――ゴォォォォ……



風が吹いた。


ジュノの身体は、いきなり浮き上がった。

周りの風景が、身体にかかる凄まじいG重力加速度と共に、有り得ない速度で後方へと流れて行く。

気が付くと、どこかの野原に移動していた。

遠くに、ガイウスの軍営のあかりが見える。


一体、何が起こったのであろうか?


一瞬混乱したけれど、しかしジュノはすぐに、ガイウスの軍営へと駆け戻って行った。



――◇―――◇―――◇――



シャナは自身の精霊としての力により、ジュノを数km先に運んだ後、その事実を伏せたまま、カケルとメイに話しかけた。


「カケル。メイの中に存在する魔神の力の再封印は終わった?」

「うん。これで大丈夫なはずだよ」

「メイ。気分はどう?」

「不思議な感じ。何か暖かいものが、私の心の中に確かな形で存在するわ」

「それは、カケルのあなたに対する想い。あなたがカケルにとって、いかに大切な存在であるかのあかし


シャナの言葉を聞いたメイの表情がほころんだ。


「カケル。ありがとう」

「とりあえず、上手くいったみたいで良かった。でも封印しただけだからね。いつか魔神を完全消滅させてみせるから、今はこれで我慢してね」

「我慢も何も、カケルは十分すぎる位良くしてくれたわ。私って、いつもカケルに助けてもらってばかり」


メイはカケルに、はにかむような笑顔を見せた。

シャナが、二人に声を掛けた。


「カケル、メイ、誰かに気付かれる前に戻った方が良い。今夜の事は、私達だけの秘密」

「わかったよ。シャナ、色々ありがとう」

「私は何もしていない。カケルとメイが頑張っただけ」


メイも改めてシャナに感謝の気持ちを伝えてきた。


「シャナ。ありがとう」

「気にしないで。それよりせっかくの休暇。思いっきり楽しんできて」


二人がカケルの霊力で帝都へと転移して戻って行くのを、シャナは笑顔で見送った。





――◇―――◇―――◇――



次回、駆け戻って来たジュノに対して、シャナは……


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