第187話 矜持
彼女が人を
私達は人を信じ、世界の命運をその手に
16日目―――7
ゼラムにはもちろん、冥府の災厄を護る不可視の盾は見えてはいなかった。
しかし天性の資質、そして1,000を超える実戦経験により、彼は不可視の盾に生じた
そしてそこへ、彼がいままで愛用してきた大剣を捻じ込んだ。
大剣は狙い
鮮血が吹き上がり、少年が苦悶の呻き声を上げる。
ゼラムはさらに追い打ちを掛けようとしたけれど、邪術によって身体能力を飛躍的に向上させているらしい少年は、大きく後ろに跳躍してゼラムから距離を取った。
大剣に
少年はふらつき、足元は
ゼラムは抑えきれない苛立ちと共に、先程から抱いている疑問を口にした。
「貴様、何故反撃してこない? 守護者様から奪った力はどうした?」
少年は喘ぎながら言葉を返してきた。
「僕は誰からも力を奪ったりしていない。それに……」
霊力の漏出が続いているからであろう。
少年は明らかに苦しそうな表情で言葉を続けた。
「あなたを傷付けたくないからですよ」
少年の言葉は、ゼラムの自尊心を著しく傷付けた。
俺を?
傷付ける?
1,000戦以上無敗、かつ戦いで傷を負わされた経験など皆無のこの俺を?
「舐められたものだな。敵に
先程、冥府の災厄たるこの少年を斬り裂いた時、十分過ぎる程の
冥府の邪術がいか程のものであれ、あれ程の
そしてその間、大剣に与えられた加護が効果を発揮し続けるとすれば、いずれ少年の邪術も破れる時が来るはず。
ゼラムは攻撃を再開した。
霊晶石を使い、少年を護る不可視の盾に隙間を作り、そこへひたすら大剣を打ち込み続ける。
その間、少年は何故か反撃して来る事無く、ひたすら回避に専念し続けていた。
しかしついに少年を護る不可視の盾が消滅する瞬間がやってきた。
尻もちをつき、意識朦朧となっている少年に、ゼラムが大剣を突き付けた。
「冥府の災厄よ、最後に答えろ。なぜ俺の娘を殺した?」
少年は焦点の定まらない目を泳がせつつ、言葉を返してきた。
「……セリエを、殺したりしていない……それに、セリエは……」
「まだ言うか? ならば、死して
ゼラムは大剣を高々と振り上げた。
―――ゼラム! ゼラム! ゼラム!
そしてゼラムは大剣を振り下ろして……
しかし彼の大剣は、少年の首を両断する寸前の位置で停止していた。
ゼラムは、目も
「……何故反撃してこない?」
しかし少年から答えは帰ってこない。
もしかすると、意識を失いかけているのかもしれない。
ゼラムは代行者エレシュから、冥府の災厄たる少年に無残に殺される娘の映像を見せられた。
ゼラムが見た映像の中で、少年は、泣き叫び無抵抗な娘の手足を一本、また一本と楽しむように、切り刻んでいた。
セリエにとどめを刺した時の少年の顔には、愉悦の表情が浮かんでいた。
その様子に、ゼラムは体中の血液が沸騰するかの如き、怒りを覚えた。
しかし今戦ったこの少年は、どうであったか?
守護者から力を奪い、人々を魅了し、ヨーデの街中に化け物を召喚して多数の住民達を殺戮したという、冥府の災厄の片鱗も感じられなかった。
ゼラムは剣奴として、820人の獣人、170人のドワーフ、45人の
剣奴にとっての敗北は死。
だからゼラムの対戦者達は、常に“全力で”ゼラムを殺そうと
そしてゼラムもまた、生き残るために彼等を“全力で”殺してきた。
しかしこの少年は“全力で”、“ゼラムを傷付けない事”を優先して行動していた。
ゼラムがこの少年を殺せる武器――受けた傷口から、邪術の源たる霊力を漏出させ続ける加護を受けた大剣――を手にしているにも関わらず。
代行者エレシュは、わざわざ【女神の奇跡のポーション】を持たせてくれた。
それはこの少年が、確実に
にも関わらず……
本当にこの少年は、あの、セリエを殺した冥府の災厄なのか?
ゼラムはそれを確かめたいと願った。
だから彼は……
―――ジョボジョボジョボ……
朦朧としていた僕の意識が、次第に明瞭になってきた。
何かの液体を頭から掛けられている?
「な、何が!?」
僕は自分が、まだ尻もちをついている姿勢である事に気が付いた。
ふと見上げると、目の前にゼラムさんの姿があった。
彼は、僕が意識を取り戻したのを確認すると、手にしていた空き瓶を地面に放り捨てた。
そしてそのまま、つまり僕に視線を向けたまま、じっと
ゼラムさんの意図を図りかねた僕は、しかし慌てて起き上がった。
そしてゼラムさんから距離を取ると、自分の状況を確認した。
傷が
何が起こったのかは分からなかったけれど、とにかく文字通り、首の皮一枚、繋がったようだ。
僕は急いで霊力の盾を展開しなおした。
そんな僕に、ゼラムさんが先程までは打って変わって、穏やかな口調で話しかけてきた。
「お前は、本当に冥府の災厄なのか?」
僕は、もう何度目になるか分からない同じフレーズを口にした。
「僕は冥府の災厄じゃない。セリエも殺していない!」
ゼラムさんはしばらくの間、じっと僕の顔を見つめた後、大声を上げた。
「代行者様! これはどういう事でしょうか?」
エレシュ、4人の守護者達、そして背後に控える剣奴達は、カケルとゼラムとの戦いを、十数m離れた場所からじっと見守っていた。
その彼等の目の前で、冥府の災厄が滅ぼされ、歓喜の瞬間が訪れようとしたまさにその時、当のゼラムが突然、【女神の奇跡のポーション】を使って災厄の命を救ってしまった。
一瞬、虚を突かれたような雰囲気を見せた後、エレシュの表情が一気に険しくなった。
「どういう事かは、私が聞きたいのだけど。何故その災厄を殺さないの?」
ゼラムはゆっくりと、エレシュの方に顔を向けた。
「この少年は、セリエを殺していません」
「何故そう思うの?」
「セリエを殺した者が、このような戦い方をするはずが無いからです」
「何言っているの? あなたも見たでしょ? そこの災厄が、あなたの大事な家族を切り刻んで殺す所を」
「確かに見せて頂きました。ですがその事も含めて、もう一度ご説明願えないでしょうか?」
ゼラムの言葉を耳にしたエレシュの顔が、苛立ちで
「分かってはいたけれど、獣人って、ホント、獣以下の知能しかないみたいね。あんなに簡単に魅了されてしまうなんて!」
ゼラムがやや抗議するような口振りになった。
「私は魅了などされておりません。ただ、どうしてこの少年が冥府の災厄と呼ばれ、セリエを殺した事になっているのか、お聞きしたいだけです」
「低能な獣人さん。あなたは
しかしゼラムは、ただその場に静かに
それを確認したエレシュは、背後に
そして、憤懣やるかたないといった
「あんなのが最強名乗れるなんて、やっぱり剣奴は無能の集まりだったのね。所詮、殺し合いの
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